第12話
廃寺
一
夜明けが近づき、山中の木々が朧に見分けがつく状況になってきた。杉林に入ったらしい。間伐がされていないと見え、杉林は鬱蒼と暗い。
「なんじゃ、これは?」
杉木立に纏いついている妙な印に、源二は思わず声を上げていた。
一本の縄が数本の杉に架け渡されている。縄には所々、萎びた胡瓜がぶら下がっていた。胡瓜が御幣だったら、これは注連縄である。
河童の
三郎太の腕に抱え上げられたまま、時姫は縄にぶら下がっている胡瓜を見上げた。黄色く変色した胡瓜は、今にも千切れて落ちそうである。
「結界だ。この結界を越えて山に入ることは、里の者に禁じてある」
「なんの結界じゃ?」
「河童の結界だ。ここから先は、河童の領域なのだ。もし許しがなく里者が入り込めば、我らの報復を受けることになっている。そういう約定なのだ」
その言葉に源二は、大きく頷いていた。なるほど、だから安全な場所だと言うのじゃな……。
三郎太は抱えていた時姫をすとん、と地面に降ろした。一瞬、姫はふらついたが、それでもしっかりと地面を踏みしめる。
ありがとう……と口の中でつぶやいた。興奮が残っているのか、頬が赤い。
三郎太は腕を挙げ、森の中を指さした。
「ここから真っ直ぐ進めば、廃寺が見つかるだろう。荒れてはいるが、住むには充分だ。あとは、あんたらだけで行けるな?」
うむ、と源二はうなずいた。
「いろいろ済まぬな。世話になった」
思いついた、といった様子で、三郎太は言い添えた。
「あんたらのことは、仲間に言ってある。だから、あんたらに限ってなら、結界を通ることは自由だ。しばらくここで、ほとぼりを冷ますなりするが良い」
返事も待たず、三郎太は木立に分け入り、そのまま姿を消した。がさがさという茂みが掻き分けられる音がしたかと思うと、静寂が戻ってくる。
最初に出会ったときと同じく、別れの挨拶も無く、だしぬけに去っていく。
ほっ、と時姫は、溜息をついた。
「すっかりあの方に助けられてしまいましたね。お礼を言う暇もありませんでした」
姫の言葉に源二は苦々しい思いになった。
まったくもって、その通りである。しかし、そんな感情を振り捨て、口を開いた。
「参りましょうず。ともかく、あれの教えてくれた廃寺の場所を確かめぬと……」
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