第6話

                 三郎太

                一

 熱風が真正面から吹きつけ、埃を舞い上げる。

 空気は乾ききっていた。

 街道のまわりの畑の地面はひび割れ、あちこちにしぶとい生命力を持つ雑草が顔を出していたが、それらもすべて黄色く枯れ果て、より一層の荒廃を強調しているかのようだ。

 ぎー、がちゃん……

 ぎー、がちゃん……

 軋み音を立て、一台の耕運機うしが乾ききった大地をゆっくりと動いていく。その後ろを、疲れ切った顔をした農夫が梶棒ハンドルを持って歩いている。畑を耕しているのだ。

 地面は無残に罅割れ、耕作行為そのものが無為としか思えない。それでも執念に突き動かされてでもいるのか、農夫は無心に畑の土を掘り返していた。

 そのうち耕運機は咳き込むような音を立て、動かなくなった。農夫は諦め切った様子で、呆然と立ち尽くしている。

 日照りであった。

「これは、ひどい……」

 みの笠を押し上げ、源二はつぶやいた。

 背後を歩いていた時姫は、源二が立ち止まったのに気付き、足を止める。源二と肩を並べ、周囲の様子に目を止めた。

 時姫もまた、日差しを避けるための笠を被っている。手には源二が枝から折り取った杖を持っていた。

「噂では聞いていましたが、これほどとは思っても見ませんでした……」

 衝撃を受けている様子で、目にうっすらと涙が浮かんでいる。

 源二は首を振ると、再び歩き出す。時姫はその背中に声を掛けた。

「源二……。なぜこのような有様になったのであろうか? もしや天の怒りか?」

「そうではござりませぬ」と源二は、憂鬱さを隠せずに答えた

「あれをごろうじあれ」

 肘を挙げ、遠くの山脈を指差した。

 遠霞に、威狛いこまの山々が連なりを見せている。

「あの山々の向こうは海になりもうす。冬になると海からの風は山の上で雪雲を作り、山の頂上に雪を降らせます。その雪は春になれば溶け、山中を伝い、やがてこの辺りの畑を潤す川の水となりもうす。しかし、この冬はあまり雪が積もりませぬ。従って、ここいらを潤す川の水も足りず、夏になって火照りと成り果てもうした……」

 言葉を切り、ぐっと拳を固める。次に口を開いたときは、口調に怒りが籠められていた。

「日照りになることは、判りきっておったのでござる! 御所の役人どもは、すでに春先から報告を受けておったはずじゃ。なのに、のうのうと知らんぷりを決め込んでおったのじゃ! 少しでも民を哀れとおぼし召しなら、なんとかできたはずじゃのに……」

 時姫は源二の口調に唇を微かに震わせた。目が驚きのあまり、一杯に見開かれている。

 それを背中で感じとっていた源二は、つい憤然となった自分に後悔していた。

 時姫の前では、いや、どんな相手でも、源二は怒りの表情を剥き出しにすることはない。いつも、陽気で快活な自分を演出していたのである。

 が、あの呆然と立ち尽くしていた農夫の姿に、つい幼いころ目にした父親の姿が姿が重なり、怒りの感情を抑え切れなかった。

 実を言うと、源二はこの近在の百姓の息子であった。まだ幼児のころ、これと同じような日照りが見舞い、飢えが村を襲ったのである。水争いが起き、その争いで父親、兄、親類一同が次々と殺され、源二は孤児となった。

 孤児となった源二を引き取ってくれたのが、京の御所で雑掌となっていた、義理の父親である。父親代わりの侍は源二に奇門遁甲の術を授けてくれ、さらには北面の武士に推薦すら、してくれたのである。

 これでは、沢山の人間が死ぬなあ……。

 そういう場面をこの目で見て知っているだけに、源二は何も言えず黙々と歩いていた。同情すら思い上がりである、と考える。だから、何も言えぬ。

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