第4話
四
ばりばり、べきべきと音を立て、屋敷の木の扉が外からの攻撃に耐え切れず押し開かれる。源二は立ち止まり、物陰に隠れながら、じっと観察を続けた。
篝火に照らされ、ずんぐりとした人のような形のものが立っている。人よりは数倍も巨大である。
どっしりとした両足に、膝元まで達する長い両腕。身体は真四角で、幅広い。頭があるべきところには窪みがあり、馬の鞍のような座席がしつらえてあった。その窪みに、人が座っていた。
きゃつら
扉を強引に押し開いたのは、傀儡のちからである。座っているのは傀儡師だ。傀儡師とは、傀儡を思いのままに動かす技能を代々伝えた一族であった。
つるりとした兜のようなものを被り、兜には眼鏡のようなものが付属している。傀儡師が顔を動かすと、眼鏡の
眼鏡は噂によると、夜の闇を昼間のように映し出すものらしい。傀儡師の両腕が、傀儡の座席に突き出た何本かの棒をいそがしく前後左右に動かしていた。そのたびに傀儡は、ぎぎっ、ぎぎっと関節から音を立てて思いのままに動いていく。
傀儡が扉を押しひろげると、さっと数人の
次に、槍を持った兵士たちが、鎧の音をがちゃがちゃ騒がしく立てながら侵入した。
源二は戦いの予感にわれ知らず微笑が浮かぶのを押さえ切れなかった。確かに姫を無事逃すため自分は囮になるつもりである。ただし、どう囮になるかは敵の出方次第というものだ!
背中に担いだ笈の底の蓋を、源二は手さぐりで開いた。手に数枚の十字手裏剣が触れる。
源二の手首が素早く動き、十字手裏剣を次々と投げる。
ぎゃあっ、という悲鳴が兵士たちの間から上がった。みな首の鎧で覆われていない部分を押さえ、ばたばたと倒れていく。
さっと緊張が兵士たちに走る。源二は故意に足音を立て、その前を突っ切った。
あっ、と兵士たちは源二の姿を見て声を発した。
「時姫だ!」
「逃げるぞ!」
源二は時姫の衣服を持ち出して、それを頭から被っていたのだ。遠めには姫の姿に見えるであろうと期待したのだが、ものの見事に、図に当たってくれたようだ。
篝火の明かりが届かない暗闇に、ひらひらと姫の衣装が見え隠れしている。兵士たちは釣られたように走り出した。
目の前に塀が迫る。とん、と源二は跳躍した。
たった一跳躍で源二は塀の上にひらりと飛び乗ると、素早く周囲を見渡した。
屋敷の周りにいた数人の兵士たちが塀の上の源二を見上げ指さし「時姫」だと声を上げている。
さっと地面に降り立つと、源二は姫の衣服を頭から被ったまま、走り出した。
ともかく鴨川から離れる方向を目指す。本当の姫は、そこにおられるのだから。
どたばたと、みっともない足音を立てて兵士たちは追いかける。源二の足取りはひらり、ひらりと飛ぶようで、まったく足音を立てない。
うおおおん……。
暗闇を、ぱっと白い光が切り裂いた。はっ、と源二は立ち止まった。
数騎の二輪車が道を塞ぐように並んでいる。跨っているのは
母衣武者たちもまた、傀儡師とおなじような眼鏡を兜の
二輪車の前部にある照明装置が威嚇するように闇を照らし出していた。武者たちが梶棒をぐいっ、と回転させると、二輪車は震え、咆哮する。
二輪車、傀儡……両方とも
けたたましい音を立て、二輪車が向かってくる。跨る武者たちは手にした槍を水平に構え、源二を目がけて突進してきた。
源二は姫の衣装を脱ぎ捨てた。もはや
屋敷の正門から、ずしり、ずしり……と足音を立てて傀儡が姿を現した。
源二は
傀儡に乗り込んだ傀儡師は、源二の姿を見て、勝ち誇った笑みを浮かべた。顔の半分を覆った眼鏡が不気味に光る。がばっと傀儡は両手をひろげ、通せんぼの格好になる。
源二は懐に手を入れると、玉を取り出し、地面に叩きつけた。
ぱあーんっ、と炸裂音がして、眩しい光が一瞬びかっと電光のごとく白く輝いた。源二が叩きつけたのは、目眩ましのための火薬玉だ。
わあっ、と傀儡師が悲鳴を上げ、顔から慌てて眼鏡を毟り取った。一瞬の光芒であったが、強烈な光輝が傀儡師が掛けている眼鏡を通じて増幅させたのだ。
今、傀儡師には何も見えない状態になっている。背後でも同じような悲鳴が上がっている。がちゃ、がちゃんと音を立て二輪車が倒れこみ、母衣武者たちが目を手で覆って、うずくまっていた。
傀儡はぎくしゃくとあっちによろけ、こっちに倒れこむような奇妙な動きを繰り返していた。傀儡師が操ることができなくなって、立ち往生しているのだ。
源二はその脇を駆け抜けた。
闇に紛れ、一散に走る。
時姫が待っている。
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