第二章
彼女さえいさえすれば、僕は他のことなんかどうでもいいと思っている。
幸福はすべて彼女が運んできてくれた。僕が無事に大学を卒業し、国内の大手企業に就職できたのも彼女が心の支えになってくれたからだった。
僕たちは今市役所で婚姻届けを提出し、証人を頼んだ友人二人と別れ、家路についている。
「君のことを必ず幸せにする」
「期待せずにしておくわ」
彼女らしいおどけ方だ。
「どういうことだよ」
「もうちょっと自分の幸せに目を向けたら?」
「向けてるじゃないか。君しか映ってない」
「ならよかった」
そう言って彼女は僕にキスをした。
婚姻届けを提出した三週間後、または僕らの結婚式前夜、僕は二人で買ったマンションの一室でうなだれていた。
彼女が自殺した。
彼女が突然、あの夜景をまた見に行きたいと言いだしたのだ。僕は少しも疑わずに彼女と車でそこまで言って、感傷にひたっていた。
自殺しようとしたとき、ここから見た景色は酷いものだった。それが、愛する人ができただけでこんなに美しくなるのかと思った。僕の未来だ。暗闇の中でも僕はもう迷わない。彼女という灯台が僕の心の中にあるから。
彼女が突然こんなことを聞いてきた。
「あなたには私しかいない?」
僕は迷いなく答えた。
「ああ、もちろんさ。君だけでいいんだ。他には何もいらない」
すると、彼女は笑いだした。僕は深く傷ついた。
「僕は真剣に言ってるんだぞ」
「ええ、そのようね」
そして、彼女は僕に抱きつき、耳元にこうささやいた。
「私の勝ちよ」
そう言うと彼女は僕を突き飛ばし、醜い笑い声と一緒に飛び降りた。今でも耳から離れない。見下ろしたときの光景も目から離れない。即死だった。
とても長い間、何があったのか理解できなかった。例のポケット六法を見たときの女子大生もこんな感じだったのかなと見当違いなことを思った。
頭の理解が追いついた瞬間、嗚咽のような叫びを上げた。砂漠で唯一もっていたコップ一杯の水をこぼしてしまった。どうしようもないほど深い絶望だった。
僕はなぜあの場で彼女の後を追わなかったのだろう。
あのときの僕はなぜか冷静だった。ロボットみたいに、警察を呼び、警察署で事情聴取を受けた。彼女の服から遺書が発見されたため、解放された。
僕はどうやってここまで帰ってきたのだろう。
現実を認識できるようになったところでまたあの絶望に襲われた。頭の中に黒い靄が現れ、嘲笑するような電流が脳に流れる。心臓は何者かに鷲掴みされている。口からは声にならない音があふれ出してくる。
僕は生きる意味を失ったのだ。僕は彼女という‘三日後’を永遠にしたかった。しかし、時計の針は唐突に動き出してしまった。
突然猛烈な寒気に襲われた。世界が怖い。僕は何で生きているのだろう。
ベッドに駆け込み、身体を温める。そうだ、これは夢なのだ。そうに決まっている。
目が覚めても彼女の自殺は夢でなかった。
お腹が空いているのに、食欲が湧かない。電話が鳴った。
『もしもし、株に興味ありませんか?』
僕は無言で受話器を置き、電話線を引き抜いた。
外にも出ず、食事も喉を通らない状態が二日続いた。ただ椅子に座って、虚空を見つめていた。
その間、考えていた。なぜ彼女は自殺したのか。「私の勝ち」とはどういう意味なのか。
彼女は初めから僕を愛していなかったのだ。むしろ、僕のことを殺したかった。
そこで、こんなに残酷な方法で僕を殺そうとしたのだ。
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