懐かしい思い出と目的地
それから学校から出ると、僕は田舎道を必死に自転車を漕いでいた。
鞄は前方の籠に入れ、時々頭から流れ出る血が目に入らないよう、腕で拭う。
そのせいで腕は血塗れになってしまった。
無我夢中でここまでくるまでの記憶が曖昧だが、多分大勢の人にこの姿を見られていると思う。
実際、街の方からサイレンが鳴り響いているし、段々と音が近づいている。
時間が無いことは明らかだ。
だが、捕まる前にバックの中に入っている子猫の死体を埋葬してあげたい。
今の行動原理はたったそれだけ。
しばらく自転車を走らせていると、舗装した道路が途切れ、険しい林道になった。
この先は下手に自転車を使うよりかは、歩いていく方が早そうだ。
「確か……この辺の道だったよな?」
自転車の篭に入れていたバックを手に取り、独り言を呟きながら林道を歩いていく。
いや、これは林道というよりは獣道に近い。
目的地はこの林道の奥にある、無人の小さな神社だ。
せめて、そういった神聖な場所で埋葬したほうが子猫も安らかに天国に行けるだろう。
昔に来た記憶を頼りに暗い森の中を歩いていく。
何故、ここに来たのか、自分の中で思い返してみる。
……あれは確か、僕が小学校に上がる前の……そう、10年前の事だ。
あの頃、僕らの世代は昆虫採集がブームになっていた。
誰かが町の図書館から借りてきた昆虫図鑑で、予め何を捕まえるかを決め、各自散開する。
そして、夕方になったら一人づつ報告し、捕まえたものは自慢し合う。
珍しいものを捕まえた子は一躍ヒーローになれる、というものだった。
あの時、一度も目的の昆虫が捕まえられなくて躍起になっていた僕は、ヒーローになりたくて他の奴らが来なさそうな場所まで山に深く入り込んでしまった。
目的のものは手に入ったものの、帰り道が分からなくなってしまい、半べそになりながらも歩き続けた記憶がある。
その時に見つけたのが今の目的地である神社だ。
神秘的な雰囲気に感じながらも、どこか恐ろしかったのを今でも覚えている。
中はご神体もなく、ただの空洞になっていて、遭難寸前だったその時の僕は、そこで一晩過ごした。
まあ、翌日には捜索隊によって発見され、無事助かったのだが。
以来、一度しか来たことがなかったものの、僕の中では、そこが秘密の隠れ家のような場所になっていた。
……正直、何故そこに逃げ込もうと思ったのか今でもよくわからない。
咄嗟に頭の中で浮かんだとはいえ、最後に訪れたのが10年前だ。
もしかしたら取り壊されている可能性もある。
と、その瞬間、頭に激痛が走った。
「ぐぅ……あぁ……」
雷のような痛みが頭の中で走り回る。
……先程から頭痛がひどい。
ゆっくり歩くのがやっとだ。
理由は分かっている。 やられた傷が一番の原因だ。
しかしそれ以外にも、今後どうするか決まってない、という不安がストレスとなり、痛みを増大させている。
……あの惨状を見る限り、停学は確定だろう。
最悪、殺人未遂か殺人で警察にお世話になる可能性だってある。
ならばどうするか。
やはり……
「自殺、か」
それしか考えられない。
どうせ、あんなことをやらかしたんだ。 この世に未練なんて何もない。
社会にも、家庭にも居場所がない僕に何も残るものなんてない。
「畜生……」
不意に目から涙が溢れる。
何故だろう。
何も悲しいことなんて何もないのに。
ただ、僕という存在が消えてなくなるだけだ。
それ以上でもそれ以下でもない。
と、その時、涙で視界がぼやけて周りが見えてなかったせいか、近くにあった木の根に足をとられてしまい、そのまま倒れてしまった。
普通に歩いていたので勢いはなかったものの、地面に打ち付けられた身体は痛みで自己主張を始める。
おまけに血を流しすぎたせいか、どこか意識が朦朧としている。
立ち上がろうにも身体に力が入らない。
「…………」
ただ、なすがままに僕は地面に身体を預ける。
歩いていた時にはそれほど気にしていなかったが、山というのは鳥の羽ばたく音や、虫の鳴き声で案外、物音がする。
だが、不快な音ではなかった。
もし、僕が死んだら?
身体はここの一部になると思うが、魂はどうなるのだろう?
やはり、何かに生まれ変わるのか?
もしそうだとしたら、今みたいに人間になりたくない。
なれるとしたら、僕はーー
「ほう、結界が破られたから何事かと思えば……子供か」
不意に声が聞こえたので、頭だけその声の主を確かめようと、頭だけ上げてみる。
すると、見えたのは二本の足だった。
だが、明らかに何か様子が違う。
サンダルのようなものを履いているようだが……人の足があんなにでかく、毛で覆われていて、先が黒く染まっている筈がない。
「だ……れ……」
「ぬ、ケガしておるのか。 ……仕方ない、私の魔術工房に連れていくか」
声の主は僕の身体を持ち上げると、僕を労っているのかあまり上下に動かないように歩いていく。
そして、声の主が森の奥に入って行けば行くほど、ゆっくりと溶けるように僕の意識は途切れていった。
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