逃げ込んだ先には
@Beruzeriusu
プロローグ
午前8時15分。
憎らしい程の眩しい朝日を浴びつつ、僕は自分の教室に向かうべく、学校の廊下を歩く。
傍らには、朝から自分と同じ周りの生徒たちが朝日に負けない位に、明るい表情で楽しそうな雑談をしている。
そんな彼らとは対照的に、自分はうつむいて周りから表情を見られないよう、注意しなら歩いていた。
うつむいている僕の顔を見て、不機嫌そうな顔だと思うだろうか?
あるいは、今にも泣き出しそうに見えるかもしれない。
少なくとも悪い印象を与えてしまうのは目に見えている。
だが、それでもなるべく人から傷だらけの顔を見られるのは避けたい。
いつからだろうか? こんな生活をし始めたのは。
父が小学生6年の時に交通事故で亡くなってから?
それとも母が中学三年の時に再婚してからだろうか?
少なくとも、何かしらの変化があって、僕の生活は乱れ始めた。
新しい父は母と仲は良いが、性格に難のある人だった。
昔、義父は暴力団に入っていたらしい。
が、何かしらの理由で暴力団をやめ、現在は無職。
そのくせ、軽度のアルコール依存症でギャンブル中毒者。
小指が無い時点でどこも雇ってくれないのは、学生の僕でもそれぐらい分かる。
実父が貯めていた貯金もあっという間に底がつき、生活に支障が出始め、仕事が見つからないとなると、今度は八つ当たりで僕達を虐待し始めた。
最初は誰かに助けを欲しいと懇願した覚えがある。
だが、母が義父をかばうせいでその願いは叶うことはなかった。
そのおかげで家庭での僕の居場所が無くなった。
それどころか、義父が酔っ払ったまま学校まで現れては、僕を探しに暴れまわったので、学校での立場も無くなってしまった。
……今ではクラスメートから迫害を受けるようにもなった。
正直、この状況で学校など行きたくはないが、家に居場所がない僕にとってどちらも悪手だ。
しかし、ここにいれば命の保証はある。
まあ、僕を迫害する連中が気が変わるまでは、だが。
しばらくすると、目的地である自分の教室前に到着した。
上のプレートには『1-2』と書かれている。
何十回もきた場所だ。
これぐらい、顔を上げなくても分かっている。
そのまま、中に入ろうとした時だった。
「イヒヒッ、来た来た」
「……アイツ、性懲りも無くまた来たのか」
「俺たちが用意したプレゼント、どう思うだろうな?」
「まあ、アイツがどんな反応しようが、関係ねえよ」
教室内にいる彼らがそんな風に話したあと、悪意のこもった笑い声が聞こえてくる。
それが聞こえた瞬間、僕の中からなんとも言えない感情が込み上げてきた。
……それは怒りかもしれない。
もしくは恐怖かもしれない。
説明できない感情が身体中を駆け巡り、僕の中に溶け込んでいく。
……出来れば教室の中に入りたくはない。
だけれど、ここで帰ってしまったら、彼らの思うつぼだ。
恐る恐る顔を上げ、自分の机を確認する。
……あった。
花瓶が置かれ、机には落書きのせいで真っ黒になった机。
あれが僕に許された領域。
急ぎ足で自分の机につき、教科書を引き出しに入れる。
「……?」
何かに突っ掛かった。
突っ掛かった物を取り出すべく、手を引き出しの中に突っ込んでみる。
すると、なにやら生暖かいものが手に触れた。
何事かと思い、恐る恐るそれを取り出してみる。
僕はそれを見て驚愕した。
「うあああぁぁ!!」
思わず、僕は『それ』を手放した。
手から離れた『それ』は、引力の法則に従い、床に落ちる。
ベチャリと嫌な音を立て、僕の視線を釘付けにする『それ』は普段なら見たくもないもの。
「うぐっ……」
僕は急に吐き気を覚え、口を塞ぐ。
……その正体は子猫の死体だった。
多分、今朝車に引かれたのだろう。
内臓が飛び出し、片目が飛び出てしまっている。
予想外だった。
全くの予想外。
いつもなら、死ね、とか、消えろ、とか暴言が書かれた紙とかなのに、今回は悪趣味じみてる。
すると、後ろからバカ笑いが耳に入ってきた。
聞きたくもない品のない笑い声。
「イヒヒッ、アイツヒビってやんの!!」
「お前もこんな風になるんだよ、バーカ!!」
振り向くと、彼らは僕に悪態をついていた。
それと同時に俺の中に先程と同じ激情が沸き起こる。
だが、その感情は先程とは違い、ハッキリと分かっていた。
哀しみと激しい怒りだ。
「おっ、キレたか?」
「いいぜ、かかってこいよ!!」
アイツらはそんなこと言っているが、もうどうだっていい。
僕がどうなろうが別に構わない。
だが、子猫の死体を使ったという事実。
なんにせよ、これは死者を冒涜する行為だ。
何故こんなことが、平然と出来るのか全く理解できない。
……僕のなかで溜め込んでいたストレスがまるでマグマのように沸騰し、逃げ場を探すかのように膨張していく。
「……もういい」
「あ? なんーー」
その瞬間、僕のなかのストレスというマグマが、火薬でも投下したかのように、一気に爆発した。
それ以上は聞きたくない。
そう思った僕は彼らが醜い口から醜悪な単語を吐き出す前に、俺は彼らの一人を殴り飛ばした。
続けて、彼らが怯んでいる隙に近くにあった机で、蹴飛ばしたヤツの周囲にいた奴らも蹴散らす。
多分、誰かが出血したのだろう。
ここまで僕が暴れるとは思っていなかったハズだ。
その証拠に、クラス全員が唖然とした表情で僕を見ている。
壁には血がベッタリと着き、床は血の水溜まりができている。
……罪悪感はなかった。
ただ、怒りに身を任せ、思うがままに暴れる。
いい気味だ。
僕が手を出さないと思っていたのだろうが、お前たちはやってはいけないことをしでかしたのだ。
「畜生!!」
最初に殴り飛ばしたやつが、また立ち上がろうとしていたので、そのままそいつに追い討ちをかけてやる。
すると、見事に机はそいつの頭に直撃し、頭から血を流しながらビクビクと痙攣し始める。
これを見て誰も襲ってくる者はいない……そう慢心していた、その時だった。
「てめぇ!!」
ガスッという音と共に、頭に衝撃が走る。
視界に光が走ると、頭からドロリと生温いものが流れ出るのを感じた。
「ぐうぅ……ああぁ……」
呻き声を上げながら、なんとかその場に崩れないように足を踏ん張り、後ろから襲ってきたヤツをそのまま机で殴り飛ばす。
そして追い討ちをかけるように手に持っていた机をそいつに投げつけた。
頭を抑えながら激痛に耐えつつ、他に襲ってくるやつがいないか、息を切らしながら辺りを見渡す。
……改めて見てみると物凄い光景だ。
教室内は血が広がり、他のクラスメートはネズミのように体を震わせ、縮こまっている。
まるで殺人事件が起きたかのような状況だ。
……いや、実際に誰かを殺ってしまったのかもしれない。
「何だ?! 何事だ!?」
遠くから教師の声が聞こえる。
誰かが、ここのことを教師に教えたのだろう。
……もうここにはいられない。
すぐさま、机の上に置かれていた子猫の死体をバックに入れる。
バックの中が血塗れになるが、そんなの構うものか。
せめて、僕の手で埋葬してあげたい……死んでも尚、人間に弄ばれているなんて可哀想過ぎる。
ーーそう思った僕は、逃げるために教室から駆け出していた。
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