人ならざる者と自分の才能

「ううっ……」


 呻き声を上げながら、目が覚めると、僕はベットの中にいた。 

 視界から微かに見える窓には、夕焼け空が顔を覗かせており、頭にはいつの間にか頭に包帯がされていた。

 右腕に付いていた血も綺麗に無くなっている。


「病院……?」


 いや、明らかに違う。


 天井からして、この辺に木造の病院は無い。

 なら、ここはどこなのか? 


 思考を巡らせ、この状況を理解しようとするものの、それを邪魔するかのように頭がズキズキと痛み始める。


「…………はぁ」


 ため息しか出てこない。

 もし、気を失う前に見たものが、幻でなかったらーー


「目が醒めたか?」


「え、あ、は……」



 反射的にお礼を言おうと身体を起こす。

 しかしそのせいで、声の主の正体をこの目ではっきりと見てしまった。


 狐、だった。


 犬のようなマズルに黄金色に少し赤みがある毛皮や、口から覗かせる無数の牙。

 狐自体は間近で見たことはないものの、顔だけ見ればテレビや動物図鑑で見たことのある顔だ。

 だが、僕の知っている限り、狐は二足歩行をしないし、ゲームのRPGで登場する魔法使いのような服を着たり、言葉を発したりしない。


「夢のようだ、そう思っているだろう?」


 少し低い声だ。

 どこか品のある声で初老の男性を思わせる。

 どうやら彼は男……いや、雄と言った方がいいのだろうか?

 立ち回りや、しゃべり方から雌ではない。

 それだけは、はっきり言える。


「ま、まあ……」


「だろうな。 だが、君はまだいい方だ。 ひどい者は私の姿を見て神にすがったり、私を殺そうとしたものもいる」



 狐はそういうと、ベットの隣にあった机にポットを置く。

 そして、予め机に置いといていたであろうコップを手に取り、水を注ぎ始めた。


「どれ、喉が乾いただろう?」


「あ、ありがとうございます……」



 毛皮に包まれた手からコップが渡される。

 偽物ではない、本物の毛皮だ。

 窓から夕日の光のせいで、ますます赤く染まって見える。

 爪は切っているようだが、見たことのない異形の手に僕は思わず凝視してしまう。

 そんな僕をよそに、狐は近場にあった椅子に腰掛けた。


「さて、倒れる前、急に意識が遠くなるのを感じただろう?」


「え? ええ……まあ」


「実はこの周辺、私が人間が入られないように造った結界を貼っていてな。 余程のことがない限り、人間が立ち入れないようにしていたんだが……少し失礼」


 一言断ると、狐は僕の目の前に自身の手を広げる。


「なるほど……やはりそうか。 でなければ、あり得ん」


「え?」



 椅子を手繰り寄せて座り、自身のマズルを軽くなぞりながら、眉間にシワを寄せている。


 ……深く悩んているようだ。


 人間以外での表情は見たことないが、状況からしてそれだけは、はっきりと分かる。



「……私の貼っていた結界はな。 結界であると同時に、罠でもある」


「え、じゃあ……僕が倒れたのも……」


「そうだ。 だが、この結界は魔力でこじ開けた時でのみでしか、罠は作用しないんだ。 普通の人間はそんな魔力を持ってないし、それを操作する技術も人間の間ではとうの昔に失われている。 なのに、君は結界内に侵入した。 つまりは……君は無意識に大量の魔力を帯びて結界を破壊した、ということになる。 重ねて言うが、普通の人間なら有り得ない量で、だ」


「……」


「まあ、それはある意味、才能ともいえるものだ。 ……今まで人間として生きてきた君にとって、魔力とか、結界なんていう言葉はとても理解しがたいだろうな」



 狐の言う通りだ。


 とても理解しがたい。


 そもそも、今は現実なのか? 

 もしかしたら、これは死ぬ間際の幻覚なのかもしれない。

 すると、狐は僕の表情を見かねたのか、立ち上がり、そのまま僕の寝ているベッドへ座った。


「……どうやら混乱しているようだな。 どれ、状況を整理するために、君のことを教えてくれないか?」


「僕のこと……」


「ああ。 何故、ここにきたのか。 何故、傷だらけなのか。 君は一体、何者か? 私に全てを教えておくれ」


「……」



 確かに狐の言う通りかもしれない。

 そう思った僕は、僕に取り巻く人間関係、そして今までの経緯を話した。

 無我夢中で話したので、何を言ったのか全く覚えていない。

 狐は、話をしているときは、何も言わず、ただ黙っているだけだった。


「……という訳です」


「成る程。 だから君は傷だらけだったのか。 ……迫害されていた理由……もしかすると、君の魔力のせいかもしれん」


「魔力のせい……ですか?」


「ああ。 人間は基本的に自分とは違う文化、思想、行動を忌み嫌うものだ。 魔術を扱う技術は失われたとはいえ、魔力を感じとる器官は人間にも備わっている。 だから、彼らは本能的にそれを察知し、異物を排除しようとしたのだろうな」


「そう……だったんだ」



 異物……確かに僕はあいつらから見て『異物』だった。

 誰とも馴染めず、いつも一人だった。

 そのために周りに同調するのに、どれだけ苦労したことやら。

 少なくとも僕はやつらとは違う。

 それが分かっただけでほんの少し、気が楽になった。



「……まあ、あらかた理解した。 とりあえず、今日のところはこのまま休むといい。 子猫の死体は私が埋めておこう」


「え、でも……」



 すると、狐は思い出したかのように、手をポンと叩いた。


「ああ、言い忘れてた。 実はここが君の目的地の神社だ。 といっても、十年前に私が来た時、殆ど朽ちてしまっていてな。 私が改築したんだが……改築していくうちに別の建物になってしまったんだ。 本当は、ただの隠居生活がしたかったんだがね」


 困ったような顔で笑いながら、狐は僕の方へ近づいてくる。


「ま、先程言った通り、ここは結界で人間が入ってこれないようになっている。 君を探しているであろう警察も、ここまでは来れまい。 だから安心したまえ」


 そういうと、有無を言わさず狐は自身の手を僕の目の前に軽く撫でるように振る。

 すると、急に睡魔が襲ってきた。


「……細かいことは明日の朝にでも話そう。 では、おやすみ」



 その言葉を聞きながら、薄れゆく意識の中、狐が部屋を出ていくのを閉じかけの目で追っていく。

 そして、これが狐にかけられた魔法だと理解した瞬間、僕の意識は泥沼に堕ちていった。   


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