最終話 籠は開かれた
それから。
それからの話。
記憶を少しずつ思い出してきた俺は無事退院して色々な手続きを終えて引越し作業も一人で済ました。影草達磨に襲われて二日。俺はもうこの街を去る準備を終わらせていた。馴染みの本屋も偶に食べたくなるラーメン屋も寄ったし心残りは委員長くらいだろうか。
流石に何も言わずに引っ越してしまうのは長谷部の時に痛い思いをした俺は学校へと向かおうとするが今日は日曜日で学校は休みだった。二日間は作業をしていて学校を休んでいたから携帯の電話番号も知らない委員長とは連絡の取りようがない。
これもまた自分が人の心に踏み込めなかった弊害だろう。もうちょっとだけ踏み込んでも良かったのかもしれない。案外委員長との会話は楽しかったし遠距離でもメル友とかになれたかも。
後悔は先にも後にも立たない。引越し業者のトラックは荷物を乗せて先に次に住む街へと向かってしまった。後は俺がこの自転車で一花を迎えに行くだけ。この街から目的の街までは自転車で二日はかかるけどタクシーとかそんな豪華な豪遊な乗り物は知らない。一花との旅。良くて休暇を兼ねてゆっくりと向かうのだ。
二人分の荷物を背負う。自転車のスタンドを上げてペダルを強く踏む。仮の我が家だった場所ともお別れだ。今まで自然現象から俺を守ってくれてありがとな。引き続き違う誰かを守ってくれ。
一花との待ち合わせはこの街から出るための橋だ。橋は病院のすぐそばにあり、渡るためには百円必須。まぁ高速道路と併用して建てられた橋なのでその賃金も取るらしい。しかし街の外に出なくてもこの街には不自由はないので渡っているのは適当な車しかない。
この街の説明は・・・まぁもうおさらばするし語れる時がくれば再度説明しよう。
とにかく橋へと到着する。しかし橋の前には誰もいなかった。担がれたか?
「お兄ちゃーん」
と思っていると背後から聞き覚えのある声が聞こえた。俺は満面の笑みで振り向くと一花が自転車の後部座席に立って俺と同じ満面の笑みでこちらに片手を勢いよく振っていた。自転車を操縦しているのは、一花がバランスを保つために肩を持っているのは小倉兎愛。委員長だった。
パンツが見えるほどにスカートをはためかせて一花は手を振っている。一花にしか目がいかないはずなのにその前にいるTシャツにミニデニム姿の委員長が気になって仕方ない。
二人は俺の前で自転車を止めた。と、同時に一花は飛び降りて俺に飛びつき、抱きついてきた。
「お兄ちゃんだ!お兄ちゃんの匂いだ!お兄ちゃんの身体だ!ごつごつしてる、筋肉がついてる!」
三年ぶりのスキンシップは激しかった。最初の飛びつきで一花のおさげにつけてあるアクセサリーが鳩尾に入って、今はそのアクセサリーを鳩尾にグリグリとされて死体蹴りされているのだ。嬉しい反面痛みが打ち勝ってしまいそうになる。
「週に三日会ってただろ」
「あんなのホログラムと変わんないよ!こうして触れることができなきゃVRだよ」
「そうか、そうか。俺も一花と触れ合えて嬉しいよ」
久々に、本当に久しぶりに妹の頭を撫でた気がする。こうやって一花の頭を撫でるために俺はずっと面会していて、それが報われた瞬間だった。
「委員長。一花を迎えに行ってくれてありがとう」
「神西君の妹さんだものお安い御用よ」
「お兄ちゃんのかのじょさん。兎愛さん!これからもよろしくね!」
一花は俺の胸から顔を話してまた訳のわからないことを言った。訳のわからない部分は前半もだが、後半が主体である。
「委員長は彼女じゃないし。これからもよろしくって一花、俺達はこの街から引っ越すんだぞ。委員長とはお別れだ」
別れの挨拶もしたかったし丁度いい、タイミングがいい。
「あら、神西君奇遇ね。私も今日この街を引っ越すの」
「え?」
素っ頓狂な声だった。裏返った声だった。
「お兄ちゃん兎愛さんはね。一花達と同じ街に引っ越すんだって!」
さらなる情報が頭の中に入りきらない。委員長が俺達と同じ街に引っ越す?え、だから一花を連れてきてくれたのか?病院からこの橋へと向かう一花を迎えて、向かってきたってことか?奇遇ね。で済むことなのだろうか。
「神西君と一花ちゃんだけで一泊二日は寂しいと思って私もついて行くことにするわ。いいかしら」
良いも悪いも既に名前にちゃんを付けて呼び合う中を引き裂く訳にもいかないだろう。二人で考えたのか。だとしたら策士だ。謀の天才だ。そこに一花の潤んだ瞳で訴えられるとどうしようもない。
「いいよ」
と言うしかない。
「あ、神西君も親しみを込めて兎愛ちゃんと呼んでもいいわよ」
「それはないかな。委員長、じゃなくなったか兎愛。って呼び捨てにさせてもらうよ」
「それでも構わないわ」
「じゃあ兎愛。これからもよろしく」
「えぇ、これからもよろしく神西双葉君」
後悔は先にも後にもなく。痕にもならずに綺麗に無くなった。一花は俺の自転車の後部座席に座布団を敷いて俺の腰に手を回して座った。
俺達は次なる居住地になる街へと目指して自転車を漕ぎ始める。背中ではいつものかごめかごめの曲が俺達の旅立ちを祝福するように流れていた。
「行ってしまいましたね。先生、あれで本当に良かったんですか?」
「鶴島君は残念だったが、あれであと腐れもなく次に移行する。掃除屋の君にもまだ働いて貰うからね」
「えぇ、先生の言うことなら何でもやりますよ。籠の鳥を放つのも、鳥の本性を引き出すのも」
「頼もしい限りだ。これからもよろしく頼みますよ弓夜君」
おわり つづく
かごめかごめ 須田原道則 @sudawaranomitinori
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