夜明の晩に鶴と亀が滑った

第3話 法則

「お兄ちゃん。お兄ちゃんに二つ質問があるよ」


「どうした藪から棒に、変な質問じゃなかったら俺は何でも答えるぞ」


「よっ、男前。じゃあまずはマイルドな質問からね。お兄ちゃんは平等って言葉に何を感じるかな?」


「平等か・・・、まぁ均等に分け隔ているから、平和って感じるかな」


 一花の突拍子もない質問にも俺はすぐに答えを出す。今日は一花の変な質問に付き合ってやろうと思えるのだった。


「この質問を追求していくよ。お兄ちゃんの言う平和の元にある平等って何?」


「それは層の違いが無くなる事じゃないか?富裕層、貧困層がまとめられて一般層になったり。大人や子供、男性や女性の層がまとまってしまうのが平和の元にある平等だと思っている。何を持って一般的と表現するかはその時代によるけど、俺が考える平和って大きな諍いが無い世界だからな」


「では、つまり今は平和ではないと」


「この街は平和だな。だけれどもいつだって平和な日々は崩れ去る危険があるものだよ」


 それは俺と一花、神西一家に言える事だからだ。平和で平穏で何もない事が嬉しい日々がずっと続いてほしかった。ずっと続かずに壊れてしまった。父と母は帰らぬ人になり、妹は精神が崩壊してしまっている。平和の元の平等なんて理想に過ぎない。平等など、人間が考え出した桃源郷だ。


「一花はどうなんだ?」


「私?私はね、平等って言葉に不平等って感じがするね」


 平然としている表情でこたえてくれた。


「というと?」


「いやぁ、平等って大人も子供も関係なくなる訳だよね?じゃあ殺意を持たずに人を殺した子供は同じ罰を受けないといけないよね?でもそれを環境のせいにして可哀想って言う人がいるよね?何?可哀想って、人を殺したら人の道を外れるのは当たり前だよね?殺された人は可愛そうではないのかな?そんな感じで平等に罰を受けたとしても不平等な扱いを受けるんだよ」


 一花は自分の事を指して話しているのだろうか。自分も人を殺したからそれ相応の罰を受けたいと俺に伝えているのか?だったら俺はそれを叶えてやることはない。一花の言葉の中で出てくる可哀想とは思わない。哀れみを向けるのは他人だから、家族は哀れみよりも、救いを求めるのだ。


 これもまた平然としていた。言葉に遺憾を乗せている訳でもない。子供が大人に質問する時と同じトーンで話すだけだった。


「まぁでも俺も一花と同じように平等って言葉は好きじゃない」


「平和ボケのお兄ちゃんなのに?」


 なんだ平和ボケって、戦国時代じゃあるまいし、大抵の人が枕を高くして寝て危機感薄いだろ。備えているのは自然災害くらいだよ。


「平等って大声で言っても、それはもう建前だろって思う。男女平等に然り人種平等に然り。結局怨恨が残って平等ではなくなっているんだよね」


 もう平等って何だろうって考え始めると一日はそれだけで潰れる気がする。だから俺は最初に出した答えを簡潔に述べるのだ、世間がいう平等など建前だと。


 自分がそうではないから、不平等だと叫ぶのだ。建前だろ?


「平和な籠の中にいるお兄ちゃんも考えて生きているんだね」


「人が何も考えないで生きていると思っていたのか」


 一花は舌を出して頭を小突く。可愛らしいな、おい。


「それで?終わりか?」


「うん、大体解った」


「もう一つの質問は?」


「お兄ちゃんは一花が死んだらどうする?」


 頭の中で質問がもう一度呼応した。


「一花が死んだらどうするか?そんなの泣くに決まってるだろ」


 まず一花が死んだと聞いた時点で膝から崩れ落ちて忍び泣き、だんだんと嗚咽へと変り嘘か真か確かめに行く。本当だと知って号哭する。その日一晩は咽び泣き。数日後の通夜で思いっきり泣く一花の入った棺の前でみっともないくらい、これでもかと言うくらい泣きつくす。目玉が枯れてきたら水分を補給して充血した目で更に泣く。一花との最後のお別れの日まで縋り付いてでも泣く。


 泣くとだけの言葉の中に俺はこれほどの感情を隠している。しかしそれを一花に伝えるのは小恥ずかしいので泣くとだけ言っておく。


 その後の事は考えない。考える気が無い、一花がいない世界何て考えられないからだ。


 自分の最も大切な人がいなくなった世界なんて考えてみろ。絶望するだけだ。だったら大切な人とずっと一緒にいる未来を想像していた方が精神的に良い。


「お兄ちゃんの泣き顔か・・・見てみたいな!」


 どうしてか笑顔で一花は答えるのだった。


「絶対見させない」


「そりゃあ一花が死んでいたら見れないよ」


「一花は死なないし死なせない」


「不老不死はちょっと遠慮しちゃう」


 胸の前でバッテンを作って口を尖らせる。


 今はガラス越しで手の届かないところにいるけど一花は決して死なせない。俺と楽しく話している間は自殺なんかさせない、俺が外で事故にあって孤独死なんてもってのほか、させる訳がない。常に健康でいて一花と暮らすために。


「ちょっと話は変わってお兄ちゃんにはお友達がいるのかな?」


 この前の課題とやらからの話の派生だろうか一花は頬杖をついて訊ねる。


「俺にか?そりゃあ、いる、に・・・決まってるだろ」


「何でちょっとたどたどしいのかな?」


 実際に胸を張って友達!と言える人物はいないからたどたどしくなっているのだ。等とは口が裂けても言えない。


 数日前友達が何たるものかと口うるさく上から目線で言ったのに実際は友達と呼べる人間がいないなんて顔を真っ赤にして両手で覆いたくなる。一花に口だけが達者な兄とは思われたくないんだ。


 俺の中での友達の呼称は友愛度数100中70くらいに位置する。親友が最大で悪友が90。学友が50で友達付き合いの度数は30程度だ。それ以下は全てクラスメイトで顔見知り、知り合いであり他人だ。


 長谷部 はせべ さとし。そいつが友達付き合いのある男の名前。学友か?なんだろう、学校では話はするものの校外で出会ったことはないし、自宅へ誘う事も、誘われたこともない。適度な言葉は学友が近いが、友達ではない。学友と友達付き合いの間くらいだ。


 話をするようになったのは高校一年生の時だ。席が偶々隣だったから、たったそれだけの些細な事だった気がする。それから二年生になっても同じクラスでまだ交友があるのだ。


 別に趣味が特別合うとかではなく、休み時間に次の授業の事やらテストの範囲予想やらを話し合うだけの仲。周りからは友達、親友に見えているのだろうか?客観的に見ればそうだろうな。けど高校からの学友なんて大人になれば他人になるだろう。中学でさえ友達いないのにな。


 長谷部はイケメンかと問われれば八割方はイケメンだと言える。あまり人の顔を評価するのは好きではないが、そう言える。勿論俺よりイケメンだ。顔立ちは整っているしメンズモデルにいても不思議とは思わない。しかし交友関係は狭く俺以外と話している所を俺は見たことは無い。話し方はサバサバとしていて不快感は無い。人を寄せ付ける話し方なのだがな。


 軟派な風貌からして堅実な性格だとは思う。


 俺が見たことある長谷部が俺以外の人間との会話は唯一所属している保健委員会の事務的な会話をクラス委員長としているくらいだろうか。


 それは俺を気遣ってくれているのか、それとも本当に社交性が無いのか。大方前者だろう。長谷部は優しい奴なのだ。


 そう、優しい奴なのだ。


「どうしたのお兄ちゃん、浮かない顔をして。もしかして図星だった?」


「ん?いや、ただ今日、ちょっとな」 


 一花は心配してくれているのか俺の顔を覗き込むように見る。


 小一時間前の事を一花に話してやる。


 放課後になりチャイムが鳴り終わると各自が目的を果たすために準備を始める。当の俺も一花に会いに行くために教科書や筆箱を鞄に詰め込んで帰宅準備を始める。長谷部もせっせと俺と同じことをしている。


 二人共お互いの私情には干渉し合わない変な間柄だった。


 けど今日は少し違った。


「なぁ神西。俺は今日告白しようと思う」


 俺よりも先に鞄に荷物を入れ終えた長谷部がこちらを向いてそうポツリと小さく言った。


「は?何だ?愛をか?」


 悪い事をしたのかと思って茶化すようにして俺は長谷部に訊ねた。


「そうだ、愛の告白だ」


 真剣な眼差しを向けられて俺は戸惑った。冗談を言う顔じゃなかった。真剣だ、真顔だ、親友でもないのにそんな顔をされると困るのだ。まぁ学友として事を聞いてやろう。それが普通な反応である。


「告白って、誰にだ?」


「委員長」


 長谷部が指す委員長はクラス委員長の小倉 兎愛おぐら とあの事だろう。小倉さんは頭が良いし見た目からして委員長をしないといけない。メガネ、おさげ、優しい眼つき、物腰の柔らかい言葉。もうその為に生まれてきたような風貌だった為か委員長になった。と言うより自らが志願した。


 委員長の人柄の良さからクラスの人間は小倉さんとは呼ばずに委員長と敬愛を込めて呼ぶ。勿論俺もその一人である。


 委員長は一花には及ばないが可愛い。そもそも不細工と言えるのがこのクラスにはいない。あぁ、うんと言葉を紡ぐような見た目のクラスメイトはいないな。俺が顔をそこまではっきりと覚えていないだけもかもしれないが。


 とにかく長谷部は委員長に告白する気のようだ。


「告白が成功する事を祈ってるよ」


 学友が幸せになろうが幸せにならないが結果はまた明日に聞けばいい。どうせ外では会わないのだから。今日は一花と会える日なのだから早く行ってやらないといけないのだ。


「そんな就活生を落とす常套句はやめてくれよ。神西お願いだ、付いて来てくれないか?」


 長谷部は珍しく食い下がった。青春時代の告白なんてものは記憶に深く残る可能性がある。それは傷跡かそれとも甘露か。何度も言うがどちらでもいいのだ。俺はどうせ委員長が了承すると思っている。俺が女性だったら八割方イケメンから告白されたら、とりあえず付き合っておくだろう。とりあえずな。


「俺、この後用事があるからなぁ」


 チラチラと扉の方と後ろに掛けてある時計を気にする仕草をする。もうほとんど教室には生徒は残っていない。誰も長谷部の告白の話など耳に入れずに教室から出て行ってしまったのだ。そもそも例の委員長もいない。


「頼む!」


 目の前で手を合わせて拝まれる。そこまで懇願しなくてもいいのに。


「委員長いないけど、ここでするんじゃないのか?」


「公開処刑か、上だよ上」


 指さすのは天井。つまるところ屋上である。放課後の屋上は人がいない、偶に吹奏楽部の人間が練習しているのを帰り際に見る事がある。昼休みは人が沢山いるのに放課後となれば人目につかない穴場になるのだ。


「屋上?普通するなら体育館裏とかじゃないか?」


「体育館裏はヤンキーの溜まり場って相場が決まってるの」


「屋上もそうだと思うけどなぁ」


「お願いだよ神西!すぐだから、物陰から見てくれるだけでいいから!」


「もうそれ俺がいる意味ないじゃん」


「心強いんだってば!」


 ここまで必死にお願いされて断れる訳がない、一応は友達付き合いをしているのだ。長谷部とぎくしゃくするのも宜しくないしな。


「はぁ・・・付いて行くよ、だからさっさと終わらせてくれよ?」


「ありがとう!それでこそ俺が見込んだ男だ!」


 何か勝手に見込まれていた。見守る振りをして姿をくらまそうかな。


 長谷部君は俺がそんな事を考える男だと知りえて物を言っているのだろうか。


「ふぅん、だからお兄ちゃん今日は遅かったんだ」


 今日は三十分ほど一花を待ちぼうけにさせてからこの部屋へと入った。部屋に入る時看守さんに「遅かったな」なんて他愛のない言葉を投げられる事も無かったけど、一花は少しだけ不満げな顔をしていた。だから最初に発した言葉をまた俺は発するのだ。


「ごめんな」


「ううん、いいよいいよ。お兄ちゃんの周りの事象は大事だからね。それでそれで?お兄ちゃんのお友達の告白大作戦はどうなったのかな?」


「聞きたいか?」


「うん聴きたい!」


 一花はとびっきりの笑顔を作ってくれた。


 正直なところこの後の話はあまりしたくないのだ。俺が浮かない顔をしていた理由がはっきりと明確に一花に伝わるだろうから。それに長谷部に申し訳ない気がする。


「お願いお兄ちゃん」


「まぁここまで話したんだから気になるよな・・・しょうがないな」


 長谷部と一花のお願いを比べるのだけでも烏滸がましいのだが、比べるとお願いを受け入れる気持ちが断然違う。猫なで声で可愛い妹に甘えられると長谷部の威厳など吹き飛んでしまった。


 場所は変わって屋上へ。屋上には既に委員長こと小倉さん、小倉さんこと委員長が備え付けられた椅子の上で座って待ちぼうけていた。他には人は誰もおらずにたった一人でのどかな風を身に受けながら長谷部を律儀に待っている。


 俺達はと言うと屋上へと行ける扉の前でこっそり覗いているだけだった。


「いや長谷部お前は早く行けよ」


 隣で同じように扉の隙間から覗いている長谷部を肘で小突く。さらっと女性を待たせているし呼び出し人であり男としてもどうかと俺は思うぞ。


「心臓がバクバクしてきた」


「心臓はいつもバクバクしてるから早く行け」


 早く俺も一花の元へ向かいたいのだ。別に興味本位でここにいるんじゃないんだから。事を早く終わらせてほしい。それが俺から長谷部への切実な願いだ。


「バンジージャンプをやるつもりでいたのに、いざ前にしたら足が竦むもんだろ?そんな心境なんだよ」


「背中を押してくれって言っているのか?思いっ切り押してやるよ」


「無慈悲だな!何かアドバイスをくれって言ってるんだよ!」


 長谷部の後ろに回って背中に蹴りを入れようと思った矢先こちらへ振り向き抗議されてしまった。


「アドバイス?お前の気持ちを直接伝えればいいんじゃないの?と言うか俺がアドバイスしてやれる事なんて常識的範疇な事だけだぞ」


 だって告白なんてしたことないもの。


「そう、だよな」 


 長谷部は俺との日常的なやり取りをして落ち着いたようだった。どうやらもう背中に蹴りを入れる必要はないらしい。


 背にしていた扉に向き直って大きく深呼吸する。


「じゃあ神西行ってくる」


「いってこい」


「あばよ!親友!」


 死地にでも行くかの勢いで長谷部は委員長の元へと向かって行く。扉が閉まり切る前に俺はドアノブを持って開いた隙間から覗き見る。


 委員長は長谷部を発見した後に読んでいた本を閉じて立ち上がった。長谷部は委員長に思いを告げたんだと思う。頭を下げているからそのはずだ。ここからじゃ声は何となくしか聞こえないのだ。今日は少しだけ風が強いな。


 長谷部が頭を下げたまま動かない。こちらからは遠目だが委員長の表情まで垣間見れる。


 困ったような表情でこちらを・・・見た?


 そうしてから委員長は何かを長谷部に告げた、恐らく「頭を上げて」とかその類。長谷部は顔を上げ、更に委員長が長谷部に何かを言った。二人の対話はそれだけであった。十秒もせずに最後の対話後に長谷部は振り返って俺の方へと戻ってきた。


 告白は終わったらしい。


 長谷部は特段嬉しそうな顔をしていない。笑顔もなくただ真剣みのない真顔。悪く見れば呆けているようにも見える。告白が成功したのか失敗したのか訊きにくい、長谷部は俺の事を親友と呼んだが俺はそうは思っていない、人の中にずかずかと土足で踏み込むほど無礼な人間ではない。だから何も訊けなかった。


「委員長、お前に話があるってよ」


 長谷部はそう言ってから階段を一人降りて行ってしまった。


「神西君」


 何が何だかわからないから色んな想像が頭の中で湧き出てくる。そんな混乱した頭をクリアにしたのは小倉委員長の優しい声色だった。


 俺の後ろには委員長が本を持って立っていた。本のタイトルは銃・鉄・病原菌。何それ怖い。


「委員長、奇遇だな」


「そうね、奇遇ね」


 とぼけた時点で会話終了。話したこともない特別仲が良くもない委員長と会話が続けることは難しい。


「ちょうど好い機会だから言っておくね。私、神西君の事が好きなの」


 長谷部の告白が成功したか失敗したのかは聞かずもがな今判明した。


 俺が難聴であれば風の音が強いとかで聞き逃しているが人一人も離れていない距離でハキハキとした口調で言われれば聞き逃すはずもなく。しっかりと耳に伝わってきた。 


「・・・冗談だろ?」


 喉を鳴らして返答する。


「私が冗談でこんなことを言う人間と神西君は思っていたの?それとも神西君には冗談であって欲しい理由があるの?」


 あるわけない。本来ならば是非ともお付き合い願いたいところだ。しかし今は一花で手一杯なのだ。後でなど取り置きもできる事柄じゃない、だから俺が言える選択肢は一つに限られてしまう。


「いや、ごめん。あっと、これは冗談だろって言った事に対してのごめんであって委員長への答えのごめんとは違うんだ。委員長の想いは伝わったけど俺は今恋愛とかしようとは思えないんだ、だから、ごめん」


 面と向かって委員長に伝えると委員長は朗らかに笑ってみせた。


「でしょうね。神西君特定の日だけは急いで帰るもの」


 好きな人の事を目で追うのは男子でも女子でも同じなようだ。委員長は続ける。


「誰かの為何かの為かは解らないけど、その日の神西君は活き活きとしてる。そこも好き」


 一花以外に好きなどと言われたことが無いのでなんと言っていいのか戸惑ってしまう。その戸惑いを見透かしているのか委員長はクスクスと楽しそうに笑った。意外にも悪女だったのだな。


「長谷部君は」


 笑顔だった表情をいつもの委員長の表情へと戻して呟く。


「優しすぎるかな」


「どういう事だ?」


 何故長谷部の告白を断ったのかと訊けない事を承知しているからこそ委員長は教えてくれたのだろうか。しかし振った内容は意味不明だった。


「動物に優しくする、友達に優しくする、世間に優しくする。長谷部君はそんな性格。でも優しくすると幸せにするは同じじゃない。優しさが誰もを幸せには出来ない。だから私は断ったの」


 委員長と話していると目の前に一花がいるように思える。どこか取って掴みようのない言葉になんと言葉を返せばいいのか深く考えさせられてしまう。一花は家族だから思い付きの言葉を返すこともあるけど委員長はただの同級生だ。思い付きで物は言えない。


「俺が優しくないって事か?」


「いいえ、神西君も優しいわ。そうね、優しさを兼ね備えているって言えば解るかしら」


「わからない」


 ここは正直な感想を述べておく。わからないものは解らないのだ。


「率直な感想をどうも。でもいつか理解し合える時が来るはず。それまではお友達って事にしましょう」


「友達、ね」


「それじゃあ、また会いましょう神西君」


 委員長は俺が提案を呑んだと思ったのか別れの言葉を告げてカツカツと足音を立てて階段を降りて行く。


「また、明日」


 俺は踊り場で振り返った委員長に向けて別れの挨拶を返した。


「何その三角関係!一花も入れてよ!四角関係にしちゃおうよ!」


 話し終えると一花は今にでも飛び跳ねるかと思わせるくらいウキウキとした返しをした。


「話をややこしくしてどうするんだよ・・・」


「いやぁやっぱりお兄ちゃんはモテモテさんなんだね!一花は妹として嬉しいです」


 誇らしげに一花は語る。別にモテモテと表現できる程モテてはいないんだけどな。


「一花もその委員長さんとお友達になってみたいな!今度紹介してよ!あ、いやでもいずれは義姉さんになるから・・・いや紹介は早い方がいいよやっぱり!」


 キーンコーンカーンコーンと、チャイムが鳴った。あぁほら、長谷部の告白に付き合っていたからそこまで一花と会話できなかったじゃないか。しかし長谷部を恨むことはない。あんな結果になったからではなく学友として恨むことは無い。一花との関係はまだ続いて行くのだから、焦ることは無いのだ。


「ここには身内しか来れないだろ。一花が早く出てこられたら紹介でも何でもしてやるよ」


「むぅ、お兄ちゃんが身内にしてくれればいいのに」


「そんな可愛い顔したってその願いは叶えてやれないな。じゃあね一花、また今度」


 先に俺は椅子から立ち上がって部屋の出口へと向かう。一花も椅子から立つ気配がした。


 俺は最後に今日一花に訊ねたかった。いや、誰かに訊ねたかった事を訊くことにした。


「なぁ、一花」


「なぁにお兄ちゃん」


 一花はとぼけた声で返答した。 


「俺と長谷部はこれからも親友なのかな?」


 告白する前に長谷部は俺の事を親友と言った。だけど全ての事情を知って俺の横を通り過ぎて階段を降りて行く長谷部を見て思ったのだ。長谷部の中で俺は親友ではなくなってしまったのではないかと。


 好きな人が親友の事が好きだった。


 俺だったら距離を取るだろう。もう、そいつとは関係がギクシャクするのが目に見えている。


 だけれども長谷部は違う。長谷部は優しい。だから応援すると言った答えを導き出すだろう。いたたまれない答えだと俺は思う。


「私は友達がいたことないから解らないよ。・・・けど、お兄ちゃんが親友でいたいと思うなら親友なんじゃない?」


 一花の答えは俺がどうかという問題らしい。


 だよな。長谷部が変わらない限り今の関係は変わらない。それがとっくに決まっていたベストな答えだ。


「じゃあねお兄ちゃん」


 一花は手を振りながら扉の奥へと消えて行ってしまった。


 看守さんに挨拶して質素なら廊下を歩き受付で名前を呼ばれるまで待ち、呼ばれたら再度カードを受け渡ししてやっとこさ病院から出れることが出来た。


「~~~♪~~~♪」


 病院を出てすぐにこの町特有のサイレンが鳴った。毎日時間キッカリになるような法則性のあるサイレンではなくて週を跨いで鳴ったり月に一回だったりとまばらに鳴るのである。まぁそれでも時間だけはキッチリとしていて六時に鳴るのは覚えている。


 久しぶりに聴いたな。前は三週間ほど前だったかな?


 そんな事を考えながら今日の出来事を振り返りつつ、自転車に跨り、かごめかごめのサイレンをBGMに帰路につくのであった。


 翌日。長谷部敏は転校した。


                      次回 熱へとつづく

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