第2話 この部屋

俺の住んでいるこの街には病院がある。それは街だから当然ながら病院があるのは至極真っ当な事だ。国立か県立か市立か、はたまたは医療法人かは忘れたけど、病院の名前は古杜ふると病院だった気がする。そんな都道府県はないから医療法人なのだろう。


 学校が終われば俺はそこへと向かう。体の健康状態は至って正常。流行のインフルエンザにかかっている訳でもないし、学校をサボりたくてその病原体を貰いに行くために向かっている訳でもない。そもそも悪知恵を働かせればインフルエンザと解っていて登校すれば、学級閉鎖を起こすことはいとも容易い。俺はやらないが、全国の学級閉鎖の中の一部はそう言った悪知恵を働かせた奴らが起こしているのではないのだろうかと思うのだ。


 病院までは愛用の自転車で行く。自宅から学校までの通学に用いるこの自転車、踏みなれたペダルに握り慣れたハンドル。中学生の頃免許を持っていないので偶にバイクに乗った真似をしていたのが懐かしい。


 立漕ぎをして風を感じながら学校前の坂を下りてゆく、本日は晴天なり、本日は晴天なり。陽気な日差しが体を包み、穏やかな風が頬をくすぶる。平和だと感じるならば今この時だろう。


 人間ならば平和、平穏を愛する。俺は週に六回学校へ行って土曜の午後から日曜にかけて休日を満喫して更に放課後には本屋を回ったり、図書室で自習したりと有意義に時間を使い、平穏な日常を繰り返すのが大好きだ。刺激的な非日常何て要らない、学生の頃から日常を繰り返す事に慣れ親しみ社会に出て、少し風変りした日常を繰り返す。大人達が学生の頃に戻りたいと口を揃えて言うが、それは今の日常に刺激がないからだ。周りが多少でも刺激的だった学生時分に戻りたいだけなのだ。


 大人になれば馬鹿やって怒られて、失恋して泣いて、成績が悪くてまた怒られて、虐められてまた泣いてって事が無くなるのか?感情豊かに過ごせなくなるのか?俺には未来を見る力はないが周りを観ることはできる。


 だから解る。そんなことはない。


 人間は機械的であるが、そこに豊富な感情を付けることで人間性が表れる。


 大人になれば刺激的な日常を見つけるのが盲目的になるのだろう。日常の有難味を忘れてしまうのだろう。俺はそれを恐れているのかもしれない。


 病院の駐輪場に自転車を止める。


 自動扉が俺を感知して開く。


 病院の臭い、アンモニア臭よりもアルコール臭が鼻につく。院内を消毒してくれているのだから有り難い臭いだと思えば苦手な人もいなくなるのでは?はなから、こういった臭いが苦手な人は有り難くもない話だけど。


 受付で診察券と同じようなカードをナースさんに渡す。ナースさんは作り笑顔で受け取った後に横にあるパソコンのキーボードを打って何かを入力する。入力が終われば、俺の渡したカードを同じ笑顔で返してくれる。


 いつも通りに事が進む。一人病院内を歩いて、目的地を目指す。


 目的地は病院内にある一般患者が行き交う病棟ではなく別の病棟。本来は隔離病棟と呼ばれていて精神を患った人達が入院している。中の内容は言伝で聞けば静かで面白い場所だと聞いた。但し、それは中にいる人物の主観でしかない。


 隔離病棟が近づいてくると窓が少なくなってくる。一面は壁と等間隔で頭上に設置された昼光色の電灯がリノリウムの床を照らしている。うっすらと天井の無機質な景色と自分の体も反射している。


 スニーカーなのにリノリウムの床に足音が響く。それだけでこの場にいるのは俺だけだと再度認識させられる。


 歩みを止めてみると、電灯の音と超音波のような音が耳に聞こえるだけだった。


 まるで別世界に来たような錯覚に陥る。いや、この世界には俺しかいなかったと思えてしまう。


 だったらこの電灯は誰が作ったんだよ。と、脳内で自分にツッコミを入れて歩くことを再開する。


 窓が無くなって二分くらいだろうか、廊下は終わりを迎えて今度は下へと降りる階段が目の前に現れる。螺旋階段ではなく一直線に下へと降りて行く階段。降り易くもなく降り難くもない丁度いい高さの階段。材質は廊下と同じリノリウムでちゃんと滑り止めもついている。更に言うと滑り止めが剥がれている部分は一つもない。


 階段に一歩足を踏み入れると、人二人程度が並んで歩けるくらいの広さ。廊下より狭くなったことにより熱を持たない壁から発生している冷気を感知した。ひんやりとした感覚は誰も近くにいない病院と言う場所と状況から、不気味と言う感情を沸き起こしてくれる。


 感情は一時的な物で、二十七段の階段を降りきった所で無くなる。階段を降りきった先には病院に入った時にあるマットレスと同じものが敷いてあり、そのマットレスの奥に業務デスクが一つ寂しそうに置かれている、業務デスクの上にはノートパソコンが三つもあり、綺麗にまとめられた書類あった。勿論その業務デスクには椅子もあり、人が座っている。


 病院側で雇われた警備員さんだ。警備員の服装をして腕を組みながら警備員の帽子を深くかぶって、そこに姿勢を正して座っている。服を着ていても視力が確かならば警備員さんの性別は女性であることが見て解る。鍛えているのか、服の厚みかで身体つきが女性とは一見解らない。しかし、女性であることを象徴するように胸が大きいのだ。


 静かなこの場所で、こちら側から来る来客を待つ。それだけの仕事とは思わない。


 俺達はこの人を看守さんと呼ぶ。名は知らない、何故か名札を付けていないのだ。


 看守さんは毎回来るたびに変わる訳ではない、恐らく看守さんはずっとこの場にいるのだ。俺は放課後にしか来ないから知らないけどトイレとか昼ご飯はどうするのだろうと、看守さんの心配をした事がある。もしも俺の腹が窮地に追い込まれた時用に近場のトイレまで五分はかかる事を俺は知っている。


 看守さんは足音で気づいていたようで、組んでいた腕を解いた。


「もう入ってもいいぞ」


 そう低い声で言った。ナースさん達と比べれば高圧的に聞こえるけど、こんな場所にずっと居ればそうなる、全ては社会が悪いのだ。


 俺がここに来た理由は唯一つ。


 たった一人の妹に会いに来たのだ。


 看守さんがノートパソコンの一つを操作するとマットレスの前にある扉が自動で奥へと誘うように開いた。


 俺は看守さんに会釈をして扉の奥に続く部屋へと入った。この部屋に臭いと言ったものはない。無臭と言うよりも、臭いを気にすることはない。ただ息ができて、空気がある。それだけ。


 四方は壁で覆われて、大体こちら側は畳2.5畳、あちらと合わせて五畳分くらいがこの部屋の大きさだろうか。俺の自室よりもちょっとだけ狭い。


 そんな部屋には仕切りがある。あちらとこちら、正常と異常の境界線。仕切りはガラスだけど、普段目にするガラスとかではなくて、防弾ガラスでできているらしい。しかもただの防弾ガラスではなく、拳銃で撃ってもヒビが入るが真っ白にならず、貫通すらしない。それに銃が発砲されるとある液体がかけられてヒビが治るらしい。そんなマジックのような事が出来る前に、銃なんて持ち出す人間などこの場にはいない。


 ガラスは殴っても割れることはなく、自分の手が傷つくだけだ。俺はそんなことしないが、ちょっとやそっとの事じゃこの仕切りは壊れることはない程頑丈だ。


 まだ対面には誰もいない。


 俺は一人ガラスの強度を確かめてみる。コンコンと手の甲の骨、気取って言うなら中手骨の骨頭部で叩いた。やっぱり見た目はガラスにしか見えないので俺はビビり強度を確かめるのを止める。


 壁はどこでもある灰色の壁。壁マニアではないから何の材質で出来ているかは知らない。ガラスと同じようにノックをしてみると鈍い音が返って来るだけ。奥に部屋とかは無いようだった。


 部屋の四隅に目をやる。部屋の四隅にはカメラが取り付けられている。今俺がやっていた行動をしっかりと見られている。別に手持無沙汰で何をしようが恥ずかしくはないが、人に見られていると再確認してしまうと、何だか歯がゆくなってきた。


 カメラは俺を追うことなく部屋を撮り続けている、大方看守さんが見ているのだろう。


 どういった用件でこのカメラが付けられているのか、患者の為の記録だろうか。


 もしかして看守さんの趣味だったりして。妹は一花はそう言っていたかな。そんな馬鹿なことがあるかと笑い飛ばしてやった記憶がある。けど、あのカメラにはマイク機能も付いているだろうから、看守さんにその会話を聞かれているだろうな。元から不機嫌そうなので、機嫌を伺うこともないが、ちょっと気に病む。


 扉は一度閉まると看守さんが操作するまで開くことはない。取っ手は無く、平たいだけで、全く掴みどころのない扉だ。蹴破れるほど生易しい扉ではない。それはあちら側にある扉も見た所同じようだ。


 大人しく座り心地が悪いパイプ椅子に座っておく。


 体重をかけるとギシッと音が鳴った。小さく部屋に反響して、また部屋は静かになる。


 廊下と同じ昼光色だが、気持ち的にどんよりした空間を演出している。


 ふと、思い立った。


 俺はこの部屋に訪れるのは何回目になるだろうか。記録は付けていない。覚えているのはこの部屋に三年通い続けている事。単純に計算すると52×3×3+1で約469回はここへやってきていることになる。俺としてはそんな回数などどうでもいい。


 ただ一花と会えさえすればどうでもいい事だ。

 

 放課後の読書や自習よりも一花と会うのが何よりの楽しみだ。楽しみなんだ。あの頃の一花を取り戻すまでは、それが楽しみなんだ。


 ガチャリとあちら側の扉が開いた。


 この前とは違うオレンジ色のワンピースを着た一花が立っていた。カモシカの様に細く白い脚がワンピースから伸び出て、地面を踏みしめている。愛玩動物もため息をつく程可愛らしい。見た目だけはどこに出しても恥ずかしくはない妹だ。


 上を向いていた一花が視線を下に戻した時に俺と目が合った。


 始まるのだと確信できた。


「やっほーお兄ちゃん」


 右手に付けている花柄のシュシュが揺れた。


「元気そうだね一花」


「うん、元気元気、超元気」


 一花はその場で一回転してステップを踏みながらパイプ椅子に腰かけた。一花が腰かけると同時に扉が閉まった。これでいつも通りこの場には俺と一花しかいなくなる。


「えっとね、お兄ちゃん、この前の課題熟してきたよ」


「課題?」


 席に着くと早々に一花は話し始める。


 課題何て出していたか?


「そう!友達を作る課題!」


 あぁ、この前の夏鈴ちゃんとの件か。


「一花に無いものを持っていて、補ってくれる人。探してみたんだけど、みーんな自分の事ばっかりで誰も一花の事を気にしてくれなかった。それじゃあ皆一花と同じじゃん!」


「一花と同じB型なんだろうな」


「あー、お兄ちゃん。また血液型占いとか当てにならないものを信じてる。いいお兄ちゃん、血液型占いなんて、宗教と同じだよ。心に拠り所が無い人が妄信して言っているだけだよ、そんな根も葉もない事に踊らされていたら阿呆だよ」


「阿呆って、別に俺は踊らなければ損と思って言っている訳じゃないぞ。確率的に自己中心的な奴はB型って事だよ。根拠は一花がそうであるように」


「むー、弊害だ!社会的弊害だ!B型だって几帳面で大雑把で二重人格何だぞ!お兄ちゃんは数学的根拠を提示ばっかりして一花を虐める、悪いお兄ちゃんだ!」


 自棄になって一花は駄々をこねる。一花が駄々をこね始めたら、その話を続ける必要はない。別に勝負している訳ではないのだが、勝ち負けをつけるならば俺の勝ちだ。だから勝者は敗者を気遣ってやる。


「それで?結局友達はどうなったんだ?」


「結果から言うと友達は作れませんでした。友達作りって難しいねお兄ちゃん」


「そりゃあ、友達なんて作るもんじゃない。勝手に成っているものだからな」


「ふーん、一花にはまだよく解らないかも」


「てか、一花、それだったら課題を熟せていないよな?」


 最初に言っていた事と逆の結果を言っているのだが。


「やっぱりお兄ちゃんは騙せないなー」


「いや、俺じゃなくても騙せていないぞ」


 ワザとらしく舌を出して可愛いドジっ子アピールをする。可愛い。


 一花にとって友達とは無価値に等しいのだ。まだ一花が自分の事を私と呼んでいたころから一花には友達はいなかった。普通小学生ならば無邪気に誰かと遊んだりする。例えば休み時間外で球技をして交流の輪を広めたり、運動が苦手ならば図書室や教室で本を読んだりする。本を読んでいる場所にもよるが間接的に人と接しているし、好奇心旺盛な小学生は同じ本を読んでいる人物に声をかける場合もある。


 しかし一花はどちらにも属していなかった。またや小学生で机に突っ伏して寝ているなんて行為はしていない。一花は休み時間中、立ち入り禁止の屋上にいたのだ。体の小さい一花は屋上へと続く扉からではなく、換気口から侵入していたらしい。兄として普段の学校生活はどんな感じかと一緒にお風呂に入りながら訊ねたときに聞いた情報だ。


 そうやってボーっと空を見たり運動場で遊んでいる同級生を見ていたらしい。それは面白いのかどうかと訊ねると、面白いと答えた。

放課後も誰とも一緒に下校せずに真っ直ぐ家へ帰って来るだけ。家では俺に甘えてくる可愛い妹だが、今思えばそれは可愛い妹を演じていたのかもしれない。そうではないと俺は信じるしかない。


「おにいひゃん」


 少しだけ考え事をしていると一花はどこから取り出したのか饅頭を食べていた。


「一花、どこからそれ取り出したんだ?」


「四次元パンツ」


「せめてポケットにしなさい」


 今どきの年頃の女の子がパンツ何て言うんじゃない、パンティーと言え。


「それで本当は?」


ゆたか君から貰った」


 豊君。誰だよ。


 一花を看病してくれているナースさんや担当医の名前は俺は知らない。一花の経過、病状は全てこちらのナースさんから俺へと通達されるのだ。だから一花が語る豊君がもしかしたら担当医の名前なのかもしれない。


 この部屋での飲食は禁止されていない。持ち込んだものを一花へと与える事は出来ない。なので昼ご飯を食べる暇が無くて一人で美味しそうに食べ物を食べ、一花が恨めしそうな目で見てくる日もあった。


 しかし、一花側から食べ物を持ってくるのは初めての出来事だった。二口目を食べ終えて、三分の一となった饅頭を大きく口を開けて頬張った。俺は一花を観察していることしかできないので、甘味物を食べて幸せそうに咀嚼している一花を観察する。


「一花、鼻についているぞ」


 饅頭の表面についていた片栗粉を素手で食べていた一花は三口目を食べた時に口を抑える動作をして、自身の人差し指に付いていた片栗粉を鼻先につけて化粧をしていた。


「ん、とって」


 一花は目を瞑ってこちらへ顔を差し出した。勿論、ガラスがあるので取れる訳がない。


 仕方がないのでしばらく目を瞑っている一花の顔を見ておこう。


「もう!お兄ちゃん一花のキス顔で妄想していないでとってよ!」


「妄想していないし、出来ないことを言うな」


「いや、ここにつぶつぶの穴があるんだよお兄ちゃん、もうそりゃあ、そこから一花の鼻を舐めてくれればいいわけだよ!」


「いいわけあるか!」


 一花が示す場所は隔てているガラスの中間から少しだけ下にある斑点のような場所。声が通りやすいように作られているのだろうが、まさかそこから相手を舐めるなんて馬鹿げた発想をする輩がいるとは思いもしないだろう。


 俺は下を向く。甘えてくれるのはいいが甘えるベクトルの方向を間違えられると困るな。


「もういいよ、おにいひゃんにあへにょうほひへいは、ほれあへない」


「食べながら喋るんじゃありません」


「ごめんなひゃい」


 全く反省する気はなく、四次元パンティーから取り出したのか二つ目の饅頭を食べきってしまった。おやつ時は過ぎているが、二つも食べてこの後の夜ご飯とかはちゃんと食べられるのだろうか?心配である。


「話は変わってお兄ちゃん」


 ペロペロと手に付いた片栗粉を舐めながら一花は言った。


「この部屋ってぶっちゃけて監獄の面会所だよね?色気のない壁に、あそこにあるガラスその物。四隅にはカメラがあるし、違うのは扉が自動扉って所だけだよね?」


「まぁぶっちゃけた話だと、そうとしか思えないよな」


「だよねー。でも一花にはお似合いの場所だね」


 そう、笑って言った。


 お似合いの場所なんて言うんじゃない。言葉が出てきそうだったけど、俺は言えなかった。自ら進んで殺人をしたと証言する一花にはお似合いの場所・・・否定したい。その言葉を拒絶したい。


 したい。


「もしかしたらこの部屋には仕掛けがあって、一花が動物園で人間に煽られたゴリラさん並に暴れれば何か作動するかも!一花の方だけ毒ガスが充満したり、壁から銃が出て来て乱射されたり、レーザービームで焼き切られたり。あ、でも穏便に麻酔銃で撃たれたりしちゃうのかな?」


 一花、お前の事を誰もゴリラだとは思っていないぞ。


「普通に看守さんが来るだけだろう」


「お兄ちゃんはメルヘンチックじゃないなぁ」


「どう考えてもさっきのはメルヘンではなくモダンだったぞ」


「お好み焼き?」


「そっちじゃない」


「でも看守さんが来ても一花は押さえきれないと思うよ?」


「どういう事だ?まさか一花が看守さんを倒しちゃうのか?」


「その可能性は無きにしもあらず!じゃなくて、そうじゃなくて、一花を捕まえてあーんなことや、こーんなことをするにはまずはこのガラスをぶち壊さないといけないんだよ?このガラスって人が殴っても壊れないんでしょ?看守さんが何かの伝承者や勇者の末裔じゃなければ壊せないよ」


「待て待て、一花。その言い方だとそっちには看守さんがいないみたいな言い方じゃないか」


「え?そうだよ?言っていなかったっけ?一花忘れっぽいからなー、言っていたと思ってたよ、別に隠す気は無かったんだよ、ごめんね、お兄ちゃん」


「謝るほどのことじゃないけど・・・」


 けど、一花側に看守さんがいないと言うのはどう言う事なんだ?担当医やナースさんがここまで連れてきてくれているから必要ないと言う事か?そもそも、あの看守さんはここへ来る来客の監視をしているのだから、片側だけで十分って事か?


 もし、もし、一花が自暴自棄になって体を傷つけ始めた時は誰が止めるのだ?俺か?俺が声をかければ止まるのだろうか?


 解らない。


「どうやって一花はこの部屋に入っているんだ?」


「えーっとね、一花の方の扉の上にねカメラが付いていてね、そこにピースをすれば入れてもらえるよ」


 そんな友達と写真を撮る時のような事をして毎回入室をしていたのか。だから入室する時に視線が上を向いている時が多かったのだな。今日で疑問が一つ解けたよ。


「お兄ちゃん、一花はこの部屋でお兄ちゃんと話すのが楽しいよ」


「何だいきなり」


「お兄ちゃんが楽しそうにしてないから」


 脹れっ面をさせて一花は答えた。そんな顔をしていたのか?確かにさっきから思いつめてばっかりだったかもしれない。嘘を隠せないタイプではないのだけど、表情に出ていたのか。


「俺は一花と話すのが好きだけど、この部屋は好きじゃないぞ」


「あー、お兄ちゃんならそうかもね」


 なんと理解されてしまった。でも誰もこんな留置所の面会所みたいな場所は好きじゃないだろう。


「この部屋はお兄ちゃんには似合っていないよ、お兄ちゃんはもっと抽象画とかが飾られている部屋が似合っているよ。それで黒いマントを羽織って、王様が座る大きな椅子に頬杖ついて座って、右目が疼くとか呟いている方が似合っているよ!」


「一花は俺のキャラをどう勘違いしたらそう思えるんだ」


 俺はただの普通な高校生だ。そんな今どき流行遅れの厨二病丸出しのキャラクターじゃない。本当に教室の隅に居て、あ、いたんだって言われるくらいのキャラクターだから、サバンナで生き抜けない動物系男子だからな。


「うんうん、それでこそお兄ちゃん。一花も早くお兄ちゃんと触れ合いたいな」


「どれでこそだよ。俺も早く一花と暮らしたいよ」


「お兄ちゃんがこっちに来れば暮らせるかもよ?」


「俺がそっちへ行く事はないから、一花はこっちに来れることを考えていような」


 笑顔を作って言うと、今まで笑っていた一花の笑顔が一瞬だけ消えたのを俺は見逃さなかった。


 一花とこの部屋は似ている。

 

 お似合いだと否定できなかったのは、一時期こう思っていたからだ。


 両方とも色が無いから。と。

 

                          次回 法則へとつづく

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