喪失と出会い

 文乃が学校に来なくなって、一週間が経った。


 あれから文乃はどうしているのだろう?何をしているのだろう?誠司がそんなことを考えていると、誰かが近づいてきた。治斗だった。

「よう。最近元気ないじゃん。どうした?」

 最近ずっと文乃とばかりいたせいか、随分久しぶりな気がする。文乃と音信不通で正直それでころではないが、今は学校だ。しょうがなく答える。

「まあ。ちょっと、な。」

 あまり話したくないのでぼかして答えると、それを見透かしたかのように治斗は食いついてきた。

「あれ?文乃ちゃんのこと?休んでもう一週間っしょ。彼氏としちゃあ心配だよねぇ。」

 言葉だけは心配しているが、口調と顔は正反対だった。明るい声にニヤニヤした顔。治斗は前からこんなイヤな奴だったか?

「それよりさ。こんな噂、知ってるか?」

 治斗は誠司の嫌がる素振りを無視し、声のトーンを落として耳元で囁いた。

「実は文乃ちゃん、能力者でさ。それで施設送りになったって。」

 身体が凍り付く、とはこういう事を言うのだろうか。ゾクリと背筋を悪寒が走り、全身の筋肉が硬直した。今、治斗は何といったか?内容は二つ。一つは、誰にも知られてはいけないはずの秘密。もう一つは、あってはならない最悪の事態。

 思わず目を見開き、治斗の顔を凝視する。一体何を考えているのだろう?その表情から、必死に読み取ろうとする。

「あれ、知らなかった?ここ一週間、ずっとその噂でもちきりなのに。」

 非常に楽しそうに話す治斗。一週間ということは、文乃が休んだ日からその噂は流れていたということだ。誠司は文乃が休んでいるということで頭がいっぱいで、この一週間、周りのことまで気が向いていなかった。全然その噂を知らなかった。

 ぐるっと教室を見回す。すると、クラスメイトたちは揃って目を逸らした。どうやら噂を知らなかったのは、当事者である誠司だけだったらしい。

「能力、怖いよなぁ?正直俺、文乃ちゃんが能力者だって分かった時、ガッカリだったよ。文乃ちゃん可愛いし、好きだったのになぁ。でも能力者じゃ話は別だよね?そんな彼女ごめんだよ。すぐに別れるね。それだけじゃない、怖くて怖くて、ついチクっちゃいそう。施設に収容して貰わないと、安心して夜も眠れないからなぁ。」

 頭の中で、ブチっと音がした。気が付くと、誠司は勢いよく立ち上がり、治斗の制服の胸倉をつかんでいた。息は荒く、掴んでいる手は震えている。いや、誠司の身体全体が震えていた。

「あれ、怒った?なら怒ったついでに教えてやるよ。俺、見ちゃったんだよね。文乃のヤツが能力使っているトコ。それは、専門機関に報告する義務あるっしょ。駄目だぜ誠司、彼女だからって能力者匿うのは。犯罪ヨ?」

 最早、文乃のことをヤツ呼ばわりしていた。どうやら、文乃が能力を使ってしまったところを見られていたらしい。しかも、専門機関に報告だという。最悪の事態だ。しかもそれは、一週間も前のことだというのだ。

 一週間前の夜、一回だけあった文乃からの着信。もしかしたら、それは文乃から助けを求める声だったのではないか?それに気付けなかった自分に後悔が押し寄せる。

 色んな事が頭の中を駆け巡り、いろんな感情が混ざり、どうしようもなくなって誠司の中で爆発した。


「てんめぇえっ!!」


 爆発した感情は、目の前の友人を殴ることでしか表現出来なかった。



 治斗を殴ってから、誠司は居たたまれなくなって教室を飛び出した。その日の授業が全部終わっていたこともあり、そのまま学校を出てフラフラと歩いていた。

「文乃。」

 連絡がとれず、おばさんにも取り合ってもらえなかった理由が、今では分かる。能力が発現したことがバレ、施設に連れていかれてしまった為だったのだ。話によれば、収容所に連れていかれた人間は、帰ってきた試しがないらしい。そんな所に文乃が連れていかれた。一体、どうすれば良いというのか?考えながら歩いていると、頭の中の言葉がこぼれていた。

「一体、どうすれば……。」


 そんな時だった。

「あの件、一体どうなってるの!?一週間前には報告来てて、まだ納品されてないってどういうこと?とっくに回収は済んでいるはずでしょ!」

 突然、女性の怒鳴り声が聞こえてきた。顔を上げると、すぐ近くに白衣を着た、背の高い女性が携帯片手に興奮気味に話していた。何か商談の話でもしているらしい。

「え?『ニューマン』の奴らに聞いてくれって?本来そこも含めてそっちの範疇でしょう!?もういいわ。私が直接確認するから!」

 電話を切ると、大きなため息を一つ。全く、と呟いていた。白衣の隙間から見える服は黒いブラウスにタイトスカート。腰まで伸びている長い髪を纏めている。足元は10cmはありそうなヒールを履いていた。顔だちは美人系で、スタイルもよく綺麗な人だった。見とれずにはいられない。

 だが今、彼女は気になる単語を口にしていた。『ニューマン』、表向きは能力が発現した人を施設へ送る仕事を一手に引き受けている組織。だがその実、能力を発現した人間たちが集まり、自分たちが捕まらない代わりに他の能力者を捕まえて施設送りにしているという、同じ人間の風上にも置けない集団、というもっぱらの噂だった。もしかしたら、文乃の手がかりがあるかもしれない。そう考えた誠司は、その女性に話し掛けることにした。

「あの……すみません。お姉さん。」

 どう声掛けて良いか分からず、ナンパのような話し方をする誠司。携帯を肩にかけたバッグにしまうところだった女性は、誠司の声にビクッと肩をすくめた後、誠司の方に振り返った。

「え?私?」

 驚いている女性に向かって頷き、誠司は女性にお願いした。

「今、『ニューマン』って言ってましたよね?突然のお願いで申し訳ないのですが、僕も一緒に連れて行ってもらえませんか?」

 誠司が話しかけている間、ずっと固まったままの女性。驚いた表情もそのままだ。一体、何があったのだろう。

「えっと。聞こえてますか?」

 もう一度話しかけると、女性はやっと反応を示した。

「あぁ。え、えぇ。あなたの言葉が理解できるわ。私に話しかけていたのね。ところで悪いんだけど、私の話、聞いていたの?」

 いくら会話の内容が聞こえたからといって、そのことで話しかけ、あまつさえお願いをするというのは失礼極まりないことだ。咎められたと思い、誠司は謝った。

「あ、すみません!盗み聞きしてしまって。ただ、俺の大事な友達が行方不明で、なんか手がかりがないかって、それで…… 。」

「ふーん。そういうことか。そうか、聞こえてしまったか。」

 なにやらブツブツと独りごとを呟きながら、考え込む女性。誠司には聞こえないが、何やら悩んでいる空気を感じる。

「まあ、いいとするか。で、なんで『ニューマン』なの?」

 女性は盗み聞きを特に咎めることはなかった。それどころか、誠司に興味を持ったらしく、身体をこちらに向けてきた。女性は誠司より頭一つは背が高い為、視線を合わせようと背をかがめた。そんな姿勢をされたら、誠司からしたら視線よりも、女性の胸元が気になってしまう。意識を下に向けないように注意し、誠司は女性に向かって話を続けた。

「奴ら、能力者の疑いがある人間を片っ端からさらっていく、悪い奴らなんだろう?俺の友達も、その疑いをかけられたんだ。それで、もしかしたらそいつらに連れ去られてないかと思って…… 。」

 話した内容は殆ど出鱈目だ。誠司が知っている事実は、治斗が文乃の能力を使うところを目撃したこと。ただそれだけだ。実際に、治斗がどこかに報告したかどうかなんて分からない。更に言えば、施設送りになっているかどうかもわからない。全部、誠司の想像の中での話でしかない。

 でも、それを確かめるには一つ一つ明らかにしていくしかない。一つでも手がかりがあるのなら、そこにすがるしかない。今は、目の前の女性がそうだ。この機会を逃すことなんて出来ない。

「いくつか質問させて。良いかしら?」

 誠司はとっさに言葉がでず、コクコクと頷くことで返事をする。それで了解の意を汲んだ女性が、質問をしてきた。左手のひとさし指を、一本立てる。

「一つ目。能力って危険なものじゃない?世間では能力者は隔離した方が良いっていう人が大勢いるわ。君はどう思うのかしら?」

「使い方次第だと、思う。ニュースに出てくるのは事件ばかりだ。それだけを切り取って全ての能力者を犯罪者予備軍みたいに言うのは筋違いだ。能力が発現して、何もしない人だっているはずだし、良いことをしている人だっているはずだ。でも、テレビや新聞で出てくるのは悪いことをした人ばかりだ。俺は、能力が発現したからって、その人が危険だなんて思わない。」

 誠司の答えを聞いて、ゆっくり頷く。中指を立て、二つ目の質問をした。

「二つ目。『ニューマン』が悪者って、どういうこと?能力の研究のため、能力が発現した人を見つけて施設に連れていく、専門の組織のはずだけど。」

「奴らは能力者って聞けば見境なく、実際に能力が発現したか確認もせずに連れていくって聞いたことがある。しかも、そいつら自身が能力者だって噂だ。奴らは平気で外を歩いているのに、なんで他の人は施設に連れ去られないといけないんだ。」

 なるほど、と頷く。続けて薬指を立て、三つ目の質問をしてきた。

「これで最後。あなたの友達は能力が発現したのね?それを知ったうえで、探しているの?」

「そうだ。能力者だ。たまたま能力が発現しただけの、ごく普通の高校生だ。能力を発現した人間は、一生施設に閉じ込められるって噂に怯えながら、日々を過ごしていた。何もしていないのに、ある日突然いなくなった。俺にとって、大事な、大事な人なんだ。だから探している。」

 文乃のことを友達と言うには違和感を覚え、表現を変えた。居なくなる直前は恋人ごっこをしていたが、お互いまんざらでもなかった。だからと言って恋人というのも気恥ずかしく、中途半端な表現になってしまった。

 女性は話の真偽を確かめるように、誠司をじっと見つめる。必死に見つめ返す誠司。ゆっくりと十を数えるぐらいの時間を経て、女性は一つ、大きく息を吐いた。結論が出たらしい。

「話を聞くことって大事ね。真実はどうあれ、あなたの想いは伝わったわ。いいわ、特別に連れてってあげる。私にはあなたの望むこと全てに答えてあげられないけど、その目で確かめなさい。」

 何とも奇妙な言い回しだった。ともかく、『ニューマン』へ連れて行ってくれることは確からしい。

「そうそう、自己紹介がまだだったわね。私は村野むらの 真琴まこと。あなたの嫌いな施設で研究員をしているわ。」

 そう言うと、今までのとは打って変わって柔らかい笑みを浮かべながら左手を差し出してくる。誠司は後半の言葉の内容に身体が強張るが、その表情から察するに嫌味でもなんでもなく、単なる自己紹介なのだろう。

「お、俺は大平誠司。高校生。」

 ワンテンポ遅れて手を差し出すと、その手を優しく包まれ、軽く上下に振られた。女性に慣れていない所為もあり、その手のぬくもりに暫く呆けてしまった。

「少年、私に惚れられても困るぞ。」

 冷静に指摘され、誠司は慌てて手を振り払う。

「ほ、惚れるか!それに名前、言っただろう。」

「さあ、時間がもったいない。行こう。」

 抗議はあっさり無視され、その女性、真琴は歩きだした。

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