捜索と手掛かり
『ニューマン』の場所までは車で移動した。真琴は近くに車を停めていて、その車に乗って移動することになった。運転は当然真琴、助手席には誠司が座った。外では気が付かなかったが、その近さと密閉された空間のせいか、ほのかに香水の香りが漂う。伸ばせばすぐ手を握れそうなほど近い距離に、ドギマギする誠司。そんな様子を知ってか知らずか、真琴はハンドルを切りながら冷静な指摘をしてきた。
「いくら年上の女性に慣れていないとはいえ、運転中に変な気を起こさないでくれよ。」
「するかよっ!」
勢いで返したが、それならば運転中じゃなければ良いのか?という変な反論を考えてしまう。いやいや、今やるべきことは文乃の捜索だ。どうも調子を狂わされる、ミステリアスな空気を漂わせる年上の女性に、誠司は余計な事は考えないよう肝に銘じた。
実際は車が静かすぎて何も聞こえなかったが、キキィ! と、小気味の良いブレーキ音を響かせそうな雰囲気で、車は止まった。
「着いたわ。ここよ。」
そこは小汚い雑居ビルでも、港の倉庫街でもない、一流企業が入っていそうな立派なビルの前だった。
「え、ここ?」
誠司は自分が勝手に想像していた、いわゆる『悪の巣窟』とはかけ離れたイメージに戸惑う。真琴は真顔でこちらを見返し、何か不満でも?と言いたげだ。まあ、それはそうだろう。ただ、連れて行けと言われた場所に案内しただけなのだ。思い描いていたイメージと違うからと言って、文句を言う筋合いではない。
「このビルの5階が『ニューマン』のオフィスよ。さ、降りて。」
促されるままに車を降り、スタスタと先を行ってしまう真琴の後を、誠司は追いかける。両開きの自動ドアをくぐり、目の前にあるエレベーター、ではなくその隣の階段に迷わず足を向ける。
「あれ、エレベーター使わないんですか?」
「何で?待ってる時間が無駄じゃない。」
表示の停止階を見ると、10階を示していた。確かに、これを待っていたら階段が早いかエレベーターが早いかで微妙なところだ。だが、この場合は楽な方を選ばないだろうか?と、逡巡をしているうちにも真琴は階段を昇っていく。誠司は慌てて追いかけた。
5階にたどりつくと、目の前には廊下を挟んで受付があるだけで、他に何もない様子だった。真琴は受付には目もくれず、廊下を奥へと進んでいく。そして一番奥、特に社名などの看板もない一つの扉の前で立ち止まる。扉の横にはセキュリティ用のカードリーダーが設置してあった。真琴は白衣から一枚のカードを取り出し、手早く通して扉のロックを外す。と、足を後ろに振り上げる。
ドカッ!!
廊下中にすごい音が響き渡る。なんと、真琴は扉を蹴飛ばして開けた。当の真琴はさして気にした様子もなく、空いた扉をくぐって先に進む。ここまで来ると、なんかぶっ飛んだ人だなぁと感じる誠司だった。
「ヒッ!!」
「来たぞ。約束のモノを受け取りに来た。」
部屋の中はソファにテーブル、観葉植物と、いわゆる事務所的な作りになっていた。そのさらに奥にはまた扉があり、別の部屋があるようだった。ソファには強面の男三人が座っている。まあ、今のでビビっていたが。
「なんだ、村野姐さんでしたか。お願いですから、扉を蹴って開けるの止めてくださいよ。」
「何故だ?カードを通すのですら面倒なんだ。この上、手を使えと言うのか?足で開けた方が楽だ。」
真琴は全く取り合う気がない。それだけ言うと、ぐるりと部屋の中の様子をうかがう。
「ところで、例のモノはないようだが?一週間もかかって、よもやまだ用意できてないということではないだろうな?」
声音は平坦だが、そこに含まれる気配は全く違った。後ろで聞いている誠司も思わず身震いしてしまった。後ろからなのでその表情までは見えないが、目の前の男たちの反応を見る限り、相当のようだ。
「いえ、とんでもない!!『ニュートンのリンゴ』ですよね?昨日の夜に発送しましたよ。いや、あれで中々手こずりましてね。恐らく今日には施設に着いていると思うのですが……。」
「そうか、入れ違いだったか。それはとんだ無駄足だったな。」
真琴は嘆息し、あごに手をやって何やら考えている。無駄足に終わったことを少し後悔している様子だった。
「いえ、こちらこそ申し訳ありません。ところで、後ろの人は一体?ご子息ですか?」
男たちの質問に、真琴は一瞥する。それだけで、男たちは飛び上がらんばかりに震えあがった。
「ひ!すみません。姐さんはまだそんな年齢じゃありませんよね。失礼しました!!」
それに対し、真琴の反応は真逆のものだった。
「私の子供ではない、ただの子供だ。おい、何を怯えているのだ?こいつは、お前らに用があるというから連れてきたのだ。」
そういうと、今まで後ろに立っていた誠司の背中を押し、男たちの前に押し出される。真琴には怯えるしかない男たちだったが、どれも強面だ。しがない高校一年生の誠司にとっては、まともに顔を見ることすらままならない。
「へぇ。村野姐さんの連れてきた人の話なら聞くしかないか。おい、坊主。何のようだ?」
凄んでいないようだが、普通に話しかけられるだけで、怖い。何とか質問をしようとするが、言葉が声になって出てこない。
「あ、う…その。」
その反応にしびれを切らしたのか、村野は助言をしてきた。
「この少年は、大事な友人を探している。それもどうやら、お前らにさらわれたらしい。心当たりはないか?」
とんでもなく空気の読めない助言だった。目の前にいる男たちの目が変わる。
「ほら、お前もちゃんと言え。詳しい話はお前がちゃんと言わないと私じゃ伝えられない。」
誠司は、油を巻き火を投げられたあとの状態でバトンを渡されたような気分である。男たちが凄み、睨み付けてきている中、足が震えながらも、何とか声を振り絞った。
「あ、あの!俺の友達。一週間前から行方不明なんです。名前は喜多文乃って言います。ずっと、能力が発現したのを隠してて…… 一週間前にそれを見て通報した人がいるって聞いて。ご存じないですか?」
男たちは一瞬キョトンとし、お互いの顔を見合わせる。そして、下卑た笑いを浮かべた。誠司はそこはかとなく嫌な感がした。
「おい、文乃ちゃんだってよ。お前、聞き覚えあるか?」
「あぁ?確か昨夜発送したのがそんな感じの名前じゃなかったか?ヒヒヒ…。」
男たちは可笑しくててしょうがないといった様子で話を続ける。
「残念だなぁ。可愛かったのにな。能力者じゃなかったら可愛がってやれたのに。」
「能力者でもお前、手を出そうとしてたじゃないか。」
「でも、そのおかげでこの怪我ですよ?見てくださいよ、とんだじゃじゃ馬だ。これだから能力者は。」
「だから、能力者なんかに手を出そうとするからだよ!奴らは人間じゃないんだから。言われた通りに確保次第、発送してりゃいいんだよ。」
最初、文乃の手がかりだと思って男たちの会話を聞いていたが、誠司は沸々と怒りがこみあげてきた。目の前のこいつらは何といった? 能力者は人間じゃない?
「訂正しろ!文乃は人間だ!」
頭に血が上り、男たちに殴りかかろうとした瞬間、誠司は誠に首根っこを掴まれ、制止させられた。帰宅部とはいえ、スポーツはそこそこ得意な誠司の瞬発力を、片手で簡単に抑えてのけたのだ。大人の女性とはいえ、すごい力だ。
「離せよ、こいつら許せねぇ!文乃に何をした!」
「無駄なことはよせ。私も君も、用はもう済んだ。ここに居ないと分かった時点で全てのことは無駄だ。場所を移動しよう。」
そう言うと、真琴は誠司の首根っこを掴んだまま男たちに邪魔したな、と言いながら部屋を出る。例のごとくドアの開閉は彼女の足による蹴りで行われた。
ビルの外まで連れてこられ、ようやく誠司は解放された。
「何でだよ!文乃の居場所だけでも聞いたって良かったじゃないか!それに、あいつら文乃に何かしてる。」
真琴に向かって抗議する。だが、真琴は冷静そのものだ。
「安心しろ、あいつらには何も出来ていないさ。手を出そうとして返り討ちって感じだったしな。加えて残念というか、嬉しいことというべきか。私は、その喜多文乃の存在と居場所を知っている。」
真琴の言葉に、衝撃を受ける誠司。今度は真琴に対しての怒りが沸き起こる。
「何で、黙ってた!文乃のこと、隠してたのか!?」
掴みかかろうとするが、真琴の長い腕で額を抑えられ、掴みかかることすら許されなかった。
「落ち着け、少年。私は君の友人の名前を聞いていなかった。その友人の名が喜多文乃だというのは先ほどの場が初耳だった。」
「う…。」
あくまで冷静に指摘され、言いよどむ。確かに、名前を伝えた覚えはない。完全に誠司の落ち度だ。自分の不手際で発生した行き場のない怒りは、段々と萎んでいった。
「落ち着いたか?」
「あ、うん。ごめんなさい。」
話は車に乗ってからということで、とりあえず車に乗り込み、誠司が完全に落ち着くまで待ってれた。
「こちらも隠していた訳ではなかったのだが。先ほど『ニューマン』で話していた『ニュートンのリンゴ』というのが君の友人、喜多文乃のことだ。」
誠司は頷き、黙って聞く。ここで話の骨を折ってもしょうがない。
「一週間前、施設に『ニューマン』から連絡があった。その内容は、新種の能力を発現した能力者を発見した、というものだった。話を聞く限り、物を動かす能力だが、一般的にテレキネシスと言われる物を動かすものとは違う。どうやら、物を引き付ける力―――引力を操るものらしいということだった。まあ、便宜上名前を付ける必要があったのでとりあえず『ニュートンのリンゴ』として呼んでいた訳だ。名前のセンスについては抗議を受け付けない。私の案ではないからな。」
誠司は真琴を見つめ、話の先を促す。真琴はそれを見て話を続けた。
「まあ、珍しい能力だということで、施設側でも是非研究対象にしたい、ということだった。だが、一週間待っても納品されない。で、先ほどから今までの運びとなった訳だ。ここまで聞けばわかるだろう?あそこで揉めても君の友人は出てこない。既に施設に送られているのだから。つまるところ、今私と君が向かうべき場所は私の所属している施設、ということだ。」
そこまで聞いて、一つの疑問が生じる。誠司は文乃を助けたい。だが、目の前の真琴は、能力者で研究対象である文乃を手放したくないのではないか?誠司はそこまで考えると、警戒を隠しながら真琴に尋ねた。
「なあ、なんでそこまでしてくれるんだ?あなたに、俺にそこまでする義理は無いだろう?」
すると、真琴は誠司の方を向き、顔を正面から眺め、そして大声で笑った。
「確かに。義理なんか無い。」
「じゃあ、なんで?」
「まあ、強いて言えば……。そう、興味だな。」
「興味?」
「ああ、私に意思疎通をとってきた。今もこうして会話をしている。それだけで興味の対象となるには十分だ。まあ、私からすれば能力の研究になんか興味は無い。私は、私の興味のあることをもっと知りたいだけだ。」
誠司は、全く理解が出来なかった。興味とは、なんのことだろう。ただ話しかけただけで、興味が持たれてしまった誠司。もしかして……。
「断わっておくが、恋愛対象という意味ではないからな。だから、そんな目で見るな。」
まるで心を見透かしているかのような指摘だった。もうぐうの音も出ない。
「さあ、ある程度理解してもらったところで、目的地に向かうか。」
真琴は前を向くと、アクセルを踏んだ。助手席から見たその綺麗な横顔は、まったく表情が読めなかった。
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