原因と真実
一時間ほど車に乗っていただろうか。ひたすら山道を走り、山の中腹辺りと思われる場所に、その施設はあった。敷地の周りは分厚いコンクリートの壁と、壁の上には有刺鉄線が何重にも張り巡らされ、厳重に封鎖されているのが分かる。車が止まった唯一の出入り口であろうその場所も、分厚い鉄扉と、重装備の兵隊を思わせる警備員によって守られていた。
その警備員が車に近づくと、真琴はウィンドウを下げる。警備員が何かを話すと、真琴はポケットからカードを見せてそのまま扉へと車を走らせた。車の進路を邪魔しないように扉はスムーズに奥へと開き、車が中に入ると、閉じ込めるように閉まった。
真琴は建物の地下にある駐車スペースに入ると、一番奥に停車した。建物への出入り口の目の前らしかった。エンジンを止めると、もう声すら掛けず降りてしまう。誠司は遅れないよう、真琴の後ろを離れないよう歩く。セキュリティがかかっている扉を幾重もくぐり、ようやく建物の中に入る。
中は研究施設らしく、広く、明るい。綺麗な廊下には塵一つ落ちていない。もっとも、誠司にとっては研究施設ではなく、能力者を一生隔離する為の収容施設という認識だが。真琴の後を歩きながら見回していると、廊下には等間隔に、重々しい扉があった。
「この扉は?」
「研究対象の能力者を入れておく部屋だよ。まあ、君から見たら牢獄に見えるだろうな。実際、能力は人によっては非常に危険なものだ。万が一にも壊されない様、特殊な素材と何重もの安全装置を備えている。」
改めて言われると、やはりここは収容施設なのだと実感する。等間隔に並ぶ扉の中に、能力を持つ人たちが閉じ込められていると思うと、途端に足取りが重くなった。
エレベーターの前に着くと一人の男性が立っていた。背は170cmかそこらだろうか、高くも低くもない、標準的な背丈だ。後姿からでも分かる、その頭は白髪で染まっていた。 その男性に向かって、真琴が声をかける。
「
橋浪と呼ばれた男性は、真琴に話しかけられて振り返る。その顔は、頬がこけ、生気を欠いている様に見えた。視点が定まっておらず、とても正気を保っているようには見えない。
「ああ、すみません。電話の後、到着しました。すぐに電話したのですが、連絡が着かなかったので、留守電とメールには伝言を入れておいたのですが。」
まるで目の前に台詞でも書いてあるかのように、虚空を見つめながら、淡々と話す。誠司は 、この普通ではない状態の橋浪と、それに対して普通に接している真琴に薄ら寒いものを感じた。
「そうだったの?興味がなくて気が付かなかったわ。で、どこなの?」
申し訳ないという風でもなく、不躾に言い放つ。そもそも、年齢的にみても常識的な立場から見ても、橋浪と呼ばれた男性の方が上のはずだ。目上の人間に、こんな失礼な態度を取って良いはずがない。この状況では、真琴が絶対的上位の人間のような振る舞いだ。どうにもチグハグで、違和感しかない。
「梱包を解いて、地下3階の部屋に搬入してあります。」
「そう、わかったわ。あなた、ご褒美に
真琴が告げると、橋浪はまるで幽霊のような足取りでエレベーターの脇にある階段を降りて行った。
「彼はあれで、数年前まで国の威信をかけた研究のリーダーをしていたらしいのよ。でもその研究で失敗。今では助手、というか下働き的な役割をしているってわけ。彼の生きがいは息子さんを眺めること。面白いわよね。」
全然笑えない。どうすれば、人はああいう風になれるというのだろうか?橋浪に対する真琴からの説明はそれだけで、それ以上語られることはなかった。
静かにエレベーターの扉が開くと、真琴は靴音を響かせながら乗り込む。誠司もそれに続いた。エレベーターが下り始め、一瞬身体が軽くなる。そこで、ふとあることに気が付く。
「階段ではいかないんですか?」
「これから行く所、エレベーターでしか行けないのよ。だから、電源が落ちたら出られなくなるわ。気を付けてね?」
顔を引きつらせながら、誠司は何をどういえばよいか分からなかった。何というところに来てしまったのだろう?だが、ここに文乃は連れてこられているはずだ。真琴についていけば、会えるはずなのだ。
階数表示がB3Fに変わると、身体に負荷が掛かる。エレベーターの扉が開くと、そこは一本の大きい廊下と、奥にはその廊下に見合う大きな扉があるだけだった。そして、その大きな扉の前に一人の人物が立っていた。先ほどのハシナミとは違う、男性だった。日本人でないと言われれば、そのまま信じてしまいそうな、 彫の深い目鼻立ち。外国人の血が混じっているのかもしれない。その男性が口を開いた。
「やあやあ、村野君。ご機嫌いかがかな?君が、この研究施設に部外者を連れていると報告があってね。」
「あら、
真琴の言葉を聞くなり、一郎のこめかみに筋が走る。そして、語気を荒くして話し出す。
「おいおい、冗談はよしてくれ。この研究は君のモノじゃない。能力という、未知の存在を解明するためのものなんだよ?」
「あら。そうだったの?てっきり橋浪の研究失敗の所為で世界に顕在し始めた、超能力現象を秘密裏に収拾、隠滅するための物だと思っていたのだけど。」
一郎は、真琴の指摘に一瞬言葉を詰まらせるが、話を続ける。
「フン。あれは約束された失敗さ。あの橋浪の研究が成功してしまったら、異世界の知識と技術の独占という、わが国の特権が意味なくなってしまうではないか!だから本来隔離された空間で行われなければならない実験を、細工して空間を隔離しない状態にしてやったのさ。そして、その失敗の結果がこれだ。どういうことだ、世の中には超能力という、新たなる未知が溢れだした。これは神が私に与えてくれたギフトではないか?この現象を研究すれば、わが国の地位は更に盤石なものとなる!」
目の前で、信じられない会話が交わされている。異世界?わざと研究を失敗させた?その結果能力者が世に現れた?誠司の頭では理解が追い付かなかった。そんな誠司はお構いなしに、真琴と一郎の会話は続く。
「流石、見上げたスパイさんね。それで、わざわざ橋浪の子供を拘束・監禁したり、所長や橋浪にお得意のヒプノで操り人形にしているってわけ?私には理解できないわ。」
「それこそ、君には理解できないだろうね。ヒプノはあの実験の影響で得たギフトの一つだ。わが国の為、有効に使って何が悪い?橋浪に実験失敗の責任をとらせ、
「だったら困れば?私は興味が無くなったの。」
今度こそ一郎は完全に言葉詰まる。それを確認すると、真琴は再び歩き出す。誠司は真琴の後ろに隠れながら、一郎とすれ違った。真琴はセキュリティを解除すると、扉を開き、先に中に入ると誠司を中へと招く。誠司は、真琴に招かれるままに、奥の部屋へと入った。
最初、暗闇だった部屋に明かりが灯る。そこは、とても広い部屋だった。四方をコンクリートで覆われた、ひどく広い部屋。何かを記録するためか、天井の四隅にカメラが設置されている。そして部屋の中央には、人間を拘束するための椅子と、その上に一人の人間が拘束されていた。
「文乃?」
小さい声で口に出すが、何か違う。文乃はあんなに背が低くない。誠司よりも背が高いはずなのだ。なのに、目の前で椅子に座らされている人間は、せいぜい小学生か中学生がいいところの少年のようだった。おかしい。ここに文乃がいるはずではなかったのか?
「残念だが、『ニュートンのリンゴ』は別の場所に移動させてもらったよ。」
後ろから声がする。一郎だった。真琴は溜息をつくと、振り返りすらせずに一郎に声をかけた。
「どういうつもり?太一には興味ないんだけど。」
「実験に協力してもらうためさ。君は隣に居る少年に興味があるんだろう?なら彼に、少々怖い目にあって貰うのとかどうだい?」
そういうと、後ろからカチッという音がした。何かのスイッチを入れたような音だ。
「お得意のヒプノで、太一のポルターガイストを操ろうってわけ?」
「そんなもの、ヒプノを使うまでもない。研究は進んでいるんだよ?ポルターガイストを起こすくらいお手のものさ。さあ、痛い目を見てもらおうか!」
一郎が大きな声を上げると、ブウンと低い音が部屋の中に響く。すると、今まで静かに座るだけだった、少年が叫び声をあげた。
「やめて!怖い。怖いよ!お父さん、助けてぇぇぇ!!!」
悲痛な叫び声だった。そして、その叫び声と同調するように、部屋の中に異変が起きた。部屋の明かりが明滅する、唯一あるカメラがグルグルと動き出す、そして嵐のように部屋の中の空気が荒れ狂いだした。
「少年、危ない!」
真琴が、誠司の目の前に立つ。次の瞬間、固定されていたカメラ外れ、真琴に襲い掛かった。両腕で顔は防いでいたが、思い切り身体にぶつかり、カメラは壊れ、破片となりそのままの勢いで真琴の服を切り裂いた。
「恐怖を煽ったか。ふん、確かにポルターガイストを起こすのには効果的だな。」
誠司を庇ったまま、真琴が言う。真琴は、カメラがぶつかり、破片に切り裂かれていたが、一切傷を負っている様子はなかった。服が裂け、破れているが、ただそれだけだ。裂けている所からは白い肌が覗いており、こんな状況でなければ、その姿は艶めかしくも感じただろう。だが、今は部屋の中を、少年の絶叫と異常現象が荒れ狂っている状況であり、それどころではない。そんな中、目の前の少年を見て真琴が呟いた。
「これは元凶から絶った方が良さそうだな。」
後ろにいる一郎に聞かせる為だろう、真琴は大きな声を張り上げた。
「ところで、ヒプノは私も得意とするところだということは、知っていたかい?」
「なに?」
一郎がその言葉を発した次の瞬間、突然今まで荒れ狂っていた風が止んだ。少年の叫び声も聞こえなくなる。何が起きたのか、誠司が後ろを振り返って確認すると、一郎が呆けて立っていた。
「どこか行きなさい。」
「……はい。」
真琴が短く言うと、一郎はのっぺりとした口調で返事をし、踵を返してその場を去っていった。その姿は今までと打って変わって、まるで幽霊の様だった。そう、先ほど会った橋浪の様に。
「怖いよ、父さん。怖いよ…助けて。」
静かになった部屋の中を、少年の助けを求める声が響く。嵐は去ったが、今でも部屋のあちこちで小さな異常現象が起き続けている。
「さて、目の前の少年もどうにかしないと。」
誠司は、真琴のいうどうにかが、良くないことのような気がした。
「待って!あの子は怖がっているだけだ。ちゃんと話せば分かるよ。彼のこと、太一って言っていたよね?それ、さっき上であった男の人の子供でしょう?」
「あぁ、そうだ。でも、彼と話すことなんて出来るのか?」
「話せるよ。あの子と話せないって、なんで決めつけるんだよ?ちゃんと言葉を話してるじゃないか!」
それだけ言うと、誠司は真琴を押しのけ、目の前の少年の元へと近づいて行った。誠司が近づくのに気が付くと、タイチははまた怯えだした。
「ひっ!やめて!怖いことしないで!ごめんなさい、許して!ごめんなさい……。」
とても聞いていられない、痛々しい声だった。
「太一君?大丈夫だ、何もしないよ。怖いことも、痛いこともない。大丈夫だ。お父さんもいるんだ。これから、お父さんに会いに行こう。」
誠司が話すと、これまで怯えるだけだった少年は、顔を上げて誠司を見つめた。
「お兄さん、僕の言葉がわかるの?」
「当たり前じゃないか!君はちゃんと話しているよ。」
「今まで、誰も聞いてくれなかった。何を言っても、誰も耳をかしてくれなかったんだ。だから、みんな言葉が分からなくなっちゃったのかって…… 。」
「そんなことはない。だから、もう安心して。大丈夫。」
誠司が話すと、少年は頷き、泣き出した。安心したらしい。気が付くと、周りの異常現象は落ち着いていた。
「どうやら、今まで恐怖からちゃんと言葉に出来ない状態だったようだな。それにしても驚いた。やはり興味深いな。」
真琴を見ると、腕を組んで感心している。裂けた服は特に気にしていないらしい。露出している肌も、覗いている下着も隠す様子はなかった。
「えーと、堂々としているのはいいんですけど、目のやり場に困るから少しは隠してください。あと、この子のお父さんに合わせたいんですけど。」
「その必要はない。」
誠司の抗議も虚しく、真琴は何も隠すことなく堂々としたままだった。そして誠司のそばまで来ると、少年を椅子から解放した。真琴の言葉に、何で?と言い返そうとしたとき、真琴の向こうに、白髪の男性が立っているのが見えた。先ほどは幽霊のような印象だったが、今はしっかりと地に足がついている印象だった。
「た、太一!」
「お父さん!お父さんだ!」
椅子から飛び降り、走り出す少年。そして、白髪の男性の元へと飛び込む。
「良かった、無事で良かった…… 。」
抱きしめ合いながら、お互いに再開の喜びを確かめ合っている。良かった、と感じるのも束の間、そもそも自分の問題が解決していないことを思い出す。
「そうだ、文乃は?どこに文乃はいるんだ!?」
文乃の場所を知っている一郎はどこかに行ってしまった。手がかりもなくなり、誠司が絶望に暮れようとしたとき、頭に手を乗せて真琴が言った。
「安心しろ、君の友人の場所は大体想像がつく。さあ、行こう。」
感動の再開の最中の親子を残して、二人はその場を去った。
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