再開と別れ

 真琴に案内され移動した先は、壁一面がモニタで覆われた部屋だった。部屋に入るなり、部屋の片隅を指しながら真琴が言った。

「あの男の思考はワンパターンなの。考えるまでもない。さあ、あなたに返すわ。大事にしなさいな。」

 真琴が指さす先に、目隠しをされ、椅子に縛られた状態の文乃がいるのを発見した。服装は見たことのある部屋着で、部屋に居たところをそのまま連れてこられた様子だった。

「文乃!」

 文乃に駆け寄り、目隠しを外す。始めは呆然としていた文乃は、誠司の姿を確認すると、やがてボロボロと涙を流し始めた。

「誠司?ああ、誠司だ。ホントに誠司だ…… 。」

 縛っていた縄を解くと、文乃は誠司の顔をぺたぺた触り、誠司の存在が現実のものか確かめているようだった。そんな文乃を、誠司はそっと抱きしめた。

「何もされなかったか?」

「うん。悪戯されそうになったけど、やり返した。」

「ごめんな。もう大丈夫だから。」

 子供を安心させる様に、誠司はそっと頭を撫で続けた。


 どのくらいそうしていただろうか。突然、邪魔者が現れた。真琴だ。ずっとその場にいたのだが、二人の様子が落ち着くまで待っていたのだろう。

「そろそろいいかな?流石にここを立ち去った方が良い。」

 文乃は真琴の姿を確認すると、慌てて誠司から離れ、後ろに隠れる。誠司より背が高いはずなのに、誠司の背中にうまく隠れる。そして、誠司の背中から顔を出して、真琴を覗く。

「この人、誰?」

「ああ、この人は村野真琴さん。文乃を探していた俺を、ここまで案内してくれたんだ。」

 そして、誠司は誠にお礼を言った。

「真琴さん、ありがとうございます。お陰で文乃を無事助けられました。」

「いや。まだ助けられたという状況ではない。少なくとも、この施設をでないとな。」

「あ、そうですね…… 。」

 誠司が今の状況を理解したのを確認すると、更に真琴は続けた。

「それに、問題はこれからじゃないのか?世間は彼女を能力者と認識した。そんな彼女を世間は日常の中に受け入れてくれるのか?甚だ疑問だ。」

「え?…… あ。」

 思わず振り返り、文乃を見る。文乃はキョトンとしていた。

「私の認識が間違っていなければ、社会は能力者の存在を恐怖している。そんな社会の中で、君の友人は今まで通りの生活をしていくことは出来るのだろうか?」

「あ、うぅ。」

 誠司は何も言えなかった。そうだ、問題はこれからだ。世間は能力を持つものを怖がっている。テレビでは毎日のように能力者が起こす凶悪な事件を報道し、能力者がいかに危険な存在かをアピールしている。実際、日に日に能力者が起こす事件が凶悪化しているのは事実だ。そんな中、能力が発現してしまい、それを知られてしまった文乃。そんな文乃が安心して暮らしていくとすれば、それは―――。

「二人で街を出て、暮らす。文乃は俺が守る。」

「無理だ。何の特技もない人間の子供ごときが社会の大きな流れに逆らえるはずがない。それも、か弱い存在を守りながらなんて、無理だ。」

 大きな決意をしたつもりだが、真琴に一蹴された。誠司は真琴を睨み付けるが、真琴は涼しい表情で見つめ返している。


 そんな中、文乃が割って入った。

「ねえ?二人で何を話しているの!誠司、私にも説明してよ!」

 誠司は、文乃が言った言葉が良く分からなかった。今まで、文乃の目の前で、誠司と真琴とで話していたではないか。説明するも何も、今話していた通りなのに、文乃は何を理解できないというのか、誠司の方こそ、理解できなかった。

「え、何を言ってるんだよ。今までの話、聞いていただろう?」

「話って何?二人で、よく分からない言葉で話してることしかわからないよ!」

「良く分からない言葉?何を言ってるんだ、ちゃんと日本語で話しているじゃないか!」

 そこまで話したところで、突然真琴が笑い出した。誠司も文乃も、何事かと真琴の様子を伺う。真琴はひとしきり笑ったあと、二人に向かって話し出した。

「ああ、すまない。あまりにも君との意思疎通が楽だったものでな?人間の言葉で話すことを忘れていたよ。」

 また誠司は混乱した。どういうことだろうか、人間の言葉?今まで普通に話していたではないか?そんな誠司に、真琴が言った。


「まだ分からないようだね?誠司。君は、言葉を介してどんなものとも意思疎通をとることが出来る。そんな能力を持っているんだよ。」


「え?」

 真琴の言葉に誠司は戸惑った。


「順を追って話そう。まずはそうだね、私の素性から明かそうか。私は人間ではない。君ら人間には、異世界人と呼ばれている。この世界に現れて、人間の時間で何十年と経っているが、意思疎通に成功したのは、一部の国の、更にごく一部だけだ。その所為でこの世界のバランスは偏ってしまった。世界の技術力のバランスが、ひどく不均衡だと感じた事はないかい?あれは、私たち異世界の知識や技術を、その国が独占しているからだ。」

 黙って話を聞く二人。あまりにも突拍子もない話をされ、どう反応してよいのかがわからない。

「世界にはそれを良しとしない者たちがいる。知識や技術を独占され、おこぼれを貰えない他の国家だ。その国々は、独自に私達と意思疎通をとる為の手段を模索してきたが、今日こんにちに至るまで成功していない。」

 一旦話を区切る。真琴は、ゆっくり息を吸ってから話を続けた。

「とある一人の研究者が別の目的である研究をしていた。橋浪裕彦、さっきの白髪の男だ。彼は人種や宗教などの違いを超え、争いを無くすための研究をしていた。その為に必要なのは、同じ立場で意思疎通をとれることが必要だと。その為に、まず同じ言葉で意思疎通をとる必要があると。その研究は着実に成果を出していた。その最終段階ともいえる実験が、三年前に行われた。お互いに言葉を理解しない者同士が、意思疎通を図るための実験だ。裕彦は確か、『ボーダレス』とか言っていた。だが、スパイとして潜り込んでいた一郎の企みで失敗に終わった。ただ、そこで予想外の事態が起きた。その時の実験の影響で世界に異変が起きた。能力者の出現だ。」

 能力者が出現し始めた裏には、そんな事実が隠れていたのか?驚きを隠せないでいる二人を余所に、真琴は話し続ける。

「その能力は多種多様だった。その能力を独占しようとしたのがネオフロンティア、一郎の母国だ。彼は本国に能力の分析結果を送るために潜り込んでいた。私はその研究をするため、本国から一緒に連れてこられた。私は人間そのものに興味があってね。研究ついでに、人間そのものを研究させてもらうつもりだった。誠司は分かるだろうが、私もヒプノくらいは使えてね?研究が軌道に乗ったら職員を操って、研究対象を人間そのものにシフトする予定だったんだよ。だがそんな時、誠司、君にあった。今日、君が私に話しかけてきたね?その時、私は先ほどの男、一郎と話していた。人間には理解できない、私たちの言葉でね?なのに、君は私達の会話の内容を理解し、私にわかる言葉で話し掛けてきた。それで私は君に興味を持った。一郎と意思疎通がとれても、それは完全な意思疎通ではない。やはり通じない部分が残る。だが君との意思疎通は違った。完璧に意思疎通が取れた。しかも君は言葉を失っていた子供とも、意思疎通を行った。さっきの椅子に縛られていた子供を覚えているね?彼は失敗した実験の被験者で、その時のショックで言葉を失っていたんだよ。でも君は彼が喋っていると言い、意思疎通をした。そして、彼の言葉を取り戻した。実に興味深い!裕彦の言っていた『ボーダレス』の第一段階。言葉の壁を取り払う。それが概念としてなのか、能力としては知らないが、君はそれを具現化した存在なんだよ。」

 所々難しすぎて、理解が及ばないところはあった。真琴はつまり、誠司は言葉の違いを意識せず、意思疎通を行うことの出来る能力を獲得している、というのだ。

「俺も、能力者、だったのか?」

 誠司の言葉に真琴は頷く。

「そうなるね。まあ、言葉を介さないと意思疎通を取れないみたいだから、普段の生活の中では目立たなかったのだろう。だが、君のような存在がいるのならば、私は人間の研究なんか必要ない。君さえ居ればいいんだ。君に話を聞けばいいのだからね。」

 困って文乃の方を振り向くが、彼女は妙に納得したような表情をして頷いていた。

「だから、英語の授業は苦手とか言っているくせに外人さんと平気で話してたんだ?長年の謎がようやく解けた気がする。」

「え?そうだったのか?」

「うん。」

 驚く誠司に肯定する文乃。誠司にとっては全て日本語で会話しているつもりだったが、その中には外国人との言語の異なる会話もあったらしい。そんな場面に出くわす度、疑問に感じた文乃は本当に英語が苦手なのかと、誠司を追及していた、ということらしかった。


「私の素性と君の能力について理解してもらったところで、そろそろ現実に戻ろうか。」

 真琴がパン、手を合わせる。

「文乃、と言ったね。さっきから一応君にも理解できる言葉で話しているつもりだが、そういう認識でいいかな?」

 文乃はこくり、とゆっくり頷く。

「では、改めて。君たちは世間に能力があることを知られてしまった。今の社会で、能力を有する者は恐怖の対象であり、憎しみの対象でもある。そんな中で生きていく勇気はあるかい?」

 真琴の質問に、誠司は答えることが出来なかった。先ほどは勢いで答えたが、冷静になって考えると恐怖と憎しみの対象となりながら、生きていく自身などない。では、文乃を守るためにはどうしたらよいのか?

 誠司が悶々と考えていると、また真琴が笑い出した。

「悪い。意地悪な質問をした。いじめるつもりはなかったんだ、許してくれ。ただ、君たちの反応が面白くてね。いやあ、ちゃんと意思疎通が行えるというのは、実に楽しいものだな。」

 そういうと、真琴は部屋の出口まで歩いていく。振り返ると、文乃と誠司に声をかけた。

「さあ、外に出ようか。君たちをに送ってあげよう。」

 誠司は文乃と顔を見合わせ、肩をすくめる。言っている意味がいまいち分からない。ただ、住んでいる街まで送ってくれるという意味だろうと考え、二人は真琴の後に着いていった。


 三人は真琴の車に乗って、施設の外に出た。施設の中では、驚くことに誰にも会わなかった。車に乗り込み、外に出る時ですら、人の気配はなかった。入る時に居た警備員の姿もなく、扉は開け放たれていた為、何事もなく外に出ることが出来た。一度中に入ったら、一生出られないという施設から。

 車に乗っていたのは、帰りも1時間余りだった。外はすっかり暗くなっている。真琴はコンビニの駐車場へと車を止めると、二人を降ろした。

「さあ、後は家に帰って寝るといい。そしたら全て解決している。まあ、認識が以前と同じとは限らないがね。」

「ちょっと待って。まだ何も解決してないじゃないか!帰って寝たところで、今まで起きたことが無くなる訳じゃないだろう?」

 突然話をまとめようとする真琴に、誠司が食い付く。実際、施設からここに来るまで、何をした訳でもない。ただ車に乗っていただけなのだ。真琴に指摘されてきたいくつもの問題が、一つも解決されていない。そんな状況で、おとなしく家に帰って寝られるものか。

「俺たちは、これからどうすればいい?能力者とバレて、どうすればいいんだよ?」

 完全に八つ当たりだ。自分で何か考えついた訳でもない。だが、解決策があるとすれば、目の前の、自称異世界の人物。真琴の中にある気がしたのだ。すると、納得のいかない様子の誠司と文乃に、真琴が話始めた。

「君たちが心配することは何一つない。先ほども言った通り能力があることは知られたが、その影響範囲は限られている。それらを私が潰してくるだけだ。ああ、潰すと言っても命のやり取りではないから安心したまえ。私の能力を使って、君たちの能力に関する記憶を書き換えるだけだ。まあ一晩あれば終わるだろう。だから安心して寝たまえ。」

 簡潔に答えた。真琴はヒプノシスを使えると言っていた。施設で一郎を退けたのも、ヒプノシスを使ってのことだったらしい。その能力があれば、確かに記憶を書き換えるくらいは簡単なのだろう。影響範囲が限定されているとはいえ、どれだけの人の記憶を書き換える必要があるのか分からない。だが、真琴は言葉通り一晩でやってのけるはずだ。

「本当にそんなことが出来るなら、嬉しいけど…… 。俺たちの為にそこまでやる義理なんかあるのか?」

 真琴は二人の顔をそれぞれ眺めた後、誠司に向かって言った。

「君に興味があるからさ。誰とでも意思疎通が出来る君のこれからを見てみたいし、私自身、もっと君のことを知りたい。それが9割。あとはまあ、私のお節介だな。」

 9割が興味かよ、と思わず心の中で突っ込みを入れる。目の前の人物はそういうノリに一切取り合わないことを、今日一日で嫌というほど思い知った。

「ありがとう、と言えばいいのかな。それより、あなたはこれからどうするんだ?」

「もう施設には戻らないし、後始末が終わったら暫くは大人しくするつもりだ。次に私たちが君に接触するときは、別の姿になっているか、私以外の誰かだろうな。」

「じゃあ、これがお別れか……。」

 誠司がしみじみ言うと、真琴は笑って返した。

「そう捉えるか。じゃあ、そろそろ行くぞ。 何時でも観察はしているから安心しろ。」

 それだけ言うと、真琴は車を出してあっさりと去ってしまった。朝までに後始末を行う為だろう。真琴が去った後、真琴の最後の言葉を思い出して、それは安心できないと、誠司は心の中で呟いた。


 真琴が居なくなり、二人だけになる。誠司と文乃は車が消えていった方を眺めたまま、暫く佇んでいた。すると、ずっと静かだった文乃が、ようやく口を開いた。

「これから、どうなるのかな?」

「ぶっちゃけ、俺もわからない。真琴さんは安心しろって言っていたけど、学校に行ってらどんな反応されるんだろうな。」

 文乃が誠司の手を静かに握る。

「ねぇ、ここから逃げない?二人で。」

 誠司は文乃の手を強く握り返しながら、答える。真琴に訊かれた問いでもあった。

「いや、逃げない。ここから逃げても、能力を恐怖するこの世界は変わらない。まずはこの街から、能力に対する意識を変えていこうと思うんだ。そうすれば、お前に能力があっても何の問題もない。真琴さんが何とかしてくれるっていうし、能力者じゃないことになるだろうから。暫くは安心だろうし、何かあったとしても、今度こそ守るよ。」

「そっか、ありがと。」

 文乃の握る力が強くなる。誠司が振り向くと、同じタイミングで文乃も振り向いた。少しの間見つめあう二人。そんな状況がなんとも可笑しくなって、二人して笑いだした。誠司は、久しぶりに心から笑ったような気がした。文乃の笑顔もとても久しぶりに見た気がする。文乃の、涙を浮かべながらの笑顔は、とても印象的だった。



 その夜は暫く時間を潰してから、夜中にこっそり家に帰って寝た。次の日、二人で恐る恐る学校行くと、真琴が言った通り、そこには今まで通りの日常が待っていた。文乃は能力者だと知る人はおらず、みんな普通に文乃に話しかけてきた。辻褄を合わせる為か、事実と違う点もあった。部活は辞めたのではなく、体調を崩して暫く休んだことになっていたこと。その時に誠司が献身的に支え、二人はめでたく付き合い始めたこと。治斗は文乃が好きだったため、一時的に誠司と険悪な仲になったが、今では仲直りしたということ。

 今までのことを直接聞くことは出来なかったので、人づてでそんな流れだったということを知った。



 そして、二人の日常が戻った。

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