作戦開始!
「……どうやら来たようですね」
誰がどう見ても不審者丸出しの、目深にフードを下ろして顔を隠した集団がこちらを包囲して、じりじりと無言で間合いを詰めてきました。あえて目立つように広場のど真ん中に陣取っていたおかげでよく見えます。
特に会話や交渉を仕掛けてくる様子はなし。
出来れば相手が女子供ばかりと侮って、冥土の土産ということで(そういえば、この世界に「冥土」に該当する概念はあるのでしょうか?)背後関係やら何やらまでベラベラ喋ってもらいたかったのですが、そこは一応プロということなのでしょう。明らかに非合法の後ろ暗い役目とはいえ、仕事中に余計なお喋りをしない程度のプロ意識はあるようです。
そんなプロ達が怪しみながらもやって来たということは、やはり餌が良かったのでしょう。
猿轡を噛まされた上で鉄棒に縛りつけられ、衆目の晒し者にされたポチ子さん。つまりは敵のターゲットである張本人。あまりにも怪しすぎますが、彼女を狙っている一味としては、たとえ罠と分かっていても飛び込まざるを得ないだろう。そんな目論見が完全に当たった形です。
まあ正直、怪しんで手を出してこない可能性もそれなりにあって、その場合はポチ子さんが無駄に心に傷を負うだけの結果になったのでしょうけれど、結果良ければ既に良し。というか、これ成功しても失敗してもポチ子さんが精神に深いダメージを受けるのは避けられないので、成果があっただけマシということにしておきましょう。そうしましょう。命があれば大体セーフです。
「さあ、ちゃっちゃと逃げますよ!」
不審者集団がこちらを包囲していましたが、その程度では障害物にもなりません。
ポチ子さんとミアちゃんを抱えた私は、大きく跳躍して彼らの背後に着地しました。マッチョ状態ならこのくらいの跳躍は楽勝です。そしてそのままダッシュで、追いかけてくる連中を完全に振り切らない程度の速度で走り出しました。
こちらの作戦内容は単純明快。
敵が狙っているポチ子さんを私が担いで逃げ、そのまま逃げて逃げて逃げ続けて、相手の魔力と体力が尽きてバテたところで安全かつ一方的にボコボコにさせてもらおうかと。いくら戦闘や暗殺のプロだろうとも、これなら戦闘技能はほとんど関係ありません。
卑怯上等。
こちとら一介の中学生。
別に私は勇者でもなんでもないのです。
綺麗な手段だけにこだわる理由はありません。
相手が暗殺という卑劣な手段を用いる気なら、汚い手を使われたって文句は言えないでしょう。後味がよろしくないので、なるべく人死にが出ないようにしたいとは思っていますが、まあそのあたりはケースバイケースということで。
私の、何故だか無尽蔵に使えるらしい魔力なら、その気になれば何時間でも何日でも筋力強化状態を維持できます。持久力勝負なら負けることはありません。
未だに詳細不明の、なんだかよく分からない能力を作戦の拠り所にするのは不安もありますが、よりによってこの作戦中に急に使えなくなるなんてことはないでしょう……おっと、フラグじゃないですよ。ですよね?
「リコちゃん、二つ先の角を右! その後は真っ直ぐ!」
「はいはい、ナビありがとうございます」
幸い、地の利はこちらにあります。
いえ私も別に地元民ではないというか、精々、何日か観光がてらに街をブラついた程度なので土地勘というとかなり怪しいのですが、そこは我が親友を頼らせてもらいましょう。
ランダムに逃げ回っているように見せかけつつ、仕掛けた罠の場所まで誘い込む。あくまで敵の体力切れを狙うのが本命ではあるのですが、それで一人でも二人でも減らせたら御の字ですし、それで脱落せずとも怒りで冷静さを欠いてくれたら上等です。
「ふむふむ、ちゃんと付いてきているようですね。流石は獣人」
敵集団の正体は獣人の暗殺者。
まあ平たく言ってしまうと、ゲームや漫画等でよくある動物の特徴を有した人間です。鋭い嗅覚や聴覚が探索や追跡においてどれほどの優位になるかはあえて説明するまでもないでしょう。現に、先程の広場からこちらを見失うことなくピッタリ付いてきています。顔は隠していますが体格的に魔法を使ってすらいないみたいですし、素の身体能力だけでこれほど出来るというのは実に大したものです。
……が、そうした長所というのは時に転じて短所となるのが世の常。
街中を散々走り回った末に私が行き着いた先は、最初の広場からほど近い路地。ただし、生ゴミ用と思しきゴミ箱やらガラクタやらが乱雑に積み重ねられ、道が完全に塞がれています。
そして路地の入り口と、ご丁寧に屋根の上にも敵のご一行さんが。これで完全に追い詰められた形です。
マッチョ状態の私一人なら壁なり地面なりを強引に破壊しながら突破して脱出できるかもしれませんが、普通の肉体のままのポチ子さんとミアちゃんが一緒だと彼女達が大怪我をしてしまいかねません。
絶体絶命の大ピンチ……を上手く演出できているでしょうか。
念の為、もう一押ししておきましょうかね。
「うわー、追い詰められてしまいましたー」
「「「…………」」」
……失敬。
どうやら私に演劇の才覚はないようです。
できれば油断してもうちょっと間合いを詰めてもらいたかったのですが、まあ、このくらいの距離でも十分でしょう。
私はミアちゃんを下ろしてから悪臭漂うゴミ箱に手を突っ込むと、
「ふぉっふぉっふぉ、悪い子のみんな。さあ、サンタさんからのプレゼントじゃよ?」
あらかじめ箱の中一杯に仕込んであった爆弾を、刻んだタマネギやらレモン汁やらカラシやら、他にもとにかくありったけの刺激物を混ぜ合わせた恐るべき代物を全力で地面に叩きつけました。
ふぉっふぉっふぉ。
メニー、苦しみます。
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