さくせん


 そして、その日の夜。

 私達は街中でも特に人通りの多い広場の中心に陣取っていました。



「しくしくしく……」


「おや、どうかしましたか、ポチ子さん?」



 ポチ子さんは先程からさめざめと涙を流すばかり。

 私がその理由を尋ねても返事が返ってくることはありません。

 いえ、答えないのではなく答えられないのですが。



「どうかしたか、って……リコちゃん、わたしもソレは流石にどうかと思うよ?」



 お屋敷を出るまでは何故だか普段より不機嫌そうに見えたミアちゃんも、ポチ子さんに同情するような目を向けています。心優しい彼女としては、この作戦を実行するのに気が引けるのでしょう。

 しかし、ポチ子さん自身の安全のためにも、ここで計画を取りやめるわけには参りません。私は心を鬼にして、一層目立つようにポチ子さんを高く掲げます。

 お屋敷にあった特注品の特大バーベルを分解して鉄柱のような極太のバーを取り外し、そこにロープでポチ子さんを縛り付けているのです。


 いやぁ、それはもう目立つのなんの。

 いわば晒し者も同然で、やっておいてなんですが、泣きたくなるのも仕方ないでしょう。

 先程から善良な一般市民の皆様が遠巻きに視線を向けてきますが、明らかにヤバい集団を見る目です。私とミアちゃんはそういう視線にもぼちぼち慣れてきた感もありますが、まだ慣れていないポチ子さんはキツそうです。まあ、そのうち慣れるでしょう。

 通報を受けたと思しき衛兵の方々が何度かお話を聞きにきたりもしましたが、そこはミアちゃんの家の名前を出して追い返しました。権力バンザイ。

 お家の評判がこの数時間でガクッと落ちているであろうことに、彼女も心苦しいものを感じてはいるようですが、人命には換えられません。


 私は既に魔法で肉体を強化してあり、その状態の彼女を旗のように掲げている状態。自力で抜け出せないように、隙を見て猿轡を噛ませてあるので魔法で破ることもできません。

 この世界の魔法の特性、いえ欠点ですね。

 極々短いお手軽なものだとはいえ、口頭での詠唱をしないと魔法を発動させられない。

 よくファンタジー系のバトル漫画にあるように、無詠唱で術を発動させることはできません。まあ、私の知らない所にそうした特殊技能を持つ達人がいる可能性までは否定できませんが、ミアちゃんに尋ねてもそんなことが出来る人は聞いたことがないそうなので多分いないのでしょう。

 よって、こうして猿轡を噛ませるなり、なるべくやりたくはありませんが喉を潰すなどして発声そのものを封じてしまえば、魔法使いといえど脅威ではなくなります。



「リコちゃん、さっきからずっと魔法使ってるけど疲れないの? 替わらなくて大丈夫?」


「いいえ、まったく疲れないですよ。別に何か減ってる感じもないですね」



 加えて、これも未だに詳細が分からないのですが、私の場合は魔力の使用に制限がありません。なにやら『魔人』がどうのこうのという理由があるにはあるらしいのですが、最初に私を召喚したと思しきクロエさんが詳しい事情を綺麗さっぱり何も覚えていないので分からないままなのです。クロエさんのお兄さんや、私の知らないところでボコられて野望が潰えたらしいお父上に聞ければ詳しい話も分かるかもしれませんが、正直そこまで興味があるわけでもありません。そもそも、使える魔法がキワモノすぎて、こんな事情でもなければ進んで使いたくないですし。


 まあ、そのあたりの話は置いておきましょう。

 肝心なのは、魔法には本来対価が必要で、ゆえに長時間の使用はできないという点。

 こうして目立つ場所でポチ子さんを晒し者にしておけば、遠からず暗殺者一味も気付くはず。もしかしたら既に気付いていて、どこかからこちらを窺っている可能性もあります。相手方は全員獣人なので見れば一目瞭然。あるいは顔を隠している可能性もありますが、それはそれで大変目立つはず。もっとも、不審者度合いでは今の私達も負けてはいませんけれど。


 この状況、向こうからすれば、どこからどう見ても罠にしか思えないでしょう。

 ですが、罠と分かっていても手を伸ばさざるを得ない……かどうかまでは不明ですが、なんらかのアクションがある可能性は低くありません。

 ポチ子さんが無事であるということは、つまり犯人の立場からすればここまでずっと失敗続きだったことになるのです。当然の心理として焦りや不安もあることでしょう。ならば、いかに露骨すぎようとも絶好のチャンスを前に何もしないということはありえない……と、いいなぁと思います。まあ、こちらの願望混じりの策であるという点は否定できません。ですが、空振りだったとしても晒し者にされたポチ子さんが心に傷を負う程度の、つまりは実質ノーリスクの作戦ですし、上手くいったら儲け物でしょう。


 で、首尾よくそれらしき人物、あるいは集団が襲ってきたら、私はポチ子さんを担いだまま一目散に逃げる予定です。いっそ、街の市壁を跳び越えて街の外まで行ってしまってもいいかもしれません。

 これまでに得た情報からするに、敵の中にも魔法を使える者が少なからずいるのでしょうが、問題ありません。むしろ、魔法を使ってくれたら好都合。

 そのまま追いかけっこになったら、持久走では無限に魔法を維持し続けられる私が絶対的に有利。敵はどこかのタイミングで魔力切れになって、そのまま追い続けるにせよ逃走するにせよ、もはや脅威ではなくなります。そうして疲弊しきってグロッキーになった相手を安全確実にボコボコにしてやろう、というのが私の考えた作戦です。この逃げるフリ作戦が失敗した場合に備えて別の手も考えてはいますが、恐らくその心配はないでしょう。


 ふっふっふ、卑怯上等。

 正々堂々、真正面から戦って打ち倒すなどという非効率な手段を取るつもりはさらさらありませんとも。


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