リコ、やる気を出す
「いえ、いつまでもお世話になるわけには参りませんし」
「ですよねぇー」
まあ、そんなうまい話はないようです。
こちらとしては彼女をこのままこの場に留めておくのが一番ラクチンなのですが、ポチ子さんがこの街に来たのは、そもそも王族としての職責を果たすためであって、だからこそ危険を承知で滞在を続けていたのですから。責任感の強そうな彼女のことですから、必要以上の長居は避けようとするでしょう。
私の都合だけを考えるなら、彼女をロープか何かで縛り上げて……あ、別にエロい意味じゃないですよ? とにかく身動きのできないように拘束して、このお屋敷にあと何日か閉じ込めておくのが一番手っ取り早くはあるのですが、たとえ彼女を守る意図ゆえだとしても犯罪です。
そもそも魔法を使われてしまえば拘束は不可能。元が華奢な少女であろうと関係なく、ゴリラもかくやという筋骨隆々のマッチョになって、並大抵のロープなど引き千切られてしまうでしょう。
まったく、これだからこの世界の魔法使いは困ります。
私も一応そうなんですが、筋力強化だけのネタ能力かと思いきや、筋肉だけで大抵の問題をどうにかしてしまえるくらいに万能なのです。
筋肉は全てを解決してくれる。
それがこの世界の常識であり共通認識。
きっと、あの神様の薫陶の賜物でしょう。
ははは、今更ですけどこの世界ってなかなか狂ってますね。いや、むしろ異邦人である私の常識のほうがこの世界では異物なのでしょうが。
「それにしても、暗殺とは穏やかじゃありませんねぇ」
「ええ……申し訳ありません。我が国の問題で皆様にご迷惑を……」
「ああ、いえいえ、お気になさらず」
軽く探りを入れるつもりで話題を振ったら、随分と恐縮されてしまいました。
私が知る限りでも、前の宿を放火され、今の宿も襲撃されたそうですし、もしかしたらそれ以外にも大小様々なトラブルが発生しているのかもしれません。
この人間国(考えてみたら正式な国名を知らないので、暫定的にこう呼んでおきます)にとっては、獣人国の内側のゴタゴタを持ち込まれた形になるわけで、ポチ子さんからすれば「自分達のせいで迷惑をかけている」という認識になっても不思議はありません。
私個人の意見としては、被害者の方が謝るようなことではないと思うのですが。
ましてや、ポチ子さんはお姫様とはいっても私とそう変わらないくらいの年齢の女の子。そんな子が、いかに複雑な事情があるにせよ……いえ、たとえどんな理由があろうとも命を狙われるなど許されるべきではないでしょう。異世界だろうがどこだろうが、それは同じはずです。
……ううむ、なんだかムカついてきましたね。
この気持ちは、いわゆる義憤というものでしょうか。自分が正義だ、などと小っ恥ずかしいことを言うつもりは毛頭ありませんが。
実際にポチ子さんと顔を会わせていない時は、もっとドライな判断ができていたと思うのですが、なんというか面白くない感じがします。再会して、ちょっと話しただけで情が湧いてしまったみたいです。いやはや、我ながら実にチョロい。
神様からのオーダーを受けた時点では半ば駄目元みたいな気持ちもあったんですが、こうなると見捨てるのは無しですね。
そもそも、どうして何も悪くない……かどうかまで詳しく事情を知っているわけではないのですが、多分悪くないポチ子さんや、のんびりと夏休みの異世界観光を楽しみたいだけだった私が困らされねばならないのか。元々スケジュールなんて有って無きが如しでしたが、だからと言ってどこぞの悪党の都合に振り回されるほど暇ではありません。
「ポチ子さん、顔を上げてください」
「……え?」
「今決めました。貴女は私が守ります。だから、安心してください」
「え、リコさん、それって……え、あの!?」
これまでは穏便に事を収めようと冗長な手段を取っていましたが、そういう迂遠な方法はもう止めです。これまでは気が進みませんでしたが、手段を選ばなければ迅速に解決する道も無くはありません。少々のリスクは飲み込んで、ちゃっちゃと空気の読めない犯人達を片付けて差し上げましょう。
ところで、ポチ子さんはどうして頬を赤らめているのでしょうか。
気絶している間に寝汗をかいて風邪でもひいたんでしょうかね?
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