カトリーヌにおまかせ
前略、日本にいるお父さん、お母さん。
お元気でしょうか?
私は元気です。
少なくとも、牛にまたがって街中を闊歩する程度には。
「はっはっは、薄々気付いてはいましたけど、このスタイルだとめっちゃ目立ちますね」
「もっと早く気付いて欲しかったんだけど。そもそも、別にカトリーヌに乗る必要はないよね? うぅ、恥ずかしい……」
かの金太郎なら熊にまたがってお相撲の稽古でもするところでしょうが、私とミアちゃんは二人で乳牛のカトリーヌに乗って捜査の為に街中をのっしのっしと進んでいました。
推定半トンはありそうなカトリーヌにしてみれば、合計しても100kgに全然届かないであろう私達ごとき大した負担でもないのでしょう。軽い足取りがなんとも頼もしい。普段から街中をお散歩して慣れているので、硬い石畳の上を歩いても足を痛めたりはしないようですし。
しかし、いくらそこら中に馬車や牛車がいるような文化圏とはいえ、子供二人がこんな街中で牛に直乗りしているのは、相当に目立つようです。
「まあ、いいじゃないですか。別に減るものじゃあるまいし」
「いや、減るよ? なんか、こう、恥じらいとか精神的な感じの何かが」
先程から道行く人々から完全にヤバい人を見る感じの視線を向けられていますし。
まあ、私は全然気にしませんけれど、根が内向的な我が友人は今更ながらに恥ずかしくなってきたようです。それでも降りずに付き合ってくれているあたりから性根の優しさが伺えますね。そんなに流されやすくて大丈夫なのかちょっと心配ですが。
「でも、これで本当に大丈夫なのかな?」
「大丈夫。カトリーヌを信じるのです。この子はお利口ですからね。なんかこう……全体的に上手くやってくれるんじゃないですか?」
我ながらフワッとした物言いになってしまいましたが、現状下手人の手がかりなど無いのです。進行方向なんかも完全にカトリーヌに委ねており、地元民でない私には正直今現在自分達が街のどの辺にいるのか分かっていません。
ちなみに、屋敷を出る際に私がカトリーヌに与えた指示は、
「じゃあ、とりあえず獣臭い人を探してみましょうか」
という内容でした。
匂いを辿って不審者を探すにしても現状特にこれといった手がかりがありません。
ですが、救いがあるとすれば、容疑者の種族がこの街では珍しいであろう獣人だということでしょう。顔立ちや尻尾の有無で一目瞭然ですし、衣服等で変装していたとしても匂いまでは誤魔化せないはずです。
私にはサッパリわかりませんが、カトリーヌの鋭敏な嗅覚をもってすれば、人ごみの中から探し当てることも不可能では……ないような……まあ、きっとなんとかなるような気がしないこともありません。
ぶっちゃけ、全くのノープランに比べたら幾分マシというくらいの曖昧な指針ですけれど。我ながらツッコミ所満載です。
あの神様がパパッと犯人の居場所なりを教えてくれたら簡単にコトが済むと思うんですが、あのマイペースなマッチョ老人はこちらからの疑問に何故か答えてくれません。何か理由があって言えないのか、それとも単に筋トレを優先して着信拒否状態なのかは不明です。なんとなく後者の気がします。
「大丈夫。世の中、結果が全てではありません。ベストを尽くしたという過程が大事なんです。もし力及ばずポチ子さんが危険な目に遭ったとしても、彼女はきっと許してくれるような気がするので気楽にいきましょう」
「いやいや、今回は結果をもっと重視すべきじゃないかな!?」
そもそも被保護者たるポチ子さんは、私達が彼女を守ろうとしていることなど知らないので、許す許さない以前の状況なのですが。
まあ、顔見知りを見捨てるのも寝覚めが悪いですし、こうして先んじて彼女の命を狙う不心得者を探しているワケです。
「なかなか見つかりませんねぇ」
お屋敷を出発して一時間ほども経つと、発案者の私としても流石にこの方法は無理があったんじゃないかと思い始めました。
カトリーヌはというと右に左に、前に後ろに、足取りそのものは軽いのですが、あちこちの道を行ったり来たり。迷っている様子こそありませんが、そもそも根本的に、私からのオーダーをどの程度理解してくれているのかという不安もあります。
「おや、この辺は人通りが少ないですね?」
「ああ、多分商会とかの倉庫が並んでる辺りだと思うよ」
このマッスルの街は大変栄えているように見受けられましたが、当然ながら人気が少ない閑散とした地区もあるようです。表通りから路地をいくつか曲がって進むと、全く人の気配が感じられない倉庫街へと辿り着きました。
ミアちゃん曰く、この近辺を訪れるのは倉庫を所有する商店や商会の関係者か巡回中の衛兵くらい。彼女も知識として知ってはいたけれど、この近辺に来るのは初めてだそうです。
ふむ、確かにこの辺りなら、後ろ暗いことを企んでいる犯罪者が隠れ潜むには打ってつけかもしれません。倉庫の中には普段は使われていない物や、所有者が手放して封鎖されている空き倉庫なんかもあるようですし、雨風を凌ぐのも楽勝。隠れ家として使うにはピッタリの物件です。
そうして間も無く。その読みの正しさを実証するかのように、我々は怪しげな人物を発見しました。
「あの腰の後ろの膨らみ。アレって多分尻尾ですよね?」
件の人物はフードを目深に被って人相を隠し、ゆったりしたローブで全身を覆っていました。表通りなら確実に職質対象です。
そして、意識して見なければ分からなかったかもしれませんが、腰の後ろや頭部の不自然な盛り上がりも見て取れます。頭部に関しては獣耳ではなくそういう形状のボリューミーな髪型という可能性もありますが、腰の後ろの膨らみは恐らく尻尾を隠そうとして布が張っているのでしょう。
「う、うん。でも、どうするの?」
当然のことながら、ミアちゃんが対応方針について尋ねてきました。
幸いというべきか、フードを深く被って視界が狭くなっている為か、不審者氏はほぼ真横30mに位置する我々に気付いていない様子。正直、今の私達はめちゃくちゃ目立つ姿なので、これに関しては僥倖と言うしかありません。
このまま尾行して仲間の待つアジトの場所を突き止めるという手もありますが、追跡の素人である我々では途中で姿を見失う危険もありますし、下手に荒事にでも発展したら多勢を相手取ることになりかねません。
それならば、今この場で確実に不意を討って目の前の人物を捕縛し、然る後に口を割らせたほうが安全確実ではないでしょうか。相手が魔法使いだという可能性も決して低くありませんが、魔法を使うには短い詠唱が必須。今ならば何かされる前に取り押さえることも可能です。
私がそう伝えると、頼もしき仲間達はコクリと肯いてくれました。
……そう仲間“達”です。
間違いではありません。
ミアちゃんだけでなくカトリーヌまで私の意を汲んで、そして私達を乗せたまま件の人物に向けて全速力で走り出し、
「ちょっ、カトリーヌ、ストップ! 危ないですって!? おや?」
「ぶつか……あれ?」
「え? ……げふっ!?」
そのまま件の不審者……いえ、何故かこんな場所を一人でうろついていた、保護対象であるはずのポチ子さんを盛大にはね飛ばしてしまったのでした。
いや、激突の直前にこっちを振り向いたのでギリギリ気付いてはいたんですが、勢いがついた状態では急に止まれなかったもので、決してワザとではないというか……あの、死んでないですよね?
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