謎空間にて


「も……もう、許してください……」


『ならぬ』


 ああ、どうして私は軽々しく「なんでもします」なんて言ってしまったのでしょう?

 この、辺り一面真っ白な謎空間では逃げることもできません。もっとも、執拗な責め苦により足腰は既にガクガク。走って逃げるどころか、ロクに歩けもしないでしょうが。



『では、ラスト1セット開始!』


「ひぃ……っ!?」



 私は、理由は聞かされていないのですが、神を名乗るビキニパンツのマッチョ老人にヒンズースクワットを強要されていました。


 ちなみに、試してみましたがこの謎空間では魔法も使えないようで抵抗は不可能。

 いえ、仮に使えたとしても逆らう気にはならなかったでしょう。


 バトル漫画とかで時々見る描写ですが、見ただけで実力差を悟るとはこういう感じなのですね。スポーツだの格闘技だのはさっぱり分からない私ですら、一目見ただけで存在の格差を理解せざるを得ませんでした。

 今は私と会話するのに合わせて2m弱程度の身長に縮んでいるそうですが、この世界を丸ごと支えているという全長何千、何万km、あるいはそれ以上の巨体をこのサイズにまで圧縮しているのだとか。


 周囲の景色が真っ白なので分かりにくいのですが、気のせいか神様がただそこに立っているだけで周囲の空間が歪んでいるようにも見えます。

 あれは、いわゆる『気』的なモノが見せる幻覚なのか、それとも圧倒的な大質量で本当に空間が歪んでいるのか……後者だとしたらすぐ近くにいる私が無事でいられるはずがないのですが、何しろ相手が相手なので絶対に無いとも言い切れません。



 まあ、神様の事は一旦置いておきましょう。

 あまり深く考えたくないですし。


 しかし逆らうという選択肢は論外で、魔法も使えないとなると素の私の貧弱ワガママボディーだけでスクワットをやらざるを得ません。

 1セット二十回のフルスクワットを既に9セット。

 太腿の筋肉は破裂しそうなほどにパンパンで、体力も限界をとっくに超えています。むしろ、自力で百八十回も出来たことが驚きですよ。


 いや、でもホントに何故なんでしょうね、この現状!?

 ああダメです。考えようにも疲れで頭が回りません。



『もっと背筋を伸ばせ。そうだ、ナイスフォーム!』


「ぐ……ぐぐ……!」


『ラスト五回! 三、二、一……!』


「ぐぇぇ……」



 やり遂げたと同時に地面に倒れこんでしまいました。

 もう起き上がる気力もありません。

 出来ればこのまま眠ってしまいたいところでしたが……、



『トレーニング後はなるべく早く良質なタンパク質を摂取せよ。ゴールデンタイムは待ってくれぬ』


「あ、これはどうも」



 神様はどこからともなく取り出した大ジョッキを私に手渡してきました。

 汗をかいてノドがカラカラだったので、正直ありがたいです。

 ちなみに「ゴールデンタイム」とはトレーニング後の約三十分間のことで、その時間内にタンパク質を摂取すると筋肉が成長しやすくなるのだとか。



『大豆パウダーの牛乳割りである。鍛錬の後はコレに限る』



 大豆パウダー……要するにきな粉ですか。こっちの世界にもあるんですね。

 豆乳だとモノによっては時々青臭さが気になることもありますが、きな粉牛乳であれば動物性脂肪のコクで飲みやすい。ええ、なかなかイケます。



「ふぅ、ご馳走さまでした」


『寝る前にストレッチで身体をほぐしておくがよい。翌日に疲れが残らぬ』


「ほうほう、重ね重ねありがとうございます。では、私はそろそろお暇しようかと」


『うむ、さらばだ』



 未だに連れてこられた事情は分かりませんが、どうやら無事に帰してもらえ――――、



『……用件を忘れていた。異界の者よ、この世界の為にそなたの力を貸すが良い』



 そうそう甘い話は無かったようです。

 まあ、神様がわざわざ出向く用事なんて大抵そんなものですよね。

 それに、どうせ私に拒否権は無いのでしょう。



『詳細は追って伝える。では、さらばだ』


「はい、わざわざご足労ありが……あれぇ? それを伝えるだけなら、なんで私スクワットなんてさせられたんですかねぇ!?」



 急速に薄れゆく意識の中で、神様からの返答が聞こえた気がしました。



『我の趣味である』



 どうせそんな事だろうと思いましたよ、コンチクショーッ!



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