それはそれ、これはこれ
「はっ……!?」
「どうしたの、リコちゃん?」
急に頭を押さえてうずくまった私の顔を、ミアちゃんが心配そうに覗きこんできました。
「いえ、ちょっと立ち眩みが……なにやら長い夢を見ていたような気がしますね」
エタ……うっ、頭が!?
この事については忘れたほうが良さそうです。
はい、忘れましょう。忘れましたね。OK?
「大丈夫? 今はひょんな事から知り合った獣人族のお姫様のポティーナさまの滞在してる宿に向かおうとしたら、なんだか火事っぽい煙とか野次馬の人混みで押し合いへし合いされながらも、どうにか目的地近くまで来たところだけど、分かる?」
「分かりやすい説明ありがとうございます」
現在我々がいる『マッスルの街』の大貴族マシーリア家のお嬢様であるところの、ゆるふわ&ちょっと猟奇系金髪美少女のミアちゃんが、まるで不自然さなどなく冷静かつ的確に現状を明らかにしてくれました。私を相手に磨いたツッコミスキルの派生でしょうか。
まあ、それはさておいて眼前の状況に話題を戻しましょう。
火事になっていた宿ですが、既に消化作業は完了しているご様子。
というか、どうやら燃えていた部分を力業で破壊して無理矢理消し止めたっぽいです。宿屋の一棟が半壊していました。江戸時代の火消しは水をかけるのではなく、燃えている建物を壊すことでそれ以上の延焼を食い止めたそうですが、発想としては似たようなものでしょうか。
そんなことが出来るのは魔法使いくらいですが、この街の魔法使いはまだ誰も現場にいないようです。もしかしたら、宿泊客の中に魔法使いの方がいたのかもしれませんね。
流石獣人の方々が逗留していただけあってか、建物外に避難したアニマル系の人々で、周囲一帯が動物園めいた空間になっています。
ゾウにキリンにパンダに、ライオンっぽい人もいますね。
ポティーナ姫ことポチ子さんは、人要素と動物要素の割合が8:2くらいの初心者にも優しいマイルド獣人ですが、中には5:5や3:7くらいのハード系獣人さんまで色々といるようです。後でスマホのカメラでこっそり写真を撮らせてもらいましょうか。
で、そんなアニマル感溢れる方々は、ほとんど無傷で火事から逃れたというのに、揃いも揃って酷く慌てていました。
「姫様ーっ!」
「返事をしてくだされ!?」
そんな事を叫びながら、倒壊した建物の残骸を必死に掘り起こしています。
恐らく、彼らは建物から脱出した時点でやっとポチ子さんがいない事に気付いたのでしょう。実際には事前に宿を抜け出していたのですが、てっきり瓦礫の下に生き埋めにされたと早合点して必死で掘り返そうとしている、と。
ふと横を見ると、ポチ子さんが何やら気まずそうなオーラを全身から放出しつつ、目を逸らしていました。この分だと私の推測で正解のようです。
「おのれ、旧王派の仕業か!?」
「原因など後で構わぬ。今は姫をお助けするのだ!」
なんだかキナ臭いセリフが聞こえてきましたね。
火事の原因は放火なのでしょうか?
そういえば出会った頃の、といってもまだ一、二時間前のことですが、ポチ子さんは何やら追手を警戒しているような素振りがありました。
「ポチ子さんも大変ですねぇ」
「え、あの……はい」
立場上彼女にも色々とあるのでしょう。
お姫様もラクじゃありませんね。
「じゃあ、私達はそろそろ帰りますのでお達者で」
まあ、面倒事に巻き込まれるのは御免なので、深入りする気はありませんが。
ポチ子さんは友達ですが、それはそれ、これはこれ。
本職の護衛の方々が目の前にいるのですから、あえて我々が出しゃばる理由もありません。
というか、途中からの短時間とはいえ彼女を連れ回したのは事実なので、痛くも無いハラを探られかねないのですよ。
いえ、そういえば私、思いっきり耳やらシッポをモフり回していましたっけ。不敬罪に問われても文句は言えないですね。最悪、こっちの世界への滞在を切り上げて日本に逃亡するしかないかもしれません。
「ご縁があったらまた会いましょう」
「え、ええ……また……」
名残り惜しくはあるものの、流石にこれ以上お付きの方々を心配させるのも悪いと思ったのでしょう。簡素な別れを告げたポチ子さんは、倒壊した建物のほうへと駆けていきました。
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