犬のお姫様


 正体がバレた犬のお姫様は、他のテーブルに聞こえないよう声を潜め、改めて自己紹介をしました。



「わたくしの名はポティーナ・レイ・カニス。貴女方が獣人と呼ぶ種族の王の娘で……一応は次期女王候補の一人ということになっております……」



 ほうほう、やっぱりそういう系の人でしたか。

 まあ、それはさておき、



「ポティーナさん……ポティ……ポチ……じゃあ、ポチ子さんでいいですね」



 やはり犬の名前といえば『ポチ』が定番でしょう。本名もどことなく近い感じですし。

 女の子なのでそこに『子』を付けて『ポチ子』にしました。



「ポチ子?」


「貴女のあだ名というか……この場合は偽名も兼ねてますかね?」


「偽名? ……なるほど。本名で呼ばれたら、そこから追っ手に手がかりを与えてしまうかもしれませんものね」


「気に入らなければ他の名前を考えますけど?」


「ポチ子……いえ、気に入りました。わたくしのことはポチ子と及びください」



 二秒くらいで適当に考えた名前だったのですが、ポティーナ姫改めポチ子さんは、この名前が随分と気に入った模様です。



「よろしくね、ポチ子!」


「いいのかなぁ……」



 クロエさんは素直にポティーナ姫の新しい名前を認識したようですが、ミアちゃんは何やら苦笑しています。外国とはいえ王族のポチ子さんに対して、貴族のお嬢様である彼女は複雑な立場にあるのかもしれません。たぶん、不敬に当たらないかどうかとか考えているのでしょう

 まあ、当の本人がいいと言っていますし、多分大丈夫なんじゃないかなという気がしなくなくなくもないので恐らく問題ありません。もしアウトだったとしても、その時はその時です。



「それで、ポティ……ポチ子さまはどうして一人であんな所に?」


「そうですね、何から話しましょう。ええと……あ」


「お待たせしました。ミルクプロテインティーのセットをご注文のお客様」



 ミアちゃんが質問をしてポチ子さんが答えようとしたタイミングで、店員さんが商品を持ってきたので全員分の品が来るまで一旦話を中断。あまり大きな声ですべき話でもないので、これは仕方ありません。



「ええと、ですね……話せば長くなるのですが、まずわたくしが」



 そして、ようやく店員さんが離れ、周囲のお客さんにも聞かれていないことを確認したポチ子さんは話を再開しようとしましたが、



「私は別にそこまで興味ありませんので巻きでお願いします。はい、では三十秒以内で、よーいスタート」


「さ、三十秒で!?」



 正直なところ、彼女の個人的な事情にはそれほど興味がありません。

 関心がない話を長々とされても眠くなりますし、手短にしてもらうことにしました。



「ええと……戦争前の準備や打ち合わせで双方の種族から代表団を出して送り込む事になったのですが、連」


「折角遠出をしたのに自由に外出することもできない。それで連日続く退屈な打ち合わせに嫌気が差して、護衛の監視が緩んだタイミングでついつい飛び出してしまった。けれど、考えなしに出て来たので土地勘もお金もないし、かといってこのまま戻りたくもない。それで追っ手の目を気にしながら困っていたところで私達と出くわした……というところですかね?」


「ほとんど言われた!? というか、なんで分かるんですの!?」



 ポチ子さんのペースに任せていると三十秒には収まりそうもないので、ついつい勘で補足してしまいましたが、これで大体合っていたようです。



「まあ、よくある話ですからね。展開にオリジナリティが足りません。もっと意外性のあるヒキを意識しないと飽きられてしまいますよ」


「まさかのダメ出し!?」


「いや、だって脱走はダメでしょう。ポチ子さんにも色々と苦労があるのでしょうが、王族ということは国民の皆さんの税金でご飯を食べている身分なわけでしょうし、あまり周囲の人を困らせてはいけませんよ」



 この世界の身分感覚がイマイチ分かりませんが、今まで観察した限りだと王族や貴族だからといって平民相手に好き勝手できるような感じでもなさそうです(これについては今まで会った方々が特別人格者だった可能性もなくはないですが)。

 自由を求める気持ちも分からないではありませんが、公人としての責任は果たすべきでしょう。



「リコちゃんが正論を……!」


「大雨でも降るんじゃない?」



 はて、ミアちゃんとクロエさんは一体何に対して関心しているのでしょう?

 まあ、今はポチ子さんについてです。



「今すぐにとは言いませんが、なるべく早めに戻ることをオススメします」


「で、ですが……」


「街が騒ぎになっている様子もありませんし、護衛の方々もまだ事態を内々に収めたいと考えているんじゃないですか?」



 そもそも、ミアちゃんも他国の王族が街に来ていることを把握していませんでしたし、恐らくは非公式での訪問なのでしょう。ならば、事態を公にして捜索するのは最後の手段のはず。ポチ子さんが早めに帰れば事件になるのは避けられるかもしれません。

 


「大事になっても誰一人として得しませんし、これを食べ終わったら滞在先まで帰るのがいいと思いますよ。そこまで送っていきましょう。二人もいいですよね?」


「う、うん……」


「いいよー」


「……仕方ない、のでしょうね」



 渋々とではありますが、ポチ子さんも諦めてくれたようです。

 少しばかり気の毒ではありますが、こればかりは仕方ないでしょう。







 ◆◆◆







 少々長めの一時間強のお茶を終えた我々は、ポチ子さんの滞在先だという迎賓館的な建物に向かうことにしました。地元民であるミアちゃんによると三十分も歩けば着くそうですが、



「なんだか、騒がしくないですか?」


「あれ、煙……どこかで火事でもあったのかな?」


「誘拐……が、どうとか言ってるね?」



 道を進むほどに街の様子が騒がしくなっていきました。

 最初はてっきりポチ子さんの脱走が明るみに出たせいかとも思いましたが、どうやらそういう理由ではなさそうです。

 ははは、何やら面倒ごとの匂いがプンプンしますね。


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