筋トレと朝食


「『筋力強化マスール』……おお、この感じ久々ですねぇ」


 あれから一夜明けた翌朝。

 私は久しぶりに魔法を使ってみました。

 バキバキにキレて血管が浮いている上腕二頭筋が、爽やかな朝日に照らされて金属にも似た光沢を放っています。


 それで、なんで朝っぱらからそんなコトをしているのかと申しますと、



「いーち、にーい、さーん……」


「今日はセット数を増やしてみようかな。カトリーヌ、おいで」



 そう、すっかり忘れていましたが、この家には朝から揃って筋トレする奇習があるのですよ。

 今日もお家の皆さんはお忙しいとかで、私以外に参加しているのはミアちゃんとクロエさんだけですが、二人とも魔法を使用しているので実に暑苦しい。



「そういえば、クロエさんも自力で魔法使えるようになったのですね」


「うん! ここに来てから毎日トレーニングしたおかげで魔力が増えたみたい」



 魔力って筋トレで増えるんですか……そうですか。

 ちなみに現在クロエさんは、カトリーヌを背負ったままスクワットをしています。意外と器用……いえ、あれはカトリーヌのほうが上手くバランスを取っているようです。相変わらず何かとデキる乳牛ですね。



「さて、私も何かやりますかね。あんまりキツくないやつを」



 前に参加した時は筋肉痛で酷い目に遭いましたし、なるべく軽めの運動をするとしましょう。

 とはいえ、普段は筋トレなんてしないので、どれが楽なのかいまいちピンと来ません。少なくとも異常なサイズのダンベルやバーベルには触れないようにして、



「とりあえず、知ってるやつを」



 まあ、定番ということで腕立て伏せをすることにしました。

 いつもの私なら十回できるかも怪しいですが、マッチョ状態ならほとんど身体の重さを感じません。片手どころか小指一本でも簡単に上がります。

 恐らく体重百キロ以上あるのでそこそこの負荷はかかっているはずですが、この感じなら何千回でもできそうです。


 

「おっと、ここで調子に乗ったらいけませんね」



 魔法を使っていると痛みや疲労を感じにくくなるので、つい飛ばしすぎてしまうのです。魔法が切れた後が地獄になるので、頑張っているフリをしつつ、なるべく手を抜かなくては。







 ◆◆◆







「ふう、運動した後のご飯は美味しいですねぇ」


「うん、美味しいね、リコちゃん」


 適度に運動した後は、お風呂で汗を流してからミアちゃんと一緒に朝食です(クロエさんはお風呂を上がったらメイド服に着替えてどこかに行ってしまいました。保護観察とは一体?)。


 私は軽く汗ばむ程度しか動いていませんが、それでも身体を動かした後の食事は実に美味。早朝に搾って井戸水で冷やしてあったというカトリーヌのミルクも、五臓六腑に染み渡るかのようです。


 ちなみに朝食メニューは、カリカリに焼いたベーコンと目玉焼き。半熟のゆで卵。ヒヨコ豆とタマネギとこれまたベーコン入りのトマトスープ。まだ焼き立てと思しきパンと桃っぽい果物。

 どことなくホテルの朝食バイキングっぽい献立ですが、実に見事な出来映えです。やたらとタンパク質が多めな点については今更ツッコミません。


 私も家に両親がいる日はちゃんと食べますが、一人の時は牛丼屋の朝定食などで簡単に済ませてしまうので(女子中学生一人で牛丼屋に入ると何故かよく二度見されます)、キチンとした朝食自体久しぶりな気がしますね。



「このベーコンも自家製ですか? 美味しいですねぇ」


「うん、それもわたしが〆たお肉なんだよ」



 ミアちゃんの言葉で昨日の返り血塗れの姿を思い出してしまい、一瞬食欲が無くなりそうになりましたが……まあ、ベーコンに罪はありません。美味しい物は正義です。うん、適度な塩気があるベーコンを半熟の黄身に付けると絶品ですね。



「すいません、お代わり貰えますか?」



 近くで控えていたメイドさんにカリカリベーコンのお代わりをお願いし、待つ事しばし。





「二人とも、ついでにオムレツ焼いてきたけど食べる?」


「ああ、どこに行ったかと思えばお料理してたんですか」


 どうやら厨房にいたらしいクロエさんが、ベーコンのお代わりとオムレツを持って現れました。そのまま自然に食卓に着き、彼女も一緒に食べ始めました。メイドにしては(まあ、厳密には違うんですが)やたらとフリーダムです。

 とりあえずお目当てのベーコンと、ついでに持ってきたオムレツを頂くとしましょう。



「どれどれ……うまっ! なんですかコレ、超美味しいんですけど!」


「えへへ、今日のは良くできたんだー」



 オムレツの味はかなりの絶品でした。

 シンプルにバターで焼いただけの具無しオムレツですが、それだけに腕の差がはっきり出るのです。

 完全に私の腕は超えています。昨日のサラダで料理が得意っぽいことは分かっていましたが、まさかこれほどとは思いませんでした。

 従姉妹の姉さんのギリ下くらいじゃないでしょうか、コレ?



「むぅ、ちょっと悔しいですね」



 普段からそこそこ料理をするとはいえ、向上心もなく惰性でやっているだけでは一定以上の上達は望めません。

 クロエさんに負けっぱなしというのは何となく面白くありませんし、日本に帰ったら久しぶりに料理の練習でもしてみましょうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る