犬耳さん


 朝食を頂いた私達は、昨夜話していた予定通りに早速街へ繰り出すことにしました。

 折角の機会ですし、お茶をするだけでなく買い物やら観光やらを楽しもう……と、考えていたのですが、出発から僅か十分後、近道をしようと裏路地を進んでいたところ、ちょっとしたトラブルが発生しました。


 それというのも、普通の人間とは明らかに風貌が違う、恐らくは獣人らしき方が人通りの少ない裏通りにいたのですが、



「へっへっへ、いいじゃないですか、お嬢さん。別に減るものじゃあるまいし」


「えっ? だ、誰かーっ!?」


「ふっふっふ、こんな所で叫んだって誰も助けてくれませんよ。なぁに、ちょっとの間だけ辛抱してれば……あ、痛っ」



 可愛らしい犬耳の娘さん(プードル系の垂れ耳がキュートです)を見かけて、ついついチンプラムーブで絡みにいってしまった私ですが、背後からミアちゃんの手刀ツッコミを受けて我に返りました。お陰で道を踏み外さずに済んだようです。



「わたしは、しょうきにもどった! ふう、危ない危ない……危うくクロエさんと同じ犯罪者になるところでした」


「いや、今のは完全にアウトだよ! 何してるのリコちゃん!?」


「え? いえ、ちょっとモフらせてもらおうかと」



 前々から話には聞いていましたが、初めて獣人の方を見たせいでついテンションが上がってしまいました。まあ、未遂なので多分セーフです。



「わぁ、よく分かんないけど、ボクとリコお揃いだね!」



 後ろの方でクロエさんが何やらよく分からないテンションの上げ方をしていますが、恐らくは無罪セーフのはずです。一緒にしないで頂きたい。まあ、気にしないでおきましょう。

 


「あ、あの……叩かれてましたけど、大丈夫ですの?」



 犬耳さん(仮称)は、なんとミアちゃんのツッコミを受けた私を心配しているようです。このお人好し具合なら、上手く丸め込めばポリス沙汰にならずに済みそうですね。



「ええ、ご心配なく!それと、失礼しました。貴女があまりに可愛らしいので我を忘れてしまいました」


「あら、そんなこと……照れちゃいますわ」



 おお、思った以上にチョロ……いえ、好感触です。腰の後ろにチラリと見える尻尾を嬉しそうにブンブン振っていますし、多分演技ということもないでしょう。

 どことなく言葉遣いや細かい所作にも品の良さを感じますし、この犬耳さん、良い家のお嬢さんのような気がします。

 なんとなくですが、初めて会った頃のミアちゃんに似た雰囲気がありますし、実に騙しやすそ……素直そうです。


 それに可愛いと感じているのは本当なので、あながち嘘とも言えません。

 私こう見えて結構動物好きなのですよ。

 家がマンションなので飼えないのが残念ですが。



「それにしても、こんな所に一人でいると危ないですよ。この街は治安がいいみたいですけど、おかしな人がいないとも限りませんし」


「うん、リコちゃんが言うと説得力があるね……」



 ミアちゃんが何やら疲れた顔をしています。

 朝の筋トレで張り切りすぎたのかもしれませんね。


 まあ、それはさておき、



「よかったら、驚かせてしまったお詫びも兼ねて一緒にお茶でもどうですか?」


「え、ええと……」



 犬耳さんはしばし背後の道にチラチラと視線を向けながら思案していました。どうも、何かを警戒している様子です。


 彼女は明らかに地元民ではありませんし、恐らくはこっそり保護者の目を盗んで抜け出したといったところではないでしょうか?

 それならば、人通りの少ない道に一人でいた理由にも説明が付きますし。



「……お、お願いします!」


「ええ、こちらこそ」



 しばらく迷っていましたが、犬耳さんは結局私達に同行することにしたようです。

 そこはかとなく厄介事の気配もしますが、街中ならば荒事に発展することはないでしょうし、きっとなんとかなるでしょう。


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