クロエの近況
ミアちゃんの家の食堂に保護観察処分中らしいクロエさんがいたので、まずはフレンドリーに話しかけてみることにしました。
どうやら、向こうは私のことを忘れていたようなのですが、
「やあやあ、お久しぶりですね。覚えてますか? 私ですよ私!」
「ええと、言われてみれば、どこかで会ったような。あ、もしかして従姉妹のエッちゃん? なんか色白になったね? 耳も丸くなってるし」
「そうですそうです、そのエッちゃんですとも。容姿に関してはちょっとイメチェンしただけなのでお気になさらず。ところで、実は最近両親の具合が悪くてですね、薬を買うのにお金が必要なんですが、貸してもらえませんかね?」
「え、それは大変だね!? 他ならぬエッちゃんの頼みなら、ボクのお小遣いを……あれミア、どうしてエッちゃんの口を塞いでるの?」
すみません。
何故か勝手に口が動いて、無意識のうちにオレオレならぬワタシワタシ詐欺を働こうとしてしまいました。無一文の身の上で、あまりにもチョロそうな相手を前にしたせいで、私の中の生存本能がおかしな方向に暴走してしまったようです。
大丈夫、途中でミアちゃんに羽交い絞めにされて未遂に終わったので罪にはなりません。ただのカナディアンジョークです、オーケイ?
「いや、何を隠そう……実は私はエッちゃんさんではなかったのですよ。薬云々はただの冗談なので忘れてください」
「え、そうだったの? じゃあ、叔父さんたちは元気なんだね、良かった良かった」
いや、まさかこれで丸め込めるとは思いませんでしたよ。
ミアちゃんが先程から何故か頭を抱えていますが、多分お腹が空いているせいでしょう。
「それで、君は誰なの?」
「ほら、前にクロエさんがこの街の近くの神殿で
もしくは、自分の手は汚さずに集団暴行を扇動したとも言います。
ええ、あの時の一件に関しては私の中では正当防衛が成立するような気がしなくもないので、多分セーフだと思います。なので問題はありません。ないはずです。
「気軽に『リコ』か、もしくは『名前を言ってはいけないあの人』と呼んでください」
「うん、じゃあ間を取って『名前を言ってはいけないリコ』でいい?」
「……すいません、やっぱりただの『リコ』でお願いします」
まさか当たり前のように間を取られるとは思いませんでした。
ミアちゃんに初めて会った時にも披露した持ちネタなのですが、なんなくボケ返してくるとは天然恐るべし……!
ツッコミ気質のミアちゃん相手だと私のボケが上手く噛み合うのですが、私を上回るボケキャラが相手だと逆に押されてしまうようです。
しかし、このまま負けっぱなしというのは
「……ねえ、二人とも? もうちょっとお行儀よくしようね?」
「うん、分かった!」
「ええ、分かりました。さあ、ご飯にしましょうか!」
……渾身のギャグを披露する機を窺っていたのですが、すごく良い笑顔を浮かべているミアちゃんがなんだか怖かったので断念しました。普段温厚な人ほど、本気で怒らせると怖いんですよね……。
◆◆◆
おとなしく大きな食卓に着いて待っていると、すぐにお屋敷のメイドさん達が料理を運んできました。メイドと言っても以前と変わらず貫禄のあるオバチャン達です。萌え要素がありそうなメイドさんなどは……、
「そういえば、なんでクロエさんはメイド服なんです?」
そう、何故かクロエさんはメイド服を着用していたのです。
褐色銀髪ロリ巨乳のボクっ子と、ただでさえ属性過多気味なのに更にメイド属性まで上乗せするとは、恐ろしい子……!
でも、メイドさんにしては特に何か働くでもなく私達と一緒に席に着いて食事をしているのが謎です。保護観察の具体的な内容は聞いていませんが、この家で雇用されているわけではないのでしょうか?
そんな疑問にミアちゃんが答えました。
「ああ、クロエちゃんは正式に雇ってるんじゃなくて、自発的にお手伝いしてもらってるというか……勝手に色々手伝ってるというか……」
「このサラダもボクが作ったんだよ。厨房のオバチャンに褒められちゃった!」
と言いつつ、クロエさんは削ぎ切りにした鶏肉と野菜がたっぷり入ったチキンサラダをモシャモシャ食べています。
ちなみに本日のメニューはそのサラダと骨付きの子羊(ラム)ステーキ、溶き卵入りのコンソメスープ。主食はパンで飲み物はカトリーヌ産と思しき牛乳です。
相変わらずたんぱく質多めの献立ですね。ちなみに、さっきミアちゃんがアレした豚肉は、しばらく寝かせて熟成させてから使うそうです。
「ほほう……うん、なかなかイケるじゃないですか」
私も試しにサラダを試してみましたが、お世辞抜きに美味でした。チキンの旨味と塩気がレタスやブロッコリーなどと良く合っていて食べやすいです。
材料を茹でて切ってドレッシングと和えただけのシンプルな物ではありますが……誰しも一つくらいは取り得があるということなのでしょう。意外な才能です。
「それでその服だけど、色々お手伝いしてると服が汚れちゃうから、クロエちゃん用のを新しく用意したの」
「この服可愛いし、汚しても怒られないからボクも気に入ってるんだ」
そういえば、メイド服というのは元来萌え要素などとは無縁、実用性重視の作業着でしたね。
「掃除とかカトリーヌのお世話とかしてると、すぐ汚れちゃうもんね」
一瞬、カトリーヌ“が”クロエさんの世話をしているのではないかという疑問が脳裏をよぎりましたが、そこはグッと飲み込みました。
「うんうん、働いた後のご飯は美味しいね!」
……ツッコミ所は色々とありますが、クロエさんは現在の生活を思いっ切りエンジョイしているようです。それは、きっと良い事なのでしょう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます