楽しい戦争
地下神殿を出た私たちはテクテクと荒野を歩き、ミアちゃんのお家がある街(前回は知らなかったのですが、あそこ『マッスル』の街という名前だそうです。ド直球!)へと向かいました。
結構な距離があるので出来ればマッチョ状態のミアちゃんに負ぶって運んでもらいたかったのですが、彼女は大量の豚肉が入った袋を持っているので贅沢は言えません。まだコーラが一本と諸々のお菓子類が入ってるエコバッグを持ってもらっているだけで充分でしょう。
本当は私も魔法を使って走れば早いのですが、着替えが無い状況ではなるべく服を無駄にしたくありません。特に緊急事態でもないので、こうして一緒に歩いているという次第です。
「流石にけっこう疲れましたね」
「うん、帰ったら一緒にご飯食べようね」
そんな調子で私のペースに合わせてお喋りをしながら歩いていたら、マッスルの街に着いたのはもう日が傾き始めた頃。ジャージ姿で不審者テイスト丸出しの私も、ミアちゃんが一緒だったので問題なく門番さんに通してもらえました。
「おや?」
街の様子を見て違和感を覚えました。
街中の様子は非常に活気に満ち満ちており、とても戦争を間近に控えているような暗さは感じられません。道を行く人々の顔も明るいものです。ヤケになっているだとか、無理をして明るく振舞っているような雰囲気は微塵も感じられません。
好景気なのは戦時特需ということで説明が付くかもしれませんが、普通、戦争前というのはもっと暗い雰囲気になるものではないでしょうか?
いや、まあ私も映画とか歴史の教科書レベルの知識しかないので、実際の戦争当事者の心境なんて分かりませんが。
「リコちゃん、どうかしたの?」
私が首を傾げていると、大量の豚肉を担いだままのミアちゃんが問いかけてきました。
さっきまでの帰路では暗い話題を避けようとして、意識的に戦争の話題を避けていたんですが、考えてみればミアちゃんにも何かを気に病んだような素振りは全く見受けられません。
……これは、何か根本的な部分で齟齬があるような?
◆◆◆
「ははあ、この世界の戦争ってそういうものなんですね」
「うん、だから街の人もみんな楽しみにしてるんだ」
ミアちゃん曰く、味方である人間陣営も敵である獣人陣営も老若男女を問わず、皆が戦争を楽しみにしているのだとか。
だからと言って、別にこの世界の誰も彼もが殺し合い大好きな戦闘民族というわけではありません。せいぜい戦国期の薩摩人レベルです。
いえ、そうではなく、この世界における「戦争」とはつまり……、
「要するに、オリンピックみたいなものですね」
そう、この世界の「戦争」は、敵対勢力の代表者同士が運動競技の勝敗で決着をつけるものだったのです。筋肉に異常なまでの執着を見せる、この世界ならではの方法ですね。
普通に言葉が通じるものですから忘れそうになりますが、ここは異世界。地球の常識が通用しないのは、むしろ当然でしょう。
こんな形式の戦争がいつから始まったのかはミアちゃんも知らないそうですが、恐らくは魔法使いと一般人の戦力があまりにも隔絶しているので、こういう形式で決め事をするようになったのでしょう。
文字通りに鋼のような筋肉を有する魔法使いに剣や槍ではダメージを与えられませんし、総力戦だったとしても結局はお互いの陣営の魔法使いの人数と練度だけしか勝敗に関係しません。
はっきり言って、魔法使い以外はいてもいなくても同じようなものなのでしょう。ならば、むざむざ無駄な犠牲を増やすこともありません。
だからこその代表者同士の競技試合。
「死合」ではなくルールのある「試合」なのも、公正さを重視した結果なのでしょう。
ただ、私はオリンピックに例えましたが、実際にはそれよりも重要度は高いようです。何しろ、その勝敗次第で外交問題の方向性が決まるのですから。
まあ、そういう大変な点も込みで、楽しみにしている人が多いようです。
現在は人間と獣人の領土の双方の競技場を、大急ぎで整備している真っ最中。このマッスルの街にも戦争見物を楽しみにしている人が大勢いるそうです。
今回は部外者であるエルフ族も公正な立場の立会人として招かれるらしいですし、ある意味で問題の発端になった魔族も、件の悪巧みに直接関わっていなかった人々は観光がてら見物にくるであろう、と。
他種族間の交流が少ないと聞いていたので閉鎖的な考えの人が多いのかと思っていましたが、意外にも開明的な世界のようです。
「わたしも出るんだよ。魔法使いは全員出場する決まりだからね」
「ほう。じゃあ、応援しないといけませんね」
そして、試合にはミアちゃんも出るのだそうで。
公正を期すために競技の種類は直前にクジ引きで決めるそうですが、彼女はなかなかのガッツの持ち主ですし、きっとどんな競技でも活躍してくれることでしょう。
来週くらいまでならばこちらの世界に滞在しても大丈夫でしょうし、私も観光がてら友人を応援することにいたしましょう。
◆◆◆
そう……この時、私はまだ気付いていなかったのです。
魔法使いは“全員”出場する義務があるという言葉の意味に。
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