コーラ&ブラッド
眼前にはどこかで見た覚えのある荘厳な地下神殿。
たぶん、前に「くっ、殺せ」と言いそうな女騎士さんご一行様を助けに乗り込んだところでしょう。建物の意匠や雰囲気に覚えがあります。
そんなファンタジー風味濃厚な場所で、ジャージ姿でエコバッグを持った私の姿は非常に浮いていました。
状況を把握しようと周囲を見渡しましたが、見える範囲には人の姿もそれ以外の生物の姿もありません。
「はてさて、どうしたものでしょう?」
もしかしたら、夢か幻覚という可能性もないではありませんが、恐らくは望み薄でしょう。
夢にしては直前までの記憶がはっきりしすぎていますし、私には幻覚を見るようなおクスリを使用する趣味はありません。クスリ、ダメ、ゼッタイ!
「とりあえず、落ち着きましょう」
こういう非日常的な事態の渦中においては、いかに冷静さを保てるかが重要です。
パニックホラー物の映画などにおける、混乱してひたすら喚き散らすヒス女の生存率を考えれば、非常時において平静を保つことの重要性が分かろうというものでしょう。
そういうキャラが死ぬのを見るのは正直スカッとしますが、自分がそうなりたいとは思いません。
「ふうっ、真夜中のコーラは染みますねぇ」
というワケで、落ち着くためにエコバッグの中のコーラを開けて一息吐きました。
コップがないので二リットルボトルをラッパ飲みする形になりますが、人目もないことですし別に構わないでしょう。
それに、こういうのはちょっとお行儀が悪いくらいが美味しいのです。
いい加減エコバッグの重さで手が痛くなっていたこともありますし、その場に腰を下ろして休憩することにしました。
こちらの時刻が何時頃なのかは地下なので不明ですが、私の主観では現在は零時過ぎの深夜。そんな時間に健康志向の欠片もないスナック菓子を肴に、コーラをラッパ飲み。
そのコーラにしても、もちろんゼロカロリーを選ぶような軟弱な妥協はしていません。砂糖もカロリーもマシマシです。
「美味すぎる……犯罪的です……っ!」
絶対に身体に悪いのは分かっているのですが、その罪悪感こそが最高のスパイス。
油まみれのスナック菓子をまとめて口内に放り込み、適度にサクサク感を楽しんだところでコーラで一気に流し込む。いやぁ、たまりませんね!
◆◆◆
「鍵は閉めた。火元は大丈夫。エアコンはたしかタイマーを設定してたから、これも大丈夫。PCの電源と部屋の電気は付けっぱなしでしたけど……まあ、その程度ならダメージは浅いですね。あ、明日資源ゴミの日でしたっけ」
二リットルコーラの半分強と、ついでにスナック菓子を一袋カラにしたら大分冷静になれました。
その勢いで数々の重要事項を振り返ります。
特に準備もなくこちらの世界に来てしまったのですが、家の戸締りやら火元などに関しては問題なさそうです。あまりこちらに長居すると冷蔵庫の中身が傷んだり、ゴミ箱の臭いがエラいことになりそうですが、まあその程度で済めば御の字でしょう。
不幸中の幸いで学校は夏休み期間中。
両親は例によって来週一杯まで家を留守にする予定でしたし、来客の予定もなし。
しばらくは行方不明扱いされて捜索願いを出される恐れもなさそうです。
万が一、帰った時にそういう事態になってしまっていたら、ついつい若さが暴走して当て所なく自分探しの旅に出たことにして誤魔化すとしましょう。
「お、そういえば今回はスマホがあるんでした。折角だからここの写真を撮っておきましょう」
そして、今回はエコバッグの中に入れておいたスマホがあるのです。
バッグの中には手回し充電対応のモバイルバッテリーもありますし(また異世界に飛ばされた時用に以前戻った直後に買って日頃から持ち歩くようにしていたのです)、通話やメールはできませんが写真や動画を撮影することは可能。
前に来た時には断念しましたが、今回は色々と記録しておくとしましょう。光る苔に一面覆われたこの神殿はなかなかの絶景なのです。
「そういえば、血とか肉片とか落ちてないですね」
早速一枚撮ろうと思って……そこで今更ながらに思い当たりました。
前回この場所に来た時は、ミアちゃんたちが容赦なく小鬼(ゴブリン)をぶっ殺しまくっていて、その死体やら肉片やらで足の踏み場もない惨状でしたが、見える範囲内にはそのようなモノはありません。
もしかしたら調査やら何やらの過程で清掃が入ったんでしょうか?
「いや、でも……」
たしかに一見すると綺麗に片付けられています。
そこそこの広さがある神殿なので他の箇所がどうだかは確認しないと分かりませんが、生物の痕跡らしきものは見当たりません。しかし、
「この匂いは……血?」
スナック菓子や苔の青臭い匂いに紛れていますが、わずかに鉄錆のような臭気が漂っています。
どうやら、今私がいるよりも更に奥。前回来た時には入らなかった神殿の最奥のほうから匂ってきてるようです。
視界の外から、これほどの距離をおいても香るほどの血というと、結構な量になるはずです。
少なくとも、ちょっと怪我をしたとか鼻血が出た程度ではそんな大量の出血は有り得ないでしょう。まだ人間の血だと決まったワケではありませんが、仮にそうだとすると血を流した人、あるいは人々はもう恐らく……。
「うわ、こんな状況で意味深な血の匂いとか……気付きたくなかったですねー……」
あのまま気付かずにいたらスルーできたのですが、一度気付いてしまった以上は無視もしづらいところです。もし、神殿の奥にこの血の匂いの元となるナニカがあったり、あるいはその原因を作り出した何者かがいた場合、ここを出る時に背後から不意打ちを喰らう可能性もあります。
「とりあえず確認だけして……気付かれてなければそのまま逃げる方向でいきますか」
さっきまで一人でお菓子とコーラで豪遊していた私は、人気のない神殿内ではそれなりに目立ったはずです。それなのに未だ接触がないということは、気付かれていないのか、それともあえて泳がされているのか。
全ては私の考え過ぎで、この場所には他の生き物がいないというセンもありますが、警戒するに越したことはありません。杞憂ならそれが一番いいのです。
とりあえずエコバッグを抱え、いつでも魔法が使えるように心構えをして、神殿の奥へと足を踏み入れることにしました。魔法を使ったら筋肉で服がダメになってしまいますが、それは仕方ありません。
今更遅いかもしれませんが、足音を立てないように慎重に一歩一歩進み、壁や柱の影を伝うように移動します。私が最初に現れた位置から薄暗い回廊を進んで、二百メートルも進んだでしょうか。
血の匂いはどんどんと濃くなり、気を抜いたらむせてしまいそうです。
……そして、
(今、足音がしましたね。こいつはヤバいですよ……)
回廊の奥の行き止まりにある部屋。
他の部屋の扉はどこも壊れているか、経年劣化でボロボロになっているのですが、この部屋の扉だけは最近新しくしたかのように綺麗な状態です。
その部屋の中から、小さな足音がしました。
気のせいだったら良かったんですが、どうやらそう都合良くはいかないみたいです。部屋の中の人物はうろうろと歩き回り、また時折何かを引きずるような音も聞こえてきます。
ちなみに足音からすると二足歩行。靴も履いているようですし、恐らくは人間か似たような形状の知的生物でしょう。
それにしても骨を金ヤスリで削るみたいなゴリゴリって音とか、肉を刃物で切ろうとするかのような湿っぽい音も聞こえて、かなりの身の危険を感じます。
なんというか、スプラッタ的な。
超、こわいです。
(でも、私には気付いてないみたいですね。ここは逃げるとしましょう)
部屋の中の誰かさんは、不定期に室内を動き回ってはなんらかの作業をしているようですが、外に出てくる様子はありません。きっと、作業に没頭して私に気付いていないのでしょう。
室内の様子を視認してはいませんが、これだけ分かれば充分です。
あとは中の人のお邪魔をせずにそっとこの場を離れて、後で人里に着いてから当局に通報することにしましょう。
そう思ってその場を離れようとしたのですが、
「げふぅ! ……あ」
いや、お恥ずかしい。
さっき、コーラを飲んだせいでうっかり大きなゲップが出てしまいました。てへっ!
「だれっ!?」
そして、そのゲップ音は部屋の中の人物にも聞こえていたようです。
部屋の外に人がいるのに気付いて扉を勢いよく開け、
「だれ…………え、あれ? リコちゃん?」
「やあやあ、そこにおわすは我が友ミアちゃんではありませんか。どうもご無沙汰しています」
部屋の中から出てきたのは久しぶりに見る、そして何故か片手に大きな刃物を持って、全身返り血塗れの友人の姿でした。
……正直、かなり怖いです。
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