突然の帰還、そして次なる戦いへ(第一部完)
「……知らない天井です」
意識を取り戻したと同時に某アニメの台詞をパロってみました。
黒い穴に引きずり込まれた時にはどうなるかと思いましたが、どうやら命に別状はなし。記憶や意識の混濁も自己診断する限りにおいてはないようですね。
身体の痛みや不調もなし。
あの穴に引きずり込まれる時の光景が某錬金術漫画の真理の扉に似ていたので、異世界への通行料として最悪手足の欠損でもあるんじゃないかと内心ヒヤヒヤしていたのですが、特にそういう事はなかったようです。
衣服は昨日の日中から変わらずに体操服のまま。少し寝汗をかいていますが、特に不審点はありません。
「ここは?」
私が目覚めたのは清潔なベッドの上。カーテンで仕切られていて周囲の様子は見えませんが、消毒薬っぽい匂いや独特の雰囲気からすると、病院の病室か学校の保健室といったところでしょうか?
壁には日本語のカレンダーがかかっていますし、どうやらここは日本で間違い無さそうです。今が何日なのかまでは分かりませんが、カレンダーのページは私が異世界に行った月と同じですし、心配していた時間的なズレはそれほど大きくはなさそうです。
向こうで過ごした時間はちょうど一週間でしたが、こちらでは丸一日しか経過していませんでした。学校内での行方不明という事で大事になりかけていましたが、ギリギリ捜索願が出される前に私が見付かったのでかろうじて事件にはならなかったそうです。
時間のズレは向こうとこちらとではおよそ六倍という事なのでしょうか? いえ、時間の流れが常に一定とは限りませんし、コレに関してはあまり厳密に考えないほうが良さそうですね。
私が発見されたのは、異世界に行くきっかけとなった体育倉庫の中だったそうです。跳び箱の陰に倒れていたのを朝練に来た運動部の部員が見つけたとか。
私は倒れていた間の事は何も覚えていないと証言しましたし、極度の貧血で倒れて、そのまま丸一日気絶していたという事でこの話には片が付きました。
実際には私がいなくなった時点で倉庫内も入念に探されていそうなものですが、そこはあまり事を荒立てたくない大人の事情とやらがあるのでしょう。不審点に目を瞑ってくれたのは私としてもラッキーですし、文句など言うつもりはありません。
◆◆◆
ちなみに異世界での一連の出来事を、本当は貧血で倒れている私が見た夢ではないのか、とは全く思いませんでした。なぜならば、異世界の存在を証明する証拠がいくつかあったからです。
「これは洗濯して、ちゃんとしまっておきましょう」
体操服の下に着ていた下着が、ミアちゃんから借りたヒラヒラした可愛いヤツのままでした。私が常用しているセール品ではなく、明らかにお高そうな下着です。
それに、よく見ないと分からないほどに薄くなっていますが、体操服自体にも私が初日にぶっ殺したイモムシの体液の染みが残っています。私以外に異世界の存在を証明するには説得力が足りませんが、自分自身へ対しての物証としてはこれらで充分すぎます。
そして、それらの物証以上に決定的な証明もありました。
「『
そう、駄目元で試してみたのですが、こちらの世界でも魔法が使えたのです。
まあ、私自身はすっかり慣れましたが、客観的に見た場合の異様さは理解しているので、自宅のお風呂場で試した時に使ったきりですが。
あの世界では受け入れられていた魔法使いですが、この世界では迫害の対象になりかねません。魔法使いになったからといって、調子に乗ってその力で何かしようなどとは思わないほうが吉でしょう。
◆◆◆
念の為に二日ほど大きな病院に検査入院しましたが、こうして私の日常は唐突に戻ってきました。向こうでの生活はおおむね快適なものでしたが、やはり日本の暮らしはいいですね。
しかし、当然の事ながら、あちらでの出来事が気にならないワケではありません。
魔族とのゴタゴタや、各地の遺跡と古代魔法。それらの問題がまったく片付いていないまま一人だけ安全な世界に帰ってきても、どこか居心地が悪いのです。
ですが、手は打ってあります。
あの遺跡で穴に飲まれる間際、ミアちゃんに伝えた一言。
『私を召喚してください』
正確には自由意志を制限を外すなどの条件も付け加えましたが、そうやって頼んでおいたのです。
魔人召喚の為の地下神殿は、私が帰った時点では人間が確保していました。まあ、あそこに関しても起動条件には不明点が多いのですが、そこはミアちゃん達を信じる他ありません。きっと彼女達ならなんとかしてくれるでしょう。
次に召喚されるのがいつになるかはまだ分かりませんが、私が再びあの世界に呼ばれる可能性は少なくないはずです。今はただ、次の戦いに備えて英気を養っておくとしましょう。
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