脱出不可能


「お、おお?」


「どうしたの?」



 遺跡の中を一通り見て回ってみましたが、特にこれといった収穫もありませんでした。そこで遺跡の入口前に停めてある魔道車まで一旦戻ろうと思ったのですが……何故か戻れませんでした。



「見えない壁? 壁にしては柔らかいですけど」



 隣を歩いていたミアちゃんはなんの問題もなく出る事が出来たのですが、私が出ようとすると入口あたりに見えない壁があるかのようにポヨポヨと弾き返されてしまうのです。例えるなら極限まで柔らかくしたゴム製の壁にぶつかったみたいな感じでしょうか。硬さは一切感じないのでぶつかっても痛みは感じませんが、このままだと外に出る事が出来ません。



「え、冗談……じゃないの?」


「ないんですよ。困った事に」



 出る事が出来ないのは私だけのようで、ミアちゃんは何の問題もなく遺跡の中と外を行き来出来ています。彼女は遺跡の中に戻ってきて私の背後に回り、そのまま背中を押しました。



「ホントだ、何か壁みたいのがあるね」


「あたたたっ、ちょっと力を緩めてください、潰れちゃいますから!」



 結構思いっきり押されたので、後ろからの圧力と見えない壁に挟まれて身体が潰れてしまうところでした。今は二人とも魔法を使っていない状況でしたが、もしミアちゃんだけが使っていたら内臓破裂と全身骨折で死んでいたところですよ。



「どうしよう?」


「そうですね……とりあえず、他の場所から出れないか試してみます」



 それなりに大きな遺跡なので、窓や扉など、外に出れそうな場所は正面の入口以外にも何箇所かありました。高いところにある窓まで上がるのは大変ですが、私でもよじ登れそうな低い位置にある窓も何箇所かあったはずです。ですが……、



「他の窓もダメですか……予想通りと言えばそうですが」



 どういう理由によるものかは不明ですが、この謎の現象が私を外に出さない為に働いているのならば、全部の出入り口にこれと同じような壁があると考えるべきでしょう。念の為他の箇所も試してはみますが、望み薄ですね。



「困ったね……」


「ふむ、私は他の出入り口を試してみますから、ミアちゃんは他の皆さんを呼んできてください」



 人数が増えれば解決するような性質の問題であるかどうかはさておき、この事態に関する情報の共有は必要でしょう。



「うん、すぐに呼んでくるねっ」


「お願いします」



 困りましたね。

 流石に一生ここから出られないなんて事はないでしょうが、だからといって今すぐに出る事が出来るかというと微妙なセンです。

 明朝にはここを出発する予定だったのですが、それまでに脱出する事が出来なければ、このまま数日以上をこの場所で一人で寝泊りしないといけなくなる可能性もあります。食料や着替えは置いていってもらえばどうにかなるにしても、かなり精神的にキツいものがありますよ。


 最悪の場合、全員でこの遺跡そのものを完膚なきまでに破壊してしまえばこの現象も納まるかもしれませんが、それも確証はありません。遺跡という建物ではなくこの土地そのものから出られなくなっているのかもしれませんし、そもそもそんな事をしたら現状では唯一の帰還の可能性が失われてしまうかもしれません。遺跡の破壊は最終手段ですね。



「……この感触、ちょっとクセになりますね」



 それはさておき、この見えない壁の感触。ポヨポヨというかプヨプヨというか、形容しがたい柔らかい触り心地がなんだか楽しいです。この壁に触れるのが私だけだとしたら、この気持ちよさは他の人と共有できませんね、残念。



「リコちゃん、皆を連れてきたけど……なにしてるの?」


「見ての通りですよ。見えませんけど」



 エロオヤジのようなイヤラシイ手つきで壁を揉んでいたら、いつの間にか皆の接近にも気付かないほど夢中になっていたようです。梱包材のプチプチ(正式名称はエアパッキンだそうです)を潰すみたいに、なんの生産性もない行動に夢中になっていました。



「それで、ミアから事情は聞いたけど、リコ君だけ何故か出れないんだって? どれどれ」

「あいたたたたっ」



「へえ、本当だったのか。どらどら」

「いたたたたたっ」



「ボク達が調べた時は一度もそんな事なかったけどな。ちょっと失礼」

「あいててててっ」



 さっきのミアちゃんと同じように、全員から背中を押されて見えない壁との間にプレスされました。確認なら一回でいいでしょうに……今は全員魔法の効果を切っているとはいえ、結構痛かったですよ。肋骨あたりからミシミシと軋むような音が聞こえた気がしました。





「よし、リコ嬢ちゃんの事は諦めるか」


「決断早っ!」



 ジャックさんがいきなりとんでもない事を言いましたよ。ナニ言ってやがりますか、この脳筋ジジイは。



「と、いうのは冗談にしてもだ」


「あ、冗談でしたか」


「早く出る方法を見つけないと、嬢ちゃん一人だけここに置いていく事になるぞ?」


「やっぱりそうですよね」



 街からここまで丸二日半くらいかかりましたからね。

 余計な戦闘や遺跡の捜索にかかった時間を引いても、最短で片道一日半以上。往復だと約三日ですか。それだけの時間を一人でこんな場所で過ごすのは、食料などがあってもかなりキツいです。ついでに言えば、クロウさんと同じように魔族の誰かが来た場合に逃げる事もできません。流石に魔族の全員がこの兄妹のようなお馬鹿さんではないでしょうし。



「今から朝までに方法が見つかるかどうか……ん、んん?」





 結論から言えば、遺跡を出る方法は見つかりました。

 いえ、正確にはソレが自ら我々の元へとやってきたのです。



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