アホ兄妹
「まあまあ、そう気を落とさずに」
世界征服の野望が知らない間に頓挫していたと知って落ち込むクロウさんに、思わず慰めの声をかけてしまいました。その原因の一端は私にあるんですが、つい流れで。
「……教えてくれ、裏切り者は誰なんだ?」
「そうですねぇ」
ジャックさんとロビンさんに視線で問いかけたところ、首を縦に振ったので話しても問題ないでしょう。クロウさんの身柄はどうせこのまま捕虜として確保して連れ帰る事になりますし、他の魔族に知られなければクロエさんの身に危険が及ぶ事はないはずです。
「女の子ですよ。私と同じくらいの年頃で、ちょっとクロウさんに似てるクロエさんっていう……」
「そんなハズはない!!」
名前を告げた瞬間に怒号とも悲鳴とも取れるような叫びが上がりました。
「あの、聡明で可憐で快活で利発で美人で慈愛に満ちたクロエがボク達を裏切るハズが!?」
「ええと、それはどこのクロエさんなんでしょうか?」
あれ、おかしいですね。
もしかして同名の別人でもいるんでしょうか?
「快活」とか「美人」あたりはまだ当てはまる気もしますが、私の知るクロエさんは「聡明」という言葉の正反対にいるアホの子ですよ。ご飯のオカズ増量と引き換えに仲間の情報をペラペラ喋るくらいですから。
「つかぬ事を伺いますが、あなたとクロエさんの関係は?」
「クロエはボクの妹だ! 騙したな、ボクの可愛いクロエがボク達を裏切るワケがないじゃないか!」
この人、アレですね。かなり重度のシスコンですよ。つい数秒前まではマトモそうだったのですが、今は見る影もありません。
「ハッ、ま、まさか……お前達、クロエを卑怯な手段で捕まえて無理矢理情報を……!?」
「いやいやいやいや」
そもそも、
我々が地下神殿に入った時にも、不意打ちなんてせずに隠れていればやり過ごせたでしょう。言ってみれば、彼女が自分で捕まりに来たようなものです。
「だからボクは一人で行かせるのは危ないって言ったのに……おい、お前達、クロエに何かあったらタダじゃおかないからな!」
「はいはい、じゃあクロウさんも一緒に来て、別に変な事はしてないと本人に聞けばいいじゃないですか」
どうせこのまま連行する予定でしたが、この調子なら途中で逃亡する心配は無さそうですね。それどころか断っても強引についてきそうです。手間が省けて良かったと喜ぶべきでしょうか?
ふむ、どうせなら彼のシスコン魂を利用すれば、他の手間も省けるかもしれませんね。
「クロウさん。クロエさんは決してあなた達を裏切ったワケではないのです」
「当たり前だ!」
「そう、慈悲深い彼女は、将来魔族に蹂躙される運命にある他種族の人々を憐れんで、裏切り者の汚名を受けてでも彼らを救おうとしたのです」
「な、なんだって!?」
思った通り、私が即興で作った話に見事に食いついてきました。
「彼女は以前から、他種族を傷付ける魔族の企みに心を痛めていました。そこで任務で人間領に一人赴いた際に、我が身の危険も顧みずに我々に全てを打ち明けたのです」
「そうだったのか……その割にはノリノリで侵略する気だったように見えたけど……」
「それは本心を悟られまいとする彼女の演技です。心根の優しい彼女が本気でそんな事をしたがるハズがないではないですか?」
「うん、そう言われれば、確かに!」
……うわぁ、本当に信じましたよ、この人。ちょっとシスコンの度が過ぎるというか、ぶっちゃけキモいです。どれだけ妹を美化して見ているんでしょう。
「さあ、あなたが何をすべきかはもう分かりますね?」
「え、何をって?」
「我々と共に来て、孤独の中で戦う彼女を支えるのです。例え他の魔族から裏切り者の汚名を着せられようとも、兄であるあなたを置いて彼女を救える者はいないのですよ」
「そうか……そうだな、確かに!」
この人、本当に意味が分かって言っているのでしょうか?
自分の思考を放棄して肯定しかしない人って少々気味が悪いですね。なんだか、カルト宗教の教祖になったかのような気分ですよ。妹をダシにすればなんでも言う事を聞きそうなので、便利といえば便利なのですが。
「今の段階で魔族の計画を止められれば、大きな戦争になる前に事を収められます。その為にもあなたが知っている情報を教えてくれますね?」
「ああ、分かった。なんでも聞いてくれ!」
こうまで簡単にいくとは思っていませんでしたが、こうして思いのままに操れる魔族の裏切り者をゲットしました。なんというか、
「いやぁ、クロウさんとクロエさんって似てますねぇ」
「そうかな、そんなに褒められると照れるなぁ」
チョロさ具合とかアホさ加減とかがそっくりです。
魔族ってこんなのしかいないんでしょうか。もしかして、私達が何もしなくても勝手に自滅するんじゃないですかね?
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