クラシックな目的
「はい、どうぞクロウさん。具合はどうですか?」
「あ、ああ……すまない、ありがとう……」
魔族の男性(クロウさんというお名前でした)は、私から湯気の立ったカップを受け取るとチビチビと舐めるように口を付けました。
さっき彼が丸ごと食べた下痢止めの薬草はゴワゴワした春菊みたいでとても美味しそうには見えませんでしたし、舌を洗うかのようにゆっくりとカップの中身を飲んでいます。きっと口直しがしたかったのでしょう。
かなり危ないところで漏らすのは回避できたそうですが、現在は魔法の効果を切っている事も相まって、一気にゲッソリとやつれたように見えます。元々長身のロビンさんやジャックさんと違って、元の身長が低めな事もその印象に拍車をかけています。
単に戦いに負けて捕虜になっただけならばまだしも、あれだけの醜態を晒してしまったのですから精神的なダメージも大きいのでしょうね。
本来であればロープなど使って拘束したり、場合によってはそのまま尋問や拷問をする事も考えないといけませんが、あまりにも弱々しい様子を前に我々もついつい同情的な気分になってしまいました。なので物理的な捕縛はせずに手足は自由に動かせるようにしてあります。
抵抗や逃走を防ぐ為に魔法の使用は禁止して、いざとなったら取り押さえられるようにはしていますが、まだ完全には復調していないようなので仮に魔法を使っても対処は難しくありません。
その腹痛のそもそもの原因が私だというのはクロウさんには内緒ですけどね。
純粋な気遣いに見せかけておいたほうが良好な関係を構築しやすいですから、この判断はやむを得ないのです。良識を重んじる私としては実に心が痛みますね。本当ですよ?
私達、人間側の四人も先程のやり取りのせいですっかり食欲が無くなってしまったので、今は飲み物だけ飲んでいます。柑橘を絞った汁を鍋で温めて砂糖を加えただけの、簡単なホットレモネードモドキです。お腹を壊している人でもこれならば飲みやすいでしょう。
「さて、それでは質問ですが……おっと、その前にジャックさん、この場の仕切りは私がやってもよかったんですかね? 軍事機密とかの話をするなら私は席を外しますけど」
「かまわん、かまわん。そんなの今更だろうが」
うっかり自分で尋問して、その流れで知っちゃいけない情報を聞き出してしまった場合を考慮して確認しましたが、どうやら私はもう身内扱いのようです。それを聞いて安心しました。仮にヤバい情報が出てきても、口封じの為に消される心配はしなくてもよさそうです。
ジャックさん個人は信頼できる人物ですが、彼の公的な立場を考慮すると、時には非情とも思える判断をしないといけない場面もあるはずです。まだ完全に安心は出来ないにしても、こうして言質を取れたのは大きいです。
「じゃあ、改めまして、クロウさん。あなたの素性について教えて下さい」
「……ただの登山者だ」
少しは打ち解けたと思っていましたが、どうやら正直に話す気はなさそうですね。
「ただの登山者が、どうしていきなり不意打ちを?」
「うっ……」
思い付きで口にした誤魔化しなので、簡単に矛盾が顔を出しますね。
「あなた方の企みはすでに露見しているのですよ。我々がこうしてこの場にいる事がその証明です。今のうちに素直に喋ったほうがいいと思いますけどね?」
「そんな……どこから計画が……」
ちょっとハッタリを効かせてみました。
実際にはまだ不明な点のほうが多いのですが、こっちが何もかも分かっているテイで話したほうがクロウさんも口の滑りが良くなるでしょう。
「魔族だけで古代魔法を独占ですか。いやはや、大それた事を考えたものですね」
「そんな事まで……まさかボク達の仲間に裏切り者が?」
「ふふ、そこはご想像にお任せしますよ」
クロエさんには裏切っている自覚はなかったと思うので、彼女としては裏切り者扱いは心外でしょうね。やってる事は同じなのでそう言われても仕方ありませんが。
「そのク……情報提供者からは、すでにあなた方が確保している他の遺跡の場所も聞き出してあります。今はまだ人間領の一部だけで情報を留めてありますが、いざとなったら獣人やエルフにも情報を共有して魔族を攻撃する事になるでしょうね」
この世界を支配する四種族はほぼ等しい領土を持っているそうですし、国力や戦力に大幅な差はないものと推測できます。古代魔法がいくら強力でも、現状では魔族だけで残りの三種族に対抗するのは難しいと言わざるを得ません。
「……というワケで、残念ですがあなた方魔族の野望はもう終わってしまっているんですよ。情報の漏洩が致命的でしたね」
「そんな、そんな……ボク達の世界征服が……!」
ん、今なんと言いました?
いや、聞こえてましたけれども。
「やっぱり世界征服なんて無謀だったのか……」
「ええと、無謀というか、なんというか」
魔族の目的って世界征服だったんですか。イマドキ逆に珍しいというかクラシックというか、一周回って感心しちゃいましたよ。テンプレ的な悪役が持つ目標としては真っ直ぐすぎて、正直個人的には好感が持てるくらいです。
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