外道の所業 by主人公
「わたしが見張りをしてたら急にこの人が襲ってきたから応戦してたの」
「なんだか、どこかで聞いたような話ですねぇ」
前の地下神殿の時と同じ強制エンカウントでボス戦に突入していたようです。
クロエさんといいこの人といい、事情も把握していない段階でいきなり不意打ちかますとは、魔族って種族的に喧嘩っ早いんでしょうか。
「わたしだけなら負けそうだったんだけど、物音を聞いたお兄様達が加勢してくれたから。あと、なんだか途中から急にこの人の動きが悪くなって……」
「へえ、体調不良ですかね。自己管理には気を付けないといけませんよ」
さっきまで風邪気味で、すぐ横でボス戦があった事にすら気付かなかった私に言う資格はない気もしますが、とりあえず相手の警戒を解く為にも会話のきっかけを探しましょう。現状では貴重な情報源候補ですから。
「……ん? ミアちゃん、ちょっとお耳を拝借。この人、急に動きが悪くなったんですか?」
「うん、なんだかお腹が痛いみたいで、かばいながら戦ってたよ」
ヒソヒソ声で、魔族の人に気付かれないように質問しました。
確認の為に、視線を遺跡の入口脇に置いてあるタルのほうに向けると、案の定開けた形跡があります。きっと、気付かずにタルの中の水を飲んだのでしょう。タルは身を屈めれば隠れられるくらいの大きさがありますし、ここに隠れながら不意打ちの隙を伺っていたのかもしれませんね。
「え、何か入れたの?」
「はい、昨日のキノコを潰した汁を混ぜておきました」
キノコというのはシイタケではなく、もちろんモドキのほうです。
もしかしたら引っかかるかもと思っての仕掛けでしたが、上手くハマってくれたようですね。
魔族の方々は現状では正面から大っぴらに敵対しているワケではありませんが、潜在的な仮想敵と言えます。そこで彼らの残していた物資にちょっと細工をしてみたのですが、こんなにすぐ成果が出るとは思いませんでした。
「あれは相当キツそうですねぇ」
ジャックさんに拘束されている魔族さんは、浅黒い肌でも分かるほど顔を青褪めさせており、脂汗をダラダラと流しています。きっと今も激しい腹痛と戦っているのでしょう。ジャックさんはジャックさんで、拘束を解くワケにはいかないけれど、このまま密着している状態で相手が漏らしてしまう可能性を考えているのか、とてもイヤそうな顔をしています。
「たしか、下痢止めの薬草とかもありましたよね?」
「うん、あったと思うけど」
さっき私が飲んだ風邪用の薬草以外にも、痛み止めや解熱用など何種類かの薬を用意してきてあります。街の薬屋さんで旅に必要そうな物をと聞いてまとめ買いしたのですが、その中には下痢止めもあったはずです。風邪薬はよく効きましたし、同じ店で購入したこちらも効果は期待できそうです。
私達は魔道車の中から下痢止めの薬草を取って、魔族の男性の所へと戻りました。
「そこの魔族の人、お腹が痛いそうですね。なにか悪い物でも食べたんですか?」
「……何を? ああ、急に腹がいたくなって。そういえばさっき飲んだ水、なんだかヘンな味がしたような気が……」
「それはいけませんね、きっと水が腐っていたんでしょう。お可哀想に」
味はシイタケそっくりらしいので、きっとイイ出汁が出ていた事でしょう。
素知らぬ顔で同情してみせる私を、すぐ隣にいるミアちゃんが苦笑しながら見ていますが、魔族さんは強烈な便意を堪えるのに全神経を集中しているようで、事の真相に気付く気配はありません。私は手にした薬草を見せて取り引きを持ちかけました。
「ところでコレは腹痛によく効く、霊験あらたかな高価な薬草なのですが、お譲りしてもいいですよ」
「なにっ……!」
ちょっと話を盛りました。
本当はまとめ買いで割引してもらったので普通より安いくらいですし、霊験あらたかでもなんでもないありふれた市販品です。
「今ならなんと、あなたの知っている情報と引き換えに、特別にお譲りしてもいいですよ?」
「くそっ、やはり取り引きか!? だが、ボクを見くびるなよ。絶対に仲間を売ったりしない!」
ん、ボク?
男性の一人称としては不自然ではありませんが、身体的特徴と相まってクロエさんを思い出します。性別は違いますが、よく見ればどことなく似ている気もしますし、もしかしたら彼女の縁者なのかもしれません。
おっと、それはさておき。
「そうですか、それは残念ですね。せっかく人が善意で、特別に、貴重な薬を譲ろうとしたというのに、その程度の対価も支払えないとは」
無茶苦茶言っているのは自覚していますが、あとで精一杯吹っかける為にも「善意」「特別」「貴重」などのキーワードを織り交ぜてわざとらしいくらいに恩着せがましく言いました。
「仕方ありません、気の毒ですがそのままそこで漏らしてください。人生何事も経験だと申しますし、いい年をしてお漏らしというのも、あとで振り返れば良い思いでになるかもしれませんよ?」
「なるかっ! ……ぐぉう!?」
「ちょっと、待て嬢ちゃん、それはワシが困る! って、待て待て待てお前、男なら根性で耐えろ!」
魔族さんとジャックさんから同時に抗議の声が上がりました。と、同時に叫んだ衝撃で腹痛が増したようで顔色が酷い事になっています。この苦しみ方が演技とは思えませんし、これならばもう拘束を解いても逃げられないでしょう。
「念の為に逃げたり反撃したり出来ないように、魔法を解いて頂けると助かるんですが」
「無茶を……言うな……ぐっ、こ効果が切れた瞬間に尻が決壊しそうなんだよ」
ああ、きっと肛門括約筋とかその辺りの筋力が弱まるからですね。どうやら、魔法の力で無理矢理現状維持をしている状態で、効果が切れた瞬間に限界が訪れてしまいそうです。そんな状態ならば逃走や反撃は不可能でしょう。
うーん、取り引きを持ちかけておいてなんですが、いい年した男性が漏らす光景はあまり見たくありませんね。あとで反故にされる可能性はありますが、こちらから先に歩み寄りますか。
「ほら、薬草をどうぞ。あ、ジャックさんはもう技を解いてもいいですよ」
「え、な何を?」
「後払いでいいですから、落ち着いたらこれに見合う対価を何かしら払ってくださいな。お仲間の情報が無理だというのならそれ以外の話せる事でいいですから」
「……わ、分かった、それでいい!」
魔族さんは一瞬言葉の意味が分からないように呆けていましたが、意味を理解すると同時に私の手から薬草をひったくるように受け取り、ここからは見えない遺跡の壁の裏に猛ダッシュで向かいました。そして、具体的な描写は避けますが、お腹を下した人がトイレで発するような汚い音が聞こえてきました。ついさっきまでお腹が空いていたのに食欲が失せてしまいそうです。
本来であれば捕虜から目を離すべきではないのかもしれませんが、男性の排便シーンなど誰も見たくはないですし、あの様子なら一時的に腹痛がしのげてもまともな抵抗は出来そうにありません。逃げてもすぐに
捕まえられるでしょう。
「やれやれ、奥の手は使わずに済みましたか」
「あんまり聞きたくないけど、奥の手って?」
「いえ、それ以上断ったらお腹に蹴りを入れますよ、という具合にですね」
「……リコちゃん、それは人としてどうかと思うよ」
毒を盛って、その薬をネタに脅迫。断ったら物理的な制裁。
うん、考えてみれば我ながらドン引きしそうな外道の所業でしたね。まあ、外道ついでに、今のうちに薬の対価として搾り取る情報について考えておきますか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます