蚊帳の外


「うん、少しはマシに……へくちっ」


 遺跡の中から戻ってきた三人と一緒にお昼ご飯、昨日のシイタケと野菜を使ったミルクシチューを食べて少しは体調が回復してきたと思ったんですが、油断した頃にまたクシャミが出てしまいました。思考も平常時に比べると幾分鈍っているような気がしますし、なんだか熱っぽい気もします。


 まさか本当に使うとは思っていませんでしたが、万が一を考えて用意しておいた風邪に効く薬草があったので煎じて飲んでおきました。エスニック料理に使われるパクチーの臭いと苦みを十倍くらいに増幅したようなスゴイ味がしましたが、良薬口に苦しと言いますし、きっと効いてくれるでしょう。そうでないと吐き気をこらえて飲んだ甲斐がありません。



「見張りはわたしがするから、少し寝たほうがいいんじゃない?」


「そうですね……では、お言葉に甘えます」



 ミアちゃんの申し出を受けて、少しだけ魔道車の中で仮眠を取る事にしました。

 考えてみれば麓の森に入って以降は、交代で見張りをしないといけない都合上、睡眠の周期と時間が不規則でしたし、自覚しないうちに疲労が心身に溜まっていたのかもしれません。


 魔法を使っていると身体の痛みや不調を感じにくくなるので、それも疲労を自覚し辛かった原因でしょう。戦闘においては有効ですが、それも場合によりけりですね。自覚のないまま限界を超えて頑張りすぎてしまうと後でしわ寄せがきそうですし。



「お邪魔しますよ、っと」



 魔道車の中では先にカトリーヌがお昼寝をしていました。我々が昼食を取っていた時は車外に出て彼女もエサをモリモリ食べていたのですが、食べたら眠くなったようですね。

 車内の一角はいつの間にかカトリーヌ専用スペースになっていたので、私は少し離れた位置にクッションと毛布を置いて寝床の準備をします。今は魔法を使っていませんし、そもそも睡眠中は魔法を維持できないので、うっかり寝返りを打ったカトリーヌに潰されたら大変です。位置取りは慎重にしないといけません。



「では、おやすみなさい」



 横になったらすぐに睡魔がやってきました。軽い仮眠のつもりでしたが、これは熟睡コースかもしれませんね。

 せっかく目的地の遺跡に辿り着いたというのに、なんの手伝いも出来ていない現状には心苦しいものがありますが……この眠気には勝てそうにありません。あっという間に私の意識は目を瞑った闇の中へと溶けて消えていきました。







 ◆◆◆







「んぅ……」


 ふと目が覚めました。

 魔道車の中から外を見た感じだと、まだ完全に日は落ちていないようです。今は夕方くらいでしょうか。寝る前に予感した通りにお昼寝にしてはかなりガッツリと寝てしまったようです。


 薬が効いたのか体調はすっかり回復しています。地獄のような味を我慢して飲み込んだ甲斐がありました。風邪っぽかったのは水に落ちた事よりも疲労が大きな原因だったのでしょう。



「ここから挽回しないといけませんね」



 私がゆっくり休めた分だけ他の三人には負担をかけてしまいました。今からでも失点を取り戻すために調査を頑張らないといけません。


 いえ、まずやるべきは夕食の仕度でしょうか。私の体感だとついさっき昼食を食べたばかりですが、寝ている間にも胃腸はしっかり動いていたようで軽い空腹を感じます。皆もお腹を空かせているでしょうし、迷惑をかけたお詫びに何か美味しい物を作りましょう。



「おや、カトリーヌ?」



 今になって気付いたのですが、私と一緒にお昼寝をしていたはずのカトリーヌの姿が見えません。彼女一人だけ、否、一頭だけでは魔道車への乗り降りは難しいので、きっと誰かが外に連れ出したのでしょう。遺跡周辺には魔物もいませんし、軽く運動でもさせているのかもしれません。ずっと車内に押し込められていてはカトリーヌもストレスが溜まりますからね。


 外に出て調理の準備をする為に、食材の入った袋や食器をまとめて大鍋に入れて車外に出て、そして目撃しました。





「……あの、どちら様ですか?」


「くそっ、まだ他にもいたのか!?」


「あ、リコちゃんおはよう。ええと、この人は……」



 魔道車の外には、私の仲間の三人と一頭以外に見た事のない若い男性がいました。浅黒い肌と銀髪、そして尖った耳はクロエさんと共通の特徴ですし、きっと魔族なのでしょう。彼も魔法使いのようでバキバキにキレたマッチョボディを有してはいますが、現在はジャックさんに四の字固めで拘束されているので、迂闊に近付きすぎない限りは私を攻撃してくる心配はなさそうです。


 よく見れば、遺跡の入口周辺には戦闘痕らしい破壊の跡があります。元々古過ぎて損耗してはいましたが、私がお昼寝に入る前よりも更にボロボロになっています。


 あれあれ、もしかして私が熟睡している間に三人とこの人が戦っていたんでしょうか?

 深く眠っていたせいで気付きませんでしたが、周辺の様子からすると結構な激戦だったのかもしれません。


 それにしてもクロエさんの時といい今回といい、ボス戦に縁がありませんね、私。

 ラクが出来て良かったと喜ぶべきか、蚊帳の外に置かれていた事を悲しむべきか、どうしたものでしょうか?


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