遺跡の入口付近にて


「へっくち!」


 大自然の巧妙なトラップに騙されて入水自殺みたいな真似をしたせいで、すっかり全身ズブ濡れになってしまいました。だって仕方ないじゃないですか、あんな思わせぶりな滝があれば裏に何かあると思うのは普通ですって。



「ローブは絞って干しておいたよ」


「ああ、これはどうも」



 魔道車の中が結構広いので、上の方に洗濯紐を張っておけば室内干しも可能なのです。とはいえ、厚手の布の奥まで水が染みていたので、乾き切るまでにはかなり時間がかかりそうです。生乾きのローブを着て風邪を引いたら困りますし、少なくとも今日一杯くらいは干しっぱなしにしておいたほうが無難でしょう。



「へくちっ!」


「リコちゃん、大丈夫?」



 もしかすると、すでに風邪は引いてしまったかもしれません。

 魔法の効果を切ってから乾いたタオルで身体を拭いて、予備のトレーニング着とその上に体操服を着ていますが、どうにも寒気が治まりません。春とはいえ、山中の滝壺で寒中水泳をしたのですから当然かもしれませんが。



「とりあえず、食事の準備と見張りはしておきますので、調査のほうはお願いします」


「うん、あんまり無理しないでね」



 現在私達がいるのは、目的地と思しき遺跡の入口前。

 軽く偵察してみたところ、魔族や魔物は周辺にいなかったので遺跡前の空間に魔道車を移動させて新たな拠点としています。遺跡は山の斜面に巧妙に隠されているので、外から見た限りでは我々がここにいると他者に悟られる恐れはなさそうです。

 とはいえ、魔族はこの場所を知っているはずなので、偶然出くわす可能性までは否定できません。不意の遭遇を避ける為にも早々に調査を終わらせるに越した事はありませんが



「ふう……あったまります」



 焚き火で温めたカトリーヌのミルクを飲むと、少しだけ身体の寒気が治まってきました。初めはどうかと思っていたカトリーヌですが、終始大活躍しています。慣れない生活でもお乳の出が悪くなるような事もありませんし、料理の幅も大きく広がります。彼女がこの旅のMVPですね。


 どうせ見張りがてら居残りで食事の用意をするつもりでしたし、お昼は何か温かい物にしましょう。昨晩のシイタケがまだ残っているのでまたキノコ鍋か、小麦粉と野菜があるのでクリームシチューでも作りましょうか。



 男性陣はすでに遺跡の奥へと侵入し、ミアちゃんも私のローブを干し終えたら調査に向かいました。専門的な考古学知識はメンバーの誰も持っていないので、それほど仔細な無理ですが、遺跡の場所の特定が出来た時点で目的は半分達成したようなものです。これで更に何かが見つかれば良し、見つからなくてもちゃんとした調査隊を送り込む事も出来るようになります。


 私としてはこの遺跡に封じられているらしい古代魔法の調査をしたいんですが、それはもう少し体調が戻ってからのほうが良さそうです。しばらく火に当たっていると多少マシな具合になってきたので、夕方くらいまでにはいつもの調子を取り戻せると思います。



「おや? あのタルは魔族の物でしょうか?」



 調理と見張りを平行して行っている最中に、まだそれほど古くはない木製のタルがいくつか置かれているのに気付きました。この遺跡の遺物ではなく、恐らくはここの調査をしていた魔族が置いていった物なのでしょう。


 上蓋を開けて中身を確認していくと、半分はカラでしたが、もう半分は中身がまだ残っていました。大半はワインで一つだけが水。腐ったり濁ったりしてはいませんから、これらは比較的最近運ばれてきた物なのでしょう。また調査に来た場合に使用する予定なのかもしれませんね。






 私は少し考えた末に、元通りに見えるようにタルの蓋を閉めておきました。

 我々の飲料水の備蓄はまだ余裕があるので、魔族の置いていった物に手を付ける必要はありません。ジャックさんあたりはワインを飲みたがるかもしれませんが、今回は我慢してもらいましょう。


 そんな事より早くお昼ご飯を作らないと三人が戻ってきてしまいます。

 私は手の中のキノコを袋にしまうと、専用の桶を持ってカトリーヌのミルクを絞りに向かいました。



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