滝の裏
翌朝、日の出前のまだ薄暗い時間に遺跡の捜索を開始しました。
昨晩のキャンプ地である四合目あたりまでは傾斜がなだらかだったのですが、ここから先は急な斜面や岩場が多いので、魔道車で進むなら慎重に道を選ばねばなりません。
魔道車とカトリーヌは置いていく事も検討したのですが、この辺りには少ないとはいえ魔物が出没します。安全の為には、多少の手間がかかっても魔道車ごと山を進むべきだと全員で判断しました。
私の役目は先行してのルートの選定。
一見なだらかな傾斜でも先が急斜面になっていたら引き返さないとなりませんから、先に進めそうかどうかを確認しているのです。
岩から岩へと飛び跳ねながらいったり来たりを繰り返し、時には真上にジャンプして周辺の地形を把握したりと結構忙しい役目です。
「おっとっと」
時には危うく足場が崩れかける場面も何回かありました。マッチョ状態をずっと維持しているので、仮にガケから転落しても生還できるとは思いますが、だからといって進んで落ちたくはありません。
「しかし、全然それらしい建物はありませんね」
現在地点は山の北側の五合目付近。
情報が確かならばこの付近に目的の遺跡があるはずなのですが、見渡した限りではそれらしき人工物は全く見当たりません。もちろん、付近とはいっても広大な山の中なので、まだ探していない場所のほうがずっと多いのですが。
遺跡そのものだけでなく、そこを手中に収めている魔族の痕跡を探す事も考えました。
遺跡を発見して、そこで調査や発掘作業を行ったとしたら、当然着の身着のままの手ぶらではなく、調査に必要な機材や食料などを運び込んでいるはずです。我々と同じような乗り物を利用している可能性もあります。
探すべきは人の足跡、車輪の付いた乗り物の轍、野営の痕跡、樹木の伐採跡……そんなところでしょうか?
もうすっかり日は昇り、見晴らしに関しては問題ありません。
ですがそれは、夜中に火を焚くほどではないにしても、我々の姿が目立っている事も意味します。ですから、なるべく早く見つけないといけません。
五合目と六合目の間くらいに、ちょうど地面がしっかりとした平地を見つけたのでそこに魔道車を駐車し、ジャックさん一人を見張りに残して三人がかりで一気に捜索を進める事にしました。多少のリスクはありますが、手分けして別々の方向を探したほうが効率がいいですから。
「この辺りだと思うんですけどねぇ」
カモシカのような太腿に力を込めて、山中をダッシュで捜索しますが芳しい成果は上がりません。拠点を見失わないように気を付けながら走り回りますが、時間だけが無為に過ぎていきます。
私の気分に連動しているのか、全身の筋肉の張りもどこかキレがないように見えます。素人目には分からないかもしれませんが、いつもの筋肉が「デカいっ!!」だったら、今は「デカい!」くらいの差がありそうです。
「まさか……北じゃなかったとか?」
なにせ情報源があのアホの子ですから、北と南を間違えていたとか、あるいは東西のどっちかだったのを寝惚けて間違えたもあり得る話です。
しかし、そうなると流石に探しようがありません。まだ余裕があるとはいえ食料や水にも限りがありますし、このまま何も見つからなければ成果なしで引き返すしかないでしょう。
そんな不吉な考えが頭をよぎった時の事でした。山の中央より西側を飛び跳ねながら探していると、かすかな水音が聞こえてきたのです。
なんとなく気になって一人で音源に向かうと、先程魔道車を止めた位置からは死角になって見えない場所に滝があったのです。さほど大きな滝ではありませんが、滝壺に近寄るとひんやりと涼しく、明らかに周辺の岩場とは空気が違います。
「ははーん、これはきっとアレですね」
ふふ、分かりました。分かっちゃいましたよ。
滝の裏側に隠された洞窟があるという、イマドキ意外性の欠片もない使い古された展開ですね。
たしかに遠目からはまったく分かりませんし、滝から数メートルの位置にいる私にも滝の裏側は何も見えません。数々のフィクションに触れてお約束というものを知っていた私だからこそ、その発想が出てきましたが、そういう予備知識がなければ絶対に分からない隠し場所です。
「では、突入しちゃいますか!」
今の私なら数メートルくらいの距離ならヒョイと飛び越えられます。
勢いが足りずに滝壺に落下したら困りますし、水壁を突き破って一気に裏側に到達出来るように、思いっきり滝に向かっての突撃を敢行しました。
◆◆◆
「あ、リコちゃん。探してた遺跡見つけたよ……えっと、どうしたの?」
「いや、ちょっと水浴びを……」
滝の裏には岩以外何もなく、突撃の勢いが強かったせいで岩に身体がめり込み、そこから抜け出そうと四苦八苦しているうちに水でビショ濡れになってしまいました。危うくそのまま溺れるところでしたよ。
防水性の高いローブを上に着ていましたが、当然滝の直撃を防げるワケもなく全身濡れ鼠です。買ったばかりのローブだというのに台無しです。とりあえず干しておいて、かわりにお馴染みの体操服でも着ておきますか。
ちなみに肝心の遺跡は、私が探していたのとはちょうど正反対の岩場にあったそうですよ。背の高い岩で四方を囲まれていて遠くから見ても分かりにくい場所にあったとか。
……なんというか、空気を読んで欲しいですね、ええ。誰に文句を言ったらいいのか分かりませんけれど。
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