マッチョ感のあるお菓子屋さん
「ドアをくぐると、そこは筋肉でした」
などと、どこぞの名文っぽく言ってみましたが、目の前の光景の異常性は少しも緩和されません。
可愛らしい外観のお菓子屋さんの中にワクワク気分で入ってみたのですが、いきなり目に飛び込んできたのが等身大のマッチョを飴細工で再現した凄まじいブツだったのです。
周囲を低い柵で囲まれ、お客さんが触れないようになっています。ちょっとロビンさんに似ていますが、もしかして彼をモデルにしたのでしょうか。有名人みたいですし、あり得るかもしれません。
どちらかというとファンシー系の内装の中でそれだけが凄まじく浮いていますが、私以外に違和感を覚えている人はいないようです。いえ、正確にはそのマッチョ飴像は注目されてはいるのですが、奇異や嫌悪ではなく好意的な視線を集めているのです。
私は流石にドン引きして隣のミアちゃんに話を振ってみましたが、
「あれ、食べる人いるんですかね?」
「うん、大きすぎてちょっと食べにくいかもね」
いやいや、食べにくさの意味合いが私が思っているのと全然違うんですが。
店内には大勢のお客さんがいるんですが「あの後背筋の再現度が……」とか「大胸筋の張りが……」みたいなよく分からない話題で盛り上がっています。
ああ、そういえば最近忘れかけていましたが、この世界の価値観ってこんな感じでしたね。筋肉偏愛というか、筋肉こそ至高というか。この場においては私の価値観のほうが異端なのでしょう。
観察していて分かりましたが、どうやらあのマッチョ飴はディスプレイ用の一点物で、他に普通のお菓子も売っているようです。まあ、小さいのでもデフォルメしたマッチョ型のクッキーやビスケットなどのおかしな(お菓子とかけたギャグではありません、断じて)形状の物もあるようですが、少なくとも等身大のアレよりはだいぶマシです。
まあ、あんな物を作れるという事は、このお店の職人さんはかなりの技術があるのでしょう。浮き出た血管の再現度とか相当でしたし。ならば味に関しては期待してもいいかもしれません。
「旅先に持って行くなら日持ちがしそうな飴とかビスケット系ですかねぇ」
「あ、あのケーキ美味しそうだよ」
「お、いいですね。じゃあ買って行きましょうか」
ミアちゃんも人の話を聞いていませんが、私も私でケーキに誘惑されています。クリームがたっぷりと使われているので日持ちはしなさそうですが、出発は明朝ですし、今夜のうちに食べれば問題ないでしょう。ええ、問題ないのです。
「ほうほう、チョコ系はないんですね」
チョコレート自体がこの世界に存在しないかどうかまでは不明ですが、他の食材品店でも見かけませんでしたし、少なくともこの周辺の地方では流通していないのでしょう。
チョコ系がないのはちょっと残念ですが、フルーツ系やナッツ系のケーキは充実していますし、お酒を使った物も豊富にあります。選択肢が多すぎて逆に困るくらいです。
「うぅむ、迷いますね」
「そうだねぇ」
さっきの乾物屋さんでのように、必要性に応じて選ぶのであれば迷う事はありませんが、こういう純粋な嗜好品だと色々と目移りして迷ってしまいます。
ざわ……っ!
色々なケーキやお菓子を見ていると、背後からそんな某ギャンブル漫画のような喧騒が聞こえました。見れば、エプロンを付けた男性が手にしたハンマーとノミで先程のマッチョ飴を破壊しようとしていました。
周囲の人の会話から察するに、お店の人が賞味期限が切れる前に飴の像を砕いて、それを店内のお客さんにサービスするという流れのようです。どうやって食べるのか謎でしたが、普通に細かく砕いてから食べるのですね。センスはともかく見事な造型でしたし、砕いてしまうのは惜しい気もしますが、食品を素材にしている以上仕方がないのでしょう。
それにしても宣伝を兼ねてとはいえタダで配るというのは豪気な話です。繁盛しているみたいですし、下世話な話ですがかなり儲かっているのでしょう。
トン、テン、カンとハンマーとノミで表面を薄く削り、先頭に並んでいたお客さんから順に配り始めました。下手に削り過ぎると像がバランスを崩して倒れそうですが、そこは熟練の技でカバーしているようで、安定した直立状態を保っています。もしかすると、飴だけでなく中にバランスを取る為の芯棒などが仕込まれているのかもしれません。
折角タダなので私達もならんで飴を貰う事にしました。右の上腕三等筋の辺りを薄く削いだ部分を受け取り、他のお客さんと同じように店内の隅で口に入れてみました。
「甘いですね」
「甘いね」
味は……可もなく不可もなくというところでしょうか。決して不味くはありませんが、ほぼ砂糖の甘さのみの単調な味でした。こういう見た目重視の品ですから、あまり味に凝ってはいないのでしょう。タダで貰った物に文句を付ける気はありませんが、見た目のインパクトと正反対のおとなしい味に少々拍子抜けです。
「おっと、もうこんな時間ですね」
「わ、急がないとっ」
窓の外を見れば、もう夕日が落ちかけています。早くしないと調味料のお店が閉まってしまうかもしれません。
結局、ロクに選ばぬまま目に付いたケーキを何種類かと、比較的日持ちしそうな袋入りの飴玉とクッキーを大急ぎで購入し、慌ててお店を出る事になりました。
もっとじっくり選びたかったのですが、マッチョ飴のせいで時間を無駄にしてしまいました。おのれ、マッチョ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます