あーん


「うみゃーうみゃー」


 おっと失敬、お夕食の後に先程買ってきたケーキを食べていたら、あまりの美味しさにうっかり名古屋人のような反応をしてしまいました。うみゃーみゃーみゃーです。


 買物を終えてお屋敷に帰ったら、タイミング良く晩ご飯の仕度が出来たところでした。メインの料理をたらふく食べた後にデザートとしてケーキを頂いているのですが、これが実に素晴らしい。イタリア語で言うとディ・モールト・ベネですね。


 メインの料理のほうは今日はチキンの丸焼き、しかもお腹の中に栗やキノコや雑穀の詰め物がしてある豪勢なやつでした。肉汁の染みた詰め物とかパリパリの鶏皮とか最高でしたね。鶏皮愛してます。あいらぶちきん。皮から取った鶏油で作ったチャーハンとか大好物ですとも。



 で、今食べているデザートのケーキなんですが、これがまたイケる。

 私が食べているのはピスタチオっぽいナッツがメインの物なんですが、口の中でふわりと溶けるような繊細な食感のスポンジが何層にも重なっていて、層の隙間にナッツの香ばしい風味が豊かなクリームが塗られて、炒って砕いたナッツも一緒に挟まれています。一口ごとに幸せが波のように押し寄せてきます。


 あの飴のマッチョ像を見た時は不安な気持ちにもなりましたが、あのお菓子屋さんの技量はかなりのレベルのようです。正直甘くみていました、ケーキだけに。



「ねえ、一口ずつ交換しない?」



 ケーキを堪能していたら、隣で私と同じように頬を緩ませていたミアちゃんからトレードの申し出がありました。


 なお、ケーキは私達二人の分以外に、ミアちゃんのご家族三人の分もちゃんと買ってきてあります。ご両親はお仕事、クロエさんの監視で出かけていますが、ロビンさんは私達が買物をしている間に帰宅していました。ただ、昨日からずっと働きづめだったので今は自室で寝ているそうです。明日は朝から私達と一緒に調査に出かける事になっていますし、本当にタフですね、彼。まあ、メイドさんに言付けをしておけば起きた時に食べるでしょう。




 それはさておき、


「交換ですか、いいですよ」


「そっちも美味しそうだから気になってたの」


「ふふ、私もですよ」



 私のナッツ系のケーキはシックで落ち着いた見た目ですが、ベリー系がメインのミアちゃんのケーキは外見からして華やかです。濃いオレンジ色のブルーベリーのような見た目の果実は私の知らない種類ですが、この世界の固有種でしょうか?  どんな味なのか気になりますね。



「じゃあ、はい、あーん」



 ……ちょっとお待ちください。

 結構ぐいぐい攻めてきますね、この子。一口分切り取ったケーキをフォークに乗せて私の口の前に差し出してきましたよ。これをどうしろと? いえ、分かってはいますが、実行できるかどうかというのはまた別問題です。



「どうしたの、リコちゃん? はい、あーん」


「ええと、そのですね……」



 いやいや、かなり恥ずかしいですよ、コレ!?

 世のカップル共はよく平気でこんな真似ができるものです。そもそも私達はカップルでもないですし、それ以前に同性同士ですし、なんでこんな事をする必要が……。



「っていうかミアちゃん、さては私が恥ずかしがってるのを分かって楽しんでませんか?」


「ふふ、どう思う?」



 ニコニコと微笑む彼女の本心がどこにあるのか、知りたいような知りたくないような。そもそも私達のキャラというか関係性がいつの間にか逆転してはいませんか?



「ほら、早く食べないとケーキが落ちちゃうよ?」


「じゃあ、はい……あーん」



 まあ、ケーキの味に興味があったのは本当ですし?

 女は度胸、思い切って食べてやりましたとも!

 ……残念ながら、緊張で味はよく分からなかったんですが。



「じゃあ、今度はこっちの番ですね? はい、あーん」



 ともあれ、攻守交替の時間です。

 今度は逆の立場で精々恥ずかしがらせてあげようじゃあげませんか!



「じゃあ、あーん。うん、こっちも美味しいね」


「……あれ?」



 そんなあっさりと……。

 初めて会った頃の奥手で内向的なミアちゃんはどこへ行ってしまったんでしょう。小鬼(ゴブリン)をぶっ殺しまくったせいで、変な方向に度胸が付いてしまったのかもしれません。イヤなレベルアップですね。そんな方向に成長されても困ります。



「ふふ、もう一口交換する?」


「……ええ、望むところです」



 別に勝負でもなんでもないんですが、なんだか一方的に負けた気分になってしまいました。正直面白くありません。

 ここは一丁リベンジマッチといきましょう。

 今度は先程とは逆に意地でも恥ずかしがらせてやりますとも……っ!






 ◆◆◆





 まけました。



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