地方長官さん


 「やあ、食事中すまないね。失礼するよ」


 「おや、あなたはさっきの?」


 照れ隠しもあってガツガツと勢いよくお昼ご飯のパスタをかっ込んでいたら、食堂に先程散歩中にあったお爺さんが食堂に入ってきました。私達よりも先に外出していたミリアさんが付き添っているという事は、彼はこの家の関係者だったのでしょうか?


 どういう事情で来たのかはわかりませんが、それはそれとしてまずはお礼を言っておきましょう。



 「先程はありがとうございました。おかげさまで毒は抜けましたので」


 「そうか、そりゃあ良かったな、リコ嬢ちゃん」



 あれ、私この人に名乗りましたっけ。ミリアさんに聞いたんでしょうか?



 「いや、実はな最初っから嬢ちゃんの事を知ってたんだよ。さっき話しかけたのもそれとなく人となりを確かめるためでな」


 「そうなんですか?」


 「ああ、いきなり街に現れた身元不明の魔法使いとか怪しすぎるしな」


 「なるほど、ごもっともです」


 この家の人達は大らかな性格なのでてっきりそのままスルーされたかと思いましたが、流石にそこまで甘くはありませんでしたか。一応報告なりはしていたのでしょう。

 私は、自分で言うのもなんですが、客観的に見れば身元、経歴一切不明の不審人物。それだけなら看過されたかもしれませんが、魔法使いというのが大問題。どこからどう見ても要調査案件です。


 しかし、このお爺さんが単独で接触してきたという事は……もし私が危険だと判断した場合、そして突発的な戦闘になった際に制圧出来る人材。私という人物の報告が向かうであろう先。話には聞いていてもまだ出会っていない人物。つまり、



 「あなたがこの街のもう一人の魔法使いだという長官さんでしたか」


 「話が早くて助かるな。ワシはジャックと云う。この辺一帯の軍の地方長官ってやつだな」



 確かによく見ればお年の割には背筋はピシッと伸びていますし、服の下には分厚い筋肉があるのが見て取れます。いかにも歴戦の老軍人という雰囲気ですね。



 「それで、その地方長官様がこの小娘に何か御用ですか?」


 「ああ。だが、その前にミリア嬢ちゃん。ワシらも飯にしよう、腹が減ったし食いながら話すとするぜ」



 料理の量には余裕があるので、二人が席につくとすぐに追加のパスタが運ばれてきました。牛の挽き肉や刻んだキノコがたっぷり入ったミートソースが麺に和えてあります。トマトに似た風味を感じますが色合いは赤というよりもオレンジに近いですし、パスタソースにしてはやや甘みが濃いので私の知っているトマトとは種類が違うのかもしれません。

 こういう時にスムーズに対応できるという事は、常から不意の来客に備えているのでしょう。余分に作っておいて、余ったらそれがメイドさん達のご飯に流用されるのかもしれませんね。



 「おお、久々だがこの家の飯は美味いな!」



 見たところ少なくとも七十は超えているように見えるのですが、ジャックさんはかなりの健啖家のようです。この場の誰よりも勢いよく食事を進め、先に食べていた私よりも早く皿をカラッポにしてしまいました。

 彼はそのままコップに入った牛乳を一気に飲み干し、食卓の脇に控えているメイドさんにおかわりを頼み、それから私のほうに視線を向けました。つい数秒前までの穏やかな様子は消え、睨んでいるわけでもないのに、鷹のような鋭さを感じる眼光です。



 「でだ、今日来た用件なんだが」



 あまりの食べっぷりに忘れていましたが、そういえば私に用事があったのでしたか。



 「ああ、リコ嬢ちゃんとそっちのミア嬢ちゃんもだ」


 「わたしもですか?」


 てっきり私宛ての用件だとばかり思っていましたが、どういう事なのでしょう?



 「昨日の件で嬢ちゃんらが捕まえてきたクロエ嬢ちゃんの事だがな……ちょっとマズい事になった」


 「もしかして、また何かやらかしたんですか、あの人」



 身柄を拘束されていたというのにトラブルを起こすとは、どこまでもダメダメですね、あのボクっ子。

 でも、それだと私達への用事にはつながらないですね?

 まさか捕まえた責任を取れなんて事はないでしょうし。



 「いや、クロエ嬢ちゃん自体はこっちの取調べにも素直に答えてくれるし、問題はない。ただ、そこから出てきた情報が問題でな」


 「あの人まだ何か隠してたんですか?」


 「いや、隠してたというか、ワシも最初はこっち側への情報操作の一環で話す内容を選択してるんだと思ったんだが……あの嬢ちゃんにそんな高度な事は無理だ。ありゃ、素で忘れてるだけだな」



 隠しているだけなら聞き方次第で情報を引き出せる可能性もあるでしょうが、どんな大事な情報でも素で忘れてしまっているのではそれも難しい。ある意味ではすさまじく恐ろしい相手です。



 「ただ、それでも時間をかけて思い出した事もあったんだよ。嬢ちゃんらは、魔族が進めてるっていう古代魔法の独占の話は聞いたか?」


 「ええ、具体的な内容までは知りませんが」


 「それなんだが、急いで対処しないとかなりヤバイ。はっきり言って魔族以外の三種族、人間、獣人、エルフが全部滅びる可能性がある」




 ……なんですと?

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