二つの魔法


「世界各地に残された遺跡に封じられた古代魔法。発動に複雑な条件があったり、そもそも遺跡の機構が壊れていて使えなくなっている場合もあったらしいが……その中には現在の我々の魔法では再現の出来ない危険なものも多数あるようだ」


 まだほとんどこの世界を見ていないというのに、いきなり話のスケールが大きくなってしまいました。



「それで具体的にはどんな魔法があるか判明しているんですか?」


「ああ、とは言ってもクロエ嬢ちゃんが知っていたのは昨日の遺跡のを含めても四つ。そこはワシらが押さえたし、一つは魔法の起動条件が不明な上、そもそも無意味なハズレ魔法。現在魔族が使用できるのは二種類だけだ」



 ハズレのほうは昨日私がこっそり聞きだした魔人の送還魔法でしょう。起動条件のことは知りませんでしたが。

 わずか二種類、されど二種類。正直、思ったほどに多くはなかったのですが、その効果次第では充分に脅威になり得るでしょう。



「その二つの魔法というのは?」


「ああ、一つはなんとな……重力を自在に操るというものらしい」



 重力魔法ですか、定番ですね。光速の異名を取る高貴な人でもお馴染みです。重力系の能力者っていうのはなんだか強キャラっぽい印象があるのでケンカしたくはありませんね。

 というか、完全に筋肉関係なさそうな魔法は初めてですよ。こんな時に不謹慎かもしれませんが、なんだか魔法らしい魔法でワクワクしますね!



「その魔法によって遺跡の内部であれば強大な加重をかけることが出来るらしい。この意味がわかるかな?」


「ええ、恐るべきものがありますね」



 遺跡の外には重力が作用しないと聞いてちょっと拍子抜けですが、たとえば重要な拠点をその遺跡に置けば、積極的な攻撃には使えずとも、防戦に関しては無敵といっても過言ではないでしょう。難攻不落の城砦というのがどれだけ恐ろしいかは歴史を紐解けば明らかです。

 敵軍にだけ重力による攻撃を仕掛ければまともな戦闘にすらならないでしょう。数トンくらいの負荷なら魔法使いであれば動けるかもしれませんが、大幅に戦力が下がるのは間違いありません。かけられる重力の強度次第では魔法使いですら潰れてしまうかもしれません。


 ですが、ジャックさんが言う脅威の理由は私が想像していたのとはちょっと違いました。



「ああ、恐ろしい……! そんな物があればすさまじく効率の良い鍛錬が出来るだろうに」



 そういう使い方ですか、そうですか。

 重力魔法という素敵ワードにちょっぴりワクワクした私の純真な気持ちを返してもらいたいものです。結局は筋肉絡みじゃないですか。

 ああ、そういえば某七つの球を集める漫画でも重力修行は中盤以降の定番でしたね。あの漫画みたいに上手くいくかどうかは知りませんが、仮にそういうトレーニングが成功したならば大きな戦力アップにはなりそうです。具体的にはわずか単行本五冊以内の短期間で数十倍から数百倍の戦闘力のインフレ現象が起きる可能性があります。そうなったら普通のトレーニングしかしていない他種族の魔法使いでは魔族に敵わないでしょう。まだ種族間の戦争が起きると確定したわけではありませんが、楽観はできません。



「ううむ、なんて羨ましい……もとい許しがたい。そんなイイ物を自分達だけで使おうなど!」



 ジャックさんがおかしな事を言っていますが、同席しているミアちゃんとミリアさんもウンウンと首肯して彼の感想に同意しているので、魔法使い基準だと私の考え方のほうがおかしいようですね。なんだか謎の疎外感を感じます。いえ、コレに関しては別に仲間に入りたくはありませんが。


 これ以上重力魔法の話題を続けたくなくなってきたので、私は他の魔法について聞いてみる事にしました。



「それで使えるもう一つの魔法というのは?」


「おお、忘れていた。こっちもすごいぞ、なんといっても回復魔法だ!」



 なんというか……普通ですね。

 ごく普通の、いえ冷静に考えると全然普通ではないんですがそれはともかく、普通の筋力強化の魔法でも肉体の回復力は上がります。わざわざ大掛かりな遺跡を苦労して確保してまで使うほどの価値はあるのでしょうか。



「ああ、死んでいなければどんな怪我でも病気でも治るらしい。これも効果は遺跡の中にしか届かないみたいだが」


「なるほど、それはすさまじいですね!」



 これは素直にすさまじいと言えます。

 前言撤回せざるを得ません、回復魔法マジぱねぇです。もし平和利用できたら誇張抜きで世界が変わる大発見です。もしも存在が明るみに出たら、その遺跡には連日連夜世界中から大勢の人々が押し寄せる事になるでしょう。



「この魔法と重力魔法の組み合わせで、魔族の連中は効率的なトレーニングをしているらしい。どんなに疲弊していてもすぐに回復するから不眠不休で鍛える事が出来るようなのだ。ああ、羨ましいったら羨ましい! 畜生!」



 もういい年をしたお爺さんだというのにジャックさんは本気で悔しがっているようです。そんなにも良いトレーニングが出来るのが羨ましいんでしょうか。もはや、先程初めて会った時の落ち着いた老紳士然とした印象は皆無です。きっと、こっちの姿が彼の素の表情なのでしょう。


 それにしても両方の魔法とも遺跡内しか効力が及ばないのに併用できるという事は、双方はかなり近い位置にあるのでしょう。鍛錬に利用しているという事はどちらも魔族の領域内にある可能性が高いですね。



「で、だ! クロエ嬢ちゃんから聞き出した遺跡で鍛錬を……じゃなかった、遺跡の調査を至急しないとマズイからこの街の魔法使いを総動員する必要があるんだよ。半分は守りに残しておかないといけないけど、ワシは絶対に行くからな。ほら責任者として!」



 この人が地方長官とか、本当にいいんでしょうか?

 どう考えても調査にかこつけて筋トレがしたいだけでしょうに。


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