真夜中の出会い


 流石にもう遅いので女子会(でいいんでしょうか?)もお開きになりました。

 入浴を済ませてパジャマに着替え、あとはもうベッドに入って寝るだけです。

 ちなみに初日に一度洗っただけの体操服は洗濯してもらっているので、今日はミアちゃんに借りたファンシーなデザインのパジャマを着用しています。可愛すぎてぶっちゃけ落ち着きません。



 「今日はすさまじく密度の濃い一日でした」


 「そうだねぇ」



 早朝に筋肉痛で飛び起きたところから含めると、今日だけで昨日と一昨日を合わせた以上のイベントがあった気がしますよ。後半はほとんど食べてるだけでしたが。

 今日一日で判明した情報や考えをまとめようかとも思っていましたが、かなりの眠気があるので頭が働きません。情報の整理は明日に回す事にしましょう。



 「……明日も痛みで起きるなんて事はないですよね?」


 「どうだろう? わたしも随分暴れちゃったから、キツいのがくるかも……」



 今朝は昨日のような筋トレはありませんでしたが、遺跡の中では跳んだり走ったりとなんだかんだでかなりの運動をしてしまいました。盛大に小鬼ゴブリンをぶっ殺しまくっていたミアちゃんは言わずもがなでしょう。

 痛みに対処する方法は覚えたので為す術もなくのたうち回るような事はもうないでしょうが、それでもイヤなものはイヤなのですよ。



 「しかし、眠気がもう……おやすみなさい……ぐぅ」


 「わたしも、もう限界……おやすみ……すぅ」



 どうやら疲労と眠気は私達が自覚している以上に溜まっていたようです。

 柔らかいベッドに並んで横たわったら、ほとんど瞬間的に夢も見ないような深い眠りへと落ちていきました。






 ◆◆◆






 「ん……」


 ふと、目が覚めました。

 窓の外を見た感じだとまだ夜明けは遠い真夜中のようです。午前の二時か三時といったあたりでしょうか。あれ? でもよく考えたらこっちの一日は必ずしも二十四時間とは限らないのでは?

 体感だと大きな差はないようにも感じますが、もしかするとこの世界では一日が二十時間だったり三十時間だったりするかもしれませんね。昔読んだ格闘漫画で、一日三十時間のトレーニングという矛盾を二十年だか続けたと言い放ったキャラクターがいましたが(たしか主人公のお兄さんでした)、この世界であれば矛盾なく鍛錬が出来そうです。その場合は四十時間とか五十時間とかやっちゃうのかもしれませんが。



 「ちょっと失礼……」



 このまま夢の世界に戻ろうかとも思いましたが、その前にお花を摘みに行く事にしました。寝る前にさんざん飲み食いしていたので当然といえば当然です。隣で寝ているミアちゃんを起こさないようにそっとベッドから抜け出し、部屋からでてお手洗いへと向かいました。


 廊下の照明は深夜だけあって最小限に抑えているようです。薄暗い廊下を僅かにロウソクの灯りが照らしているだけで、数メートル先までしか見通せません。



 「なんだか、ホラースポットのようですねぇ」



 なんだか、怪奇現象でも起こりそうな雰囲気です。考えてみればこの建物は心霊話にありがちな古い洋館そのものですし、そういうオカルト話の一つや二つあっても不思議ではないのかもしれません。明日あたりミアちゃんに聞いてみましょうか。


 個人的にはそういう洋館モノならばホラーよりもミステリのほうが好みなのですが、どちらにせよ自分で体験したくはないという点は共通しています。殺人鬼と幽霊ならばどっちのほうがマシでしょうね?






 「ふぅ」


 お手洗いに辿り着いて用件を済ませ、いざ戻ろうとした段になって気付きました。廊下に見慣れない若い女性が立ってこちらを見ているのです。

 長い前髪で顔が隠れているので人相は分かりませんが、きっとお屋敷で働くメイドさんでしょう。ある程度年配の人しかいないと思っていましたが、中には若い人もいたのですね。

 そういえば、こんな時間でも当直のメイドさんが待機していて、たまに見回りをしているんでしたか。こんな時間まで大変ですねぇ。



 「お仕事お疲れさまです」



 無視するのも感じが悪いので、メイドさんの前を通り過ぎる時に一声かけて軽く頭を下げました。相変わらず顔の目から上は見えませんでしたが、顔の下半分を見るに中々の美形のようです。軽いウェーブのかかった長い金髪はどこかミアちゃんに似ている気がします。彼女があと何年か成長したら、ちょうどこんな感じの美人さんになりそうです。



 そのメイドさんは私の軽いお辞儀に対して、こちらが恐縮するような深々としたお辞儀でもって返礼をしてくれました。なんというか上手く言葉に出来ないのですが、妙に堂に入ったというか、優雅というか、頭を下げられたこちらのほうが背筋を正したくなるような一礼でした。


 厨房担当の方や他の年配のメイドさん達はあまりガチガチの使用人という風ではなく、どちらかというと近所の気さくなオバチャンという感じだったので私も話しやすかったのですが、こういうお堅い振る舞いをされるとかえって緊張してしまいそうです。


 その女性は私の傍に近寄ると、耳元で一言囁き、それから廊下の奥へと消えていきました。気のせいか比喩ではなく本当に消えたように見えましたが、何しろこの暗さですからきっと見間違えたのでしょう。





 あとは特に語るべきところはありません。

 部屋に戻って、抜け出す時と同じようにミアちゃんを起こさないよう気を付けてベッドに入り、そのまますぐに夢の世界へと旅立ちました。





 ◆◆◆





 翌朝、心配していた筋肉痛もなく、すっきり爽快な気分で目覚めた私は何気なく、特に深い考えはなく昨夜の事をミアちゃんに話してみました。「この家のメイドさんって若い人もいたんですね」みたいな感じで。


 ですが、眠そうにまぶたをこすりながら私の話を聞いていたミアちゃんは、途端に顔を青褪めさせて震え始めたのです。



 「リ、リコちゃん。そ、その人ってたぶん……」



 もうここまで来れば話のオチはお分かりでしょう。

 どうやら、私が出会った女性はミアちゃんのご先祖様だったそうなのです。この家では時折、そういった目撃例があるのだとか。


 とはいえ、それを知っても私に恐怖感はありませんでした。

 むしろ、出来ればもう一度会って、今度はゆっくりお話ししてみたいと思っているくらいです。何故なら、昨夜の別れ際に彼女が私に囁いた一言が、


 『うちの子と仲良くしてあげてね』


 というものだったからでしょうね。

 悪い人、もとい悪い霊ならばこんな事は言わないでしょうから。


 

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