怒らせてはいけない人
「あら、おかえりなさい、ミア」
「あ、お母様、ただいまもどりました」
「リコちゃんもおかえりなさい」
「えっ、あ、はい、ただいまです」
仕事の続きへと向かったロビンさんを見送り、お屋敷の中に入ると、ちょうど玄関を通りかかったミアちゃんのお母上のミリアさんと会いました。
この方も魔法使いで街を守る最高戦力の一人なのですが現在は軍属ではなく、魔法使いの手が足りない時だけ臨時でお手伝いをしているそうです。
……それにしても何故でしょうか。一昨日から何度も話しているというのに、初めてこの人の声を聞いた気がします。
「主人とロビンは今日は泊まりみたいなのよ」
「ええ、今しがたロビンさんに会って事情は聞きました」
「だから今日は女の子三人だけでご飯にしましょうね」
え、女の子?
……ええと、確かに若く見える方ですが、それはちょっと無理があるのでは?
ロビンさんとリーズさんの事を考えると、もう何年かしたらお孫さんが生まれていてもおかしくないですし、流石にお祖母さん一歩手前の人を女の子扱いはどうかと……。
「あら、どうかしたかしら、リコちゃん?」
「いえ、なんでもありませんとも。さあ、一丁ガールズトークでも洒落込もうではないですか、女の子だけで」
ニッコリと上品に微笑む笑顔の裏側に死亡フラグの気配を感じました。理性ではなく本能の部分で確信があります。ミリアさんを年齢ネタで弄ろうと思ったら死を覚悟する必要がありそうです。私には見えている地雷原でコサックダンスをするような趣味はないのですよ。
まあ殺される云々は冗談としても、このお屋敷から追い出されるくらいはされかねないので、良好な関係を維持するにこした事はありません。
◆◆◆
なお、これは余談ですが、この時の私の判断は間違っていなかったという確信をさらに強固にする話を、この日の夜にミアちゃんから聞きました。
今から数年前、ミアちゃんのご両親が夫婦喧嘩をした事があったそうです。喧嘩というかご主人がミリアさんを一方的に怒らせてしまった、というほうがより正確ですが。
ある日、酔っ払ったご主人がミリアさんの大事にしている花瓶をうっかり割ってしまったのだとか。まあ、そこで素直に謝ればまだ丸くおさまっていたのかもしれません。残念ながらそうはなりませんでしたが。
珍しく性質の悪い酔い方をしていたせいか、ご主人は割れた破片を隠そうとして、しかし所詮は酔っ払いのする事ですからその誤魔化しはすぐにバレてしまいました。
私の知るミアちゃんのお父上はとてもそんな事をしそうには見えませんが、その日の酔い方は随分と酷かったようです。誤魔化しが露見してもなお、あれこれと言い訳を重ねようとするご主人にとうとうミリアさんの堪忍袋の緒が切れてしまいました。
魔法で強化した肉体で思い切り殴り、哀れご主人は外壁を飛び越えて街の外にまでぶっ飛ばされてしまいました。
……この家から街の外まで、最短距離でも五百メートルくらいありませんでしたか?
いくら魔法使いの筋力が桁外れだとはいえ、流石に話を盛っているのではないかと思ってミアちゃんに確認しましたが、間違いや誇張ではありませんでした。
ご主人も辛うじて魔法で身を守る事が出来たのでギリギリ命に別状はありませんでしたが、街の外には数年経った今でも彼が墜落した際のクレーターが残っているのだとか。そんな物が残っているという事はこの話は事実なのでしょう。
一発殴ったらすっきりしたのか、その翌日には普段の仲良し夫婦に戻っていたそうですが、ご主人はその一件以来ミリアさんに頭が上がらなくなってしまったそうです。
それで、この話の結論が何かと申しますと、世の中には絶対に怒らせてはいけないタイプの人がいるので気を付けましょうという事です。
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