残念な彼女
数軒ハシゴしての食べ歩きも一段落し、今度は夕食を食べる為にお屋敷に戻ったところでロビンさんに会いました。別れた時はマッチョ状態を維持していましたが、現在は魔法の効果を切っているようです。
「おや、今お帰りですか?」
「いや、さっきまで報告書を書いてたんだけど、それが終わったから父上と俺の分の着替えを取りに来ただけだよ。ほら、あの魔族のクロエ君の見張りをしないといけないからね、魔法使いが近くに待機してないといけないんだ。今夜は徹夜かもね」
どうやら、私達がやれ昼寝だオヤツだと呑気に過ごしている間も、彼はずっと仕事をしていたようです。しかもこれで終わりではなく、この後すぐに仕事に戻らねばならないとは大変な重労働です。
あくまでも臨時の協力者であった私やミアちゃんとは違い、軍属の彼は色々と後始末があったのでしょう。仕方がない事ではありますが、少々心苦しいものを感じますね。
高給で時間の融通がきくとはいってもそれはあくまでも平時の話で、有事の際には人一倍働かないといけないのでしょう。遺跡の中では日本に帰れなかった場合の将来の就職先候補として考えていましたが、前言撤回です。とても私には勤まりそうにありません。
「お仕事ご苦労様です」
「お兄様、あまり無理しないでくださいね」
「なに、大丈夫さ。俺以外に父上や長官もいるし、心配はいらないよ」
長官、というのはこの街にもう一人いるという魔法使いでしょうか。明らかに偉そうな役職名ですが、そんな人を見張りに使っても大丈夫なんですかね?
まあ、三人もの魔法使いが交代で見張っているとなれば、当面はクロエさんの脱走の心配はなさそうです。
ですが、いつまでも見張り続けているワケにもいかないでしょうし、いくらアホっぽく見えるとはいえクロエさんの戦闘力には恐るべきものがありました。不意打ちだったとはいえ、一度はロビンさんとミアちゃんの二人を相手に優勢に戦い、私の横槍が入らなければそのまま勝利しかけていた程ですから。
拘束が長引けばいつかは監視のスキも生まれるでしょうし、魔法使いを捕まえ続けておくというのはかなり問題が多そうです。
街まで持ち帰る時はロープで簀巻きにしていましたが、あれは単にクロエさんに脱走の気が無かっただけで、あの程度なら彼女がその気になれば簡単に引きちぎれたでしょうし、金属の拘束具ですらほぼ効果がないかと思われます。結局、魔法には魔法をもって対応するしか方法がないのでしょう。
「いや、多分その心配はないと思うよ」
「どういう事ですか?」
「リコ君が遺跡で壊した彼女の仮面があったろう?」
「ああ、ありましたね、そんなの」
そういえば、うっかり力加減を誤って壊してしまった時に、クロエさんは随分と動揺していましたね。まあ、私が壊す前から数の暴力作戦によってヒビだらけになっていましたが。
「あれは、クロエ君が言うには別の遺跡で見つかった出土品らしくてね、魔法の補助器具のような効果があったらしい」
「ああ、あの大昔の魔法帝国がどうとかの。……補助器具ですか?」
「ああ、それであの仮面がないとクロエ君は一人ではほとんど魔法を使えない」
え、唯一の取り得だと思っていた魔法すら彼女の実力ではなかったのですか。となるとクロエさん、もう何一つ褒める部分のない本気で残念な子になってしまいますよ。
「一応話の裏を取る為に俺達が立ち会って魔法を使わせてみたけど、かなり効果が不安定なんだ。デタラメに力が増えたと思ったら十秒もせずに効果切れになったり、逆にほとんど強化されてないのに効果が何時間も続いたりとか。あんな失敗、普通は狙っても出来るものじゃないから、ウソじゃないと思うよ」
「どこまでも果てしなく残念な子ですねぇ。事情聴取のほうはどんな具合ですか?」
「夕食のおかずを一品増やすのと引き換えに、彼女が知ってる限りの仲間の名前と人相を教えてくれたよ」
クロエさん、どこまで自分の評価を下げれば気が済むんでしょうか。
そこでウソの情報を教えたりする機転があればまだ見直す余地もありますが、彼女に限ってはとてもそんな事は期待できません。
「ええと、負けそうになった俺が言うのもなんだけど、ほら、体術のセンス自体はかなりのものがあったから」
「ええ、そうですよね……彼女にだって少しは良いところが……顔は可愛いですし、あとボクっ子ですし、ええと他には……」
しまいにはロビンさんと二人して、この場にいない彼女のフォローを始めました。自分でも滑稽だとは思いましたが、あまりの残念ぶりにいたたまれない気持ちになってしまい、そうせずにはいられなかったのです。
なんだか、彼女の仲間の方々が気の毒になってきました。人間側にとっては好都合なはずなのに、簡単に物事が進みすぎてなんだか申し訳ない気分ですよ。
「……まあ、考えようによっては非常に協力的だとも言えるから、刑も軽くなるんじゃないかな。長官もそう言ってたし、少なくとも極刑って事はないはずだよ」
「それは何より……と言っていいんですかね」
私も、いくら重罪を犯したとはいえ、自分と大して変わらない年の少女が処刑される可能性には苦々しいものを感じていました。なので、本来であれば減刑は喜ばしい事のはずなのですが、どうも素直に喜ぶ気になれません。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます