食べ歩き


 オヤツタイムを終えた後、私達は腹ごなしがてら街を散歩する事にしました。


 一昨日から滞在する中でいくつかのお店には行きましたが、当然まだ行った事のない場所のほうが遥かに多いのです。選択肢が多すぎて、逆にどこに行くべきか思い付きませんね。


 あくまでも今回は散歩なので、無理に目的地を設定せずに気の向くまま足の向くままに歩くというのも、それはそれでアリなのですが。



 「ま、たまにはこういうのもいいでしょう」



 なんの理由も目的もなく、ただ自由に歩き回るというのも良いものです。

 こっちの世界に来てからずっと、能動的にせよ受動的にせよ、常に何かしらの目的に沿って行動していましたから、いい息抜きになりそうです。

 自分で自分を縛るのは大なり小なり必要な事ではありますが、いつもそうだと息が詰まってしまいますから、こうしてメリハリをつけないといけません。



 「おや? でも、それはそれで縛りを放棄するという目的に縛られているような?」



 なんだか、卵が先かニワトリが先か、みたいな話になってきました。

 自分で言っていてちょっと意味が分かりません。



 「リコちゃんは、たまに難しいことを言うね。わたしにはよく分からないよ」


 「安心してください、私自身にも分かっていませんから」


 「それは安心していいのかなぁ?」



 一体何を考えていたんですっけ?



 「あ、焼き鳥」



 ミアちゃんの声で近くに焼き鳥の屋台があるのに気付きました。

 ああ、そうでした、ニワトリの事を考えていたんでした。何かが違うような気もしますが、すでに私の関心は焼き鳥へと移っています。


 日本風の小さな物ではなく、串の一本一本がバーベキュー用の串のような大きさです。串も木製ではなく鉄串のようですね。今しがた甘い物を食べてきたばかりだというのに、なんだか食べたくなってきました。疲労回復の為の糖分とは別口で、筋肉がたんぱく質を欲しているのかもしれません。


 甘い物は別腹ですが、これもまた別腹。女子には別腹がいっぱいあるのです。牛には胃が複数あるそうですが、人間も同じ哺乳類なわけですから、まあ理屈としては似たようなものでしょう。



 「でも、こんな時間に食べたら夕食に障りますかね」


 「一本を二人で分ければ大丈夫じゃないかな?」



 別腹の収容能力をもってしてもギリギリの大きさがありますが、半分ずつであれば問題ありません。今日は自分でも驚くほどにお腹の空くペースが早いですし、夕食までにはきっとお腹もこなれてくれるでしょう。



 「美味しいですねぇ」


 「美味しいねぇ」



 一本を購入し、すぐ近くの公園にあったベンチに腰掛けて、脂が服に跳ねないよう気を付けながら焼き鳥を頂きました。

 味付けは塩だけですが、鶏肉自体の味が濃いので物足りなさはありません。少々肉質が硬めでしたが硬すぎるというほどではなく、むしろ個人的には好みの範疇でした。



 「ごちそうさまでした」



 食べ終わった後の串は回収するシステムだそうなので屋台まで返しに行き、それから引き続き腹ごなしの為に散歩を再開しました。



 「さっきまでも腹ごなしの為に歩いていたはずだったのに、何故か更にお腹が膨れている……不思議な事もあるものですねぇ」


 「そうだねぇ」



 これはいけません。食べ過ぎて脳の血行が鈍くなったのか、二人揃ってなんだかアホな事を言っている気がします。まあ、今日はお昼以降食べてばっかりですからね。流石にこれ以上は休憩を挟まないと何も入る気がしません。



 「今日のお夕食はなんでしょうねぇ?」


 「お昼がお肉だったからお魚もいいねぇ」



 しかし、私もミアちゃんも出てくる話題といえば食べ物の事ばかり。なんだか二人してすっかりキャラが変わっている気がします。特撮の戦隊モノなら二人ともイエローって感じです。ダブルイエローですよ。



 「おや、あれはジュース売りですか?」


 「飲み物くらいなら入るよね?」



 歩いていたら今度は日本では見慣れない奇抜な形の果物のジュースを売るお店を見つけました。迷う事なく飲みました。美味です。



 「あれ、昨日のお店今日は空いてますね」


 「本当だね、いつもは混んでるのに」



 さらに歩いていたら、昨日のパンケーキ店の前まで来ました。昨日はあれほど混雑していたというのに、今日はガラガラです。まあ、そんな日もあるでしょう。



 「食べて行きます? せっかくですし」


 「食べて行こうか? せっかくだから」



 行列の絶えない人気店に並ぶ事なく入れる幸運をみすみす見逃すのは惜しい。ミアちゃんも私と同じように考えたようです。


 それに、ついさっきまではこれ以上何も入らないと感じていた腹具合も、ここまでの僅かな距離を移動しただけで不自然なほどに落ち着いています。午前中に消耗したカロリーを取り戻そうと、脳が頑張って消化器官を動かしているのでしょうか?



 「美味しいですねぇ」


 「美味しいねぇ」



 なんだか食べれば食べるほどに食欲が増進していくような気さえします。それは魔法による摩訶不思議な作用によるものなのか、それとも単に我々の食い意地が張っているだけなのかは不明です。


 まあ私に言えるのは、美味しい物は正義だという事だけです。そしてその正義を大量に摂取できるのならば細かい理屈などどうだろうと何も問題ないではないですか。




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