向かうべき場所


 「うぁ、まぶしいです……」


 とりあえず、このままあの場に留まっていても仕方ないと判断して、全員で穴倉の底から地上まで移動しました。あの地下神殿に関する調査や、残りの小鬼ゴブリンの始末は他の方々にお任せしましょう。

 それはいいとしても、ずっと薄暗い地下にいたので真昼の太陽光は強烈ですね。ちょっと目が痛いくらいですよ。



 「リコちゃん、ありがとう。もう下ろしてくれて大丈夫だから」



 ミアちゃんは魔力切れで魔法が使えないそうなので、地下から戻る時は私が背中に乗せていました。流石に疲れたようで、道中ではこくりこくりと船を漕いでいました。

 彼女は遠慮していますが、ここから更に街までもそれなりに距離がありますし、聞こえなかったフリをしてこのまま負ぶっていく事に決めました。このサイズの彼女は軽すぎて不安になるくらいの体重しかありませんし、まったく問題ありません。

 最初は恐縮していたようですが、睡魔には抗えなかったようで、案の定すぐに安らかな寝息を立て始めました。



 「ボクも背中のほうがいいんだけど……」



 縄でぐるぐる巻きの状態で小脇に抱えているクロエさんから乗り心地(?)が悪いと不満が出ましたが、こちらは違う意味で黙殺します。

 魔法を使って逃げられたら困るので、魔法を使う余力のある私かロビンさんしか持てないんですが、率先して持とうとした事をちょっと後悔しています。なんでこの子、こんなにも空気が読めないんでしょうか。


 ロビンさんには捕まっていた方々の護衛と殿の警戒を任せているのですが、今からでも代わってもらいましょうか?


 そんな思考が浮かんで来ましたが、こうしてクロエさんを引き受けたのには理由があるのです。恐らく、今後クロエさんの身柄は厳重に管理される事になると思われます。その後に二人きりでの面会が出来るとは限りませんし、今のうちに、出来れば他の人を抜きに聞いておきたい事があったのです。


 それは勿論、例の『魔人召喚』について。


 私がこの世界に来る理由となったかもしれない、現状では唯一の可能性。

 ならば、そこには元の世界に帰る為の手がかりもあるかもしれません。



 「クロエさん」



 私は後続の人々に聞こえないような小声で、脇に抱えたクロエさんに問いかけました。



 「『魔人召喚』についてですが、三日前に一度成功しかけたとか?」


 「う、うん。でも、装置が起動しかけたところで止まっちゃって、結局何も出なかったんだ」


 「ああ、小鬼を生贄に使ったのがマズかったとか言ってましたね」



 ここまでは既に聞いた情報の確認。本題はここからです。



 「仮に、もしも成功していればどうなっていたんですか?」


 「成功していたら? ……ボクも実際に見たワケじゃないから、別の遺跡にあった古文書に書いてあった事だけど」



 なるほど、どこの遺跡にどういう魔法が封じられているか、その古文書とやらによって事前にある程度の情報を把握していたワケですね。


 クロエさんは、教えられた事を記憶の底から思い出すように、ぽつりぽつりと『魔人召喚』及び『魔人』について語り始めました(余談ですが、彼女はあまり記憶力の良いほうではないようで、聞き取りにはかなりの忍耐を要しました)。





 魔人とは、異界より呼ばれた無限の魔力、すなわち無限の筋肉を持つ者達の事である。


 魔力に限りのあるこの世界の住人と違い、どれだけ魔力を使っても決して尽きる事はない。


 また、魔人はあらゆる魔法に高度な適正を有しており、通常であれば長年の修練を要する魔法でも即座に使用出来る。


 『魔人召喚』とは、古代の魔法帝国の民がそんな強大な力を持つ魔人を呼び出し、労働力や戦力として自在に使役する為の儀式魔法である。


 いくら強大な力を持っていても、操れなければ魔人の力は召喚者を滅ぼしかねない。だが『魔人召喚』によって呼び出された魔人は自我を奪われ、召喚した者の意のままに動く人形となる。


 召喚が成功した場合、魔人はあの地下神殿にある魔法装置の場所に出現するはずである。


 だが三日前、一度は成功しかけた召喚は、(恐らくは)生贄の不備によって不発となった。


 召喚が成功しかけたというのは、すなわち異界との扉が開きかけたという事。


 その不安定な扉を通って、制御を外れた状態の魔人がこの世界に来た可能性はあるか?

 不明。

 可能性はあるが、決して高いとはいえない。


 仮に魔人がこの世界に来た場合、元の世界に戻る方法はあるか?

 有る。

 先述の古文書があった魔族領の遺跡。

 その遺跡に封じられている魔法が、異界の存在を送り返す為の魔法である。意のままに操れてなお、ただそこに存在するだけで危険な、危険極まる魔人に対して使う為に作られた魔法である。




 「……なるほど、ありがとうございました」


 クロエさんの知識だけでは確実とは言えませんが、状況証拠からして私が『魔人』である可能性は無視出来ない程度にはありそうです。

 もしも召喚が成功していた場合、自我を奪われてクロエさんに使役されていたかもしれないという事を想像すると背筋が冷えますね。私の悪運の良さはかなりのものがあるようです。



 そして、異界から来た存在を送り返す為の方法。

 こちらの質問は正直駄目元だったのですが、まさか、こんなに簡単に見つかるとは驚きました。単体では役に立たないハズレの魔法だとして、クロエさんのお仲間は軽視しているようですが、私にとってはこの上なく重要です。仮に私が『魔人』ではなかったとしても、元の世界に送り返す魔法は有効に機能するかもしれません。試す価値は充分にあるでしょう。


 ちょっと都合が良すぎて普通ならばまず罠を疑うところですが、クロエさんに関してはその心配は無用です。なにせ自分が助かりたい一心で、しかも仲間を裏切っているという自覚すらないままに、聞かれた事をなんでも正直に話すようなアホの子なので。




 街の方向へと歩いていると、遠くから武装した騎兵の集団が近寄ってくるのが見えました。先行した私達を追いかけてきた後続の部隊でしょう。


 そうだ、彼らと合流する前に、最後にこれだけは聞いておかないといけません。



 「その、魔人を送り返す魔法がある遺跡。その場所はどこですか?」


 「ん、そんなの知りたいの? 魔族領のね、ほとんど南端近くの山の中だよ、人間領との境界を超えたちょっと先。たしかアトラス山って言ったかな? あ、ホラあの山だよ、アレのちょうど反対側あたり」



 クロエさんが視線を向けた先。

 そこには、遥か北の地に薄らと聳え立つ大嶽がありました。


 アトラス山。

 どうやら、あそこが私の向かうべき場所のようですね。


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