アホの子


 まだ確定ではありませんが、私がこの世界に呼ばれた理由はクロエさんの召喚魔法によるものだという可能性が浮上しました。より正確には、彼女の、ではなくこの地下神殿に封じられていた古代魔法『魔人召喚』とやらによるものですが。


 ……とりあえず、この情報はまだ私の胸に秘めておきましょう。まずは先に他の事情聴取を済ませる事にします。



 「それでは次の質問です。この神殿の小鬼ゴブリンと貴方の関係について教えてください。さっき『攫わせた』と言っていましたが」


 「それは別に大した事じゃなくて、ボクが見つけた時点でもう小鬼がこの神殿に住み着いてたんだ。それで襲ってきたから返り討ちにして、小鬼のボスを倒したらボクが新しいボスだと思われちゃったみたいで」



 なるほど、そういう事情でしたか。

 人間の支配域まで害獣を誘導、意図的に繁殖させて婉曲的に被害をもたらそうとしたのでは、という可能性も考えていましたが、それに関しては杞憂だったようです。

 前のボスを倒した者を新しいボスとして認めたという事から、どうやら小鬼には群れで生活する猿のような習性があるようですね。



 「では、小鬼はクロエさんの命令通りに動くと?」


 「お互いの言葉は分からないから、なんとなくだけどね」



 一応石器や粗末な衣服を作る程度の知能はあるようですし、大雑把な命令であればニュアンスだけでも指示に従わせる事は可能だったのでしょう。



 「それで、ボクがここに来た時から何度か人間の斥候みたいな人達を地上で見かけて、ここの小鬼を駆除しようとしてるのが分かったから、逆に待ち伏せさせて何人か捕まえてこさせたんだ。ボクの、というか魔族の姿は見られたくなかったし」



 それに関しては、軍の方々にも知能の低い小鬼が相手だという事で、多少の油断があったようですね。まあ、小鬼にクロエさんという参謀が付いている可能性など分かるはずもありませんし、気の緩み云々というよりもこの場合は運が悪かったというべきでしょう。



 「小鬼自体は成り行きで手に入れた労働力だとすると……ロビンさん達に襲い掛かったのは小鬼の命が惜しかったからじゃないですよね?」


 「うん、小鬼はどうでもいいんだけど、その人達に神殿を壊されたら困るから、やっつけようと思って」



 ボスにこんな風に思われていたとは小鬼も哀れですね。どの道、クロエさんが来なかったら普通に駆除されていたので、彼らの命運は尽きていたわけですが。



 「それで、そこの彼女達を攫ったのは生贄目的だと言いましたね?」


 「うん、前のボスと、あと反抗的だった小鬼を何匹か使って神殿を起動させようとしたんだけど、うまくいかなくて。前に魔族領の似たような神殿で死刑囚を使って封印を解いたって聞いた事があったから、今度は試しに人間を使ってみようと思って」


 「捕まえてきたのが女性だけだった理由は?」


 「えっと……ボク、男の人ってちょっと苦手で。小さい子とかお爺さんなら大丈夫だけど」



 女性だけを狙って攫った理由は小鬼の繁殖目的ではなく、単にクロエさんの個人的な都合でしたか。とはいえ、あのまま捕まっていれば彼女達は殺されていたワケなので、情状酌量の余地はありませんが。

 そして死刑囚を使う、ですか。

 重犯罪者の管理というのはどんな国でも厳重になるのが必然。それを使うとなると魔族の中でもかなり上位の権力者の協力が必要でしょう。魔族全員が関わっているとは思いませんが、かなり大規模な計画なのかもしれません。



 それにしても誘拐と監禁、殺人未遂が各十二人分。加えてロビンさんとミアちゃんへの傷害罪。オマケに小鬼に命令しての犯罪教唆と遺跡の盗掘。随分と張り切ったものです。


 この世界の法律だとどうなるのか分かりませんが、もし日本だったら一年や二年のムショ暮らしでは収まらないでしょうね。人死には出ていないので極刑はないにしても、恐らく懲役十年以上は免れないのではないでしょうか。



 「え、ちゃんと質問に答えたんだから逃がしてくれるんじゃ……?」


 「あのですね、それとこれとは話が別ですよ」



 この子、結構おめでたい考え方をしているようです。

 明らかに極秘と思われる作戦中に、独断で安易に人攫いを決行した点などからも、考えが足りず、自分に甘い性格がうかがえます。

 きっと、周囲から甘やかされてきたんでしょうね。もしかすると、こう見えて結構な身分のお嬢様なのかもしれません。

 それにしても、いくら魔法を使えるといはいえこんなのまで使わざるを得ないとは、魔族の人材不足はそこまで深刻なのでしょうか?



 そうですね、今後の為にも今のうちにその幻想甘えをブチ殺しておくとしましょう。

 私は破れた衣服の応急処置を終えて、痴女スレスレのセクシーな格好になったリーズさんに聞きました。その際、クロエさんに気付かれないように視線で合図をします。後に情報を引き出しやすくする為に、今はなるべく怖がらせる必要があるのですよ。



 「このクロエさんですけど、これからどういう処分が下りますかね? ああ、だいたいの予想で結構ですよ」


 「そうだな……」



 リーズさんはしばし黙考した後に答えました。

 さて、私の意図は伝わったでしょうか? 頭の良い人みたいですから、大丈夫だとは思いますが。気付いていなければ私が説明しますが、子供の私よりもこういうのは大人から説明を受けたほうが話に説得力が出るでしょう。



 「他領の者の扱いは政治が絡んできて難しいんだが……やった事を考えると、軽くても終身刑、死刑の可能性も充分あり得るな。ただし……」



 終身刑や死刑と聞いて顔を青褪めさせ、泣きそうになっていたクロエさんですが、その次の言葉を聞いて僅かな希望を取り戻して顔を上げました。



 「司法取引の結果次第では刑が軽くなる可能性はある。まあ、君の持っている情報の価値がどの程度かにもよるが」



 ちゃんとリーズさんは私の意を汲んで、司法取引の可能性に言及してくれましたね。グッジョブです。


 先程までの話によれば、今回の事件は魔族が他種族の領土に無断で侵入し、古代魔法とやらを独占しようとしている秘密の計画の一端。

 ぶっちゃけ、クロエさんのような考えの足りない下っ端が計画の全貌を知っているとは思えませんが、それでも貴重な情報源には違いありません。



 「素直に話せば、それだけ早く家に帰れるかもしれませんよ」


 「うん、ボク頑張るよ、なんでも聞いてね!」



 クロエさんはまだ気付いていないようです。

 秘密を喋った時点で自分が魔族にとっての裏切り者になり、仮に放免されたとしても、その頃にはもはや帰る家など無くなっているであろう事に。やらかした事が事とはいえ、今後の彼女の人生を考えると少々同情的な気分になってきますね。

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