地下神殿
「うわ、これはキツいですよ……」
人間のではなく小鬼の物なので幾分マシですが、飛び散った臓物やら脳味噌の破片やらで足の踏み場もないほどです。きっと先行したミアちゃんとロビンさんの仕業でしょう。
「病気とか大丈夫なんですかね、コレ?」
鼻をつまんでいてもなお吐き気を感じるほどに、濃密な血の臭いが立ち込めています。もし小鬼が空気感染するタイプの危険な病原菌を持ってたりしたら既にアウトかもしれません。
魔法を使うと回復力が上がるという話ですし、病気への耐性もアップしているといいんですが。それは流石に自分や他人の身体で実際に検証するワケにもいきませんし、どうしたものでしょうか。
色々と気になる点は多いですが、今は敵地にいるのです。頭を切り替えて、自分の役目を果たすとしましょう。
穴の中はちょっとした広場になっていて、そこから横穴が延びています。どうやらアリの巣を巨大化したような構造になっているようですね。
そして、穴の中なので見通しの悪さを心配していたのですが、意外にも視界は良好。どうも、土壁に付着しているコケが発光しているようです。流石に陽光の明るさには遠く及びませんが、活動するのに支障はなさそうです。
それから、地下という事で通気性も気になっていたのですが、特に息苦しさなどは感じません。恐らく、換気用の穴を用意してあるか、もしくは巣穴の奥に酸素を出すような植物があるのかもしれません。自生しているのか栽培しているのかについてはまだ材料不足で判断は出来ませんね。
想定していた最悪のケース。
視界も通らず、呼吸も出来ないような状況での戦闘は避けられたようです。もっとも、この奥の全ての場所が安全であるかどうかについては逐一確認する必要があるでしょう。
「それにしても、随分派手に暴れましたねぇ」
私としては戦闘をせずに済んで助かりましたが、周囲には生きているモノは何もありません。
死体がバラバラになっているので正確な数までは不明ですが、この広場には三十人(匹?)ほどの小鬼がいたようです。
身体を隠しているのは獣の皮と思しき粗末な衣服だけ。
武器は尖った石を木の棒に結びつけた石器。
それらの点から察するに、どうやら小鬼には金属加工の技術はないようです。人間から奪ったモノを利用する事はあるかもしれませんが、全体に行き渡る程の数はないと判断していいでしょう。
聞いていた情報から、軍の奇襲作戦の裏を突くような知能があるものと考えていましたが、想定していたよりも文明レベルは低いようです。頭の良い個体がいたとしても、それは全体からすれば極少数に留まっているという事なのでしょう。
「おっと、先に進みませんと」
情報分析は必要ですが、いくら生きている敵がいないとはいえ、こんな場所に一人でいたくはありません。先行した二人の位置は横穴の奥から聞こえる音で大体判断できますし、道端の死体を辿ればすぐに合流できるでしょう。
気持ちが悪いのでなるべく死体を踏まないよう気を付けながら横穴に入り込み、奇襲に警戒しながら道なりに進みました。
横穴は緩やかな下り坂になっていました。
アリの巣を巨大化した迷路のような物を想像していたのですが、意外にも構造は一本道。穴の高さも三メートル近くあるので、マッチョ状態でも余裕を持って通り抜けられます。
小鬼の身長は死体を見る限りでは平均一メートル前後でしたが、こんなにも大きな穴を掘る必要があったのでしょうか?
考えられる可能性としては、これだけの大きさの穴を必要とする体格の個体がいる。もしくは、掘ったのではなく元々自然に存在していた地下空間を利用したという可能性……どちらにせよ、材料に欠けるので判断は保留ですね。
音の反響から判断すると、この穴を抜けた先には広い空間があるようです。これまでは私も戦闘をせずに来れましたが、そろそろ覚悟を決めませんと。
そう意気込んで長い横穴の出口から出た私は、しかし、つい数秒前の覚悟も忘れて眼前の光景に見入ってしまいました。
「……神殿?」
地下深くに存在する荘厳な神殿。
明らかに高度な文明の産物と思われる建造物が、言葉を失って立ち尽くす私を出迎えました。
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