陽動作戦
「おお……っ!」
地下深く、
天井部の一部は土に埋まっている状態なので全景は把握出来ませんが、かなりの大きさがあるのは間違いありません。地下空間の壁一面に繁茂した発光するコケに照らされ、神秘的な光景となっています。
入口部分はかのギリシャのパルテノン神殿の如く、高い柱が何本も連なって天井を支えていますし、大理石製と思しき壁には優美な意匠の彫刻が一面に刻まれ、それ単品でも相当な文化的価値がありそうです。
あたりの壁にへばりついているゴブリンの肉片が美観を損ねていますが、なにしろ未発見だった大規模な地下遺跡。純粋な学問的価値は計り知れませんし、将来有望な観光資源にもなりそうです。私も発見者の一人として、そこから得られる利益のおこぼれに与かる事も出来るかもしれません。
「いやぁ、テンション上がりますねぇ!」
私には考古学の専門知識などないので年代測定なんて出来ませんが、かなり古いモノなのは間違いありません。少なくとも百年や千年ではきかないでしょう。もしかすると最初から地下の空間に作ったのではなく、元々地上にあった遺跡の上に長い時間をかけて土の地層が堆積して地下神殿のようになったのかもしれません。
小鬼達が自ら作ったという可能性は除外していいでしょう。
この遺跡は明らかに高度な文明を持つ知的生物の手によるモノですし、まだ石器レベルの文明しか持たない小鬼に作れるはずもありません。
もしかすると、かつてこの地には高度な古代文明とかがあったのかもしれませんね。幻の超古代文明……実にロマンを感じますね!
ここの小鬼達は、どうやらここを拠点にしていたようです。恐らくは偶然この地下空間に通じる穴を発見したのでしょう。
地下なので危険な生物はおらず、外敵に発見される可能性もかなり低い。洞窟全体にコケが繁茂している事からすると、生活用水として利用可能な地下水脈でもあるのかもしれません。
自然界においては貴重な安全に生活できる広大な拠点があれば、勢力の拡大も容易だった事でしょう。この場所はまさしく小鬼にとっての理想郷だったのでしょう。
まあ、その栄華も今日ここまでのようです。
恐らくは地上での活動のせいで人間の軍隊にその勢力拡大を察知されてしまいましたし、討伐に来た部隊を返り討ちにした事で、こうして更に強大な敵を招き入れる結果となってしまいました。地下の理想郷は一瞬にして逃げ場のない地獄へと変貌を遂げたのです。
神殿の奥のほうからは、相変わらずナニカが潰れたり砕けたりする、戦闘音というか一方的な殺戮の音が聞こえます。たまに神殿の壁や柱の破壊音らしき音が混じるのは勘弁して欲しいですが、戦闘中に遺跡の保全にまで気を遣う余裕はないのでしょう。
考えてみれば私、ここまで生きた小鬼を一体も見てませんね。個人的にはラクが出来ていいんですが、ミアちゃん達ちょっとばかし張り切りすぎじゃないでしょうか。
「というか私、冷静に考えると敵地で仲間とはぐれて孤立したという状況なのでは?」
音で大体の位置が分かるとはいえ、さっきから仲間と会話もしていません。それ以前に巣穴に入る直前を最後に姿すら見ていません。
巣穴に飛び込んだ直後にも、考えるのは後にしようと思ったばかりなのですが、色々と見るべき事が多すぎて、知らず知らずのうちについ足が止まりがちになってしまったようです。
このままだと、折角こんなところまで来たというのに役立たずの烙印を押されてしまいます。現状タダ飯喰らいの居候の身としては、ここで何かしらのポイント稼ぎをしておかないと、お屋敷に帰ってから居心地の悪い思いをしそうです。
「そうはいっても、戦うのは気が進みませんし……」
戦闘の痕跡を見る限り、小鬼と魔法使いの間には人間とヒグマ以上の戦力差がありそうなので、いざ戦えば勝つ事は出来ると思います。
ですが、あんな風に肉片やら臓物やらを撒き散らされるのは単純に気持ち悪いですし、大型の生き物を殺す事への忌避感も正直なところ感じています。蚊を殺す事に抵抗がない人でも、犬猫などの小動物を同じように手にかけるのはキツイようなものでしょうか。
相手はこちらに敵意のある害獣ですし、いざとなれば殺す事に躊躇いはないつもりが、やらずに済むならそうしたいというのが本音です。
「というワケで、戦わずに活躍する方向で行きましょう」
さいわい、今回の作戦の目的は戦闘ではなく人質の奪還です。
必ずしも戦闘は必須ではありませんし、先行した二人が派手に暴れて敵の注意を引きつけている今ならば、神殿内の探索もやりやすそうです。
意図していなかった事ですが、もしかすると仲間から孤立したこの状況、結果的には陽動作戦みたいな効果を狙えるのではないでしょうか?
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