異世界のお友達

  

 「うぅ……不覚です」


 「……あぅ」


 熱気のこもったお風呂場に長時間こもったせいで、ミアちゃんと二人揃って、すっかりのぼせてしまいました。


 とりあえず、冷たい果実水をガブ飲みして脱水状態からの回復を図っています。こういう時にメイドさんに頼めば、パッと欲しい物が出てくるのがいかにもお金持ちの家っぽいですね。ブルジョア万歳。自分が勝ち組側にいる限りは格差社会も歓迎ですよ。


 失った塩分を補充する為に塩を少々頂いて舐めておきましたし、あとは横になって休んでいれば直に体調も戻るでしょう。



 「……もう今日はこのまま寝てしまいますかね」



 夕食後の時間が入浴だけで潰れてしまったのは誤算でしたが、とりあえず今のところは急を要する用件はありません。少しはマシになってきましたが、まだ少しダルいですし、今は体調の回復を最優先で考えるべきでしょう。


 本当は文字とか数字とか教わっておきたかったんですけどね。その他にも地理、伝承、歴史あたりは早めに大まかな部分だけでも把握しておきたいものです。


 やはり文字が読めないと情報収集の手段が大幅に限定されてしまいますからね。

 昼過ぎに街に出た時も逐一ミアちゃんに読んでもらいましたが、今後もずっと付き合わせるわけにはいきませんし、そもそも効率が悪すぎます。流石に簡単な事ではありませんが、いずれはこの世界の言語を習得しておくべきでしょうね。


 それにしても、どういう理由か不明ですが口語だけでも通じるのはラッキーでした。もし、言葉が通じなかったらと考えると肝が冷えます。少なくとも、ここでこうして呑気にくつろいでいる事は出来なかった事でしょう。



 「そもそも、なんで私はこの世界に来たんでしょう?」



 もしかすると理由などない自然現象や事故という可能性もありますが、人為的な原因が存在する可能性も否定できません。どちらにせよ、材料が少なすぎて現状では判断を保留するしかありませんが。



 「ねえ、リコちゃん」


 「ん、なんですか?」



 私の隣で休んでいたミアちゃんが言いました。



 「リコちゃんって、もしかして……違う世界から来たの?」



 まあ、あれだけ「この世界に~」とか「この世界では~」みたいな独り言を言ってましたからね。気付かれるのも当然というものでしょう。むしろ、頭のおかしい奴と思われなかっただけかなりマシかもしれません。


 さて、この問いにどう答えるべきか?


 適当な軽口で煙に巻くのはやろうと思えば出来るとは思いますが……なんとなく、私にしては珍しく特になんの根拠もなく正直に答えるべきだと感じました。



 「ええ、私はこことは違う世界から来ました」



 そして、私はこの世界に来てから今日までの事を話しました。


 体育倉庫に入ったと思ったら、何故か草原にいた事。


 まず確保すべきは食料だと考え、手近にあった石で大きなイモムシを撲殺しようとした事。


 親切な村長さんと出会い、家に泊めてもらった事。


 夜中に抜け出して、証言に信憑性を持たせるべくミステリーサークルの偽造をした事。


 馬車に乗せてもらってこの街まで来て、そしてミアちゃんに出会った事。


 出会った時に内心で企んでいた悪巧みに関しては伏せ、以降の事は省略しましたが……我ながら頭おかしいですね。その時々では論理的かつ最適な判断をしていたつもりなのですが、どうしてそういう結果になったのでしょうか?



 「まあ、そういう気分だったんでしょう」



 過ぎた事を気にしても仕方がありません。人間、過ぎ去った過去よりも未来を見つめるべきなのです。冷静に振り返ってみたら数日前の自分がちょっと頭おかしかった程度の些事、いちいち気にするに値しません。



 「……リコちゃんはすごいね」


 「そうですかね?」


 「だって、わたしだったら、もし一人で全然知らない場所に放り出されたら、泣いちゃって何もできないと思うもん」



 なんというヒロイン力の高さ……!

 圧倒的なまでの女子力の格差を感じます。

 本来、十三歳の女子としてはそうあるべきなのかもしれませんが、どうにも自分がそういう風に弱々しく振舞う姿が想像できません。



 「……ねぇ、リコちゃんはお家に帰りたいんだよね?」


 「ええ、そのつもりです」



 今はまだその方法の取っ掛かりすら掴めていませんが、帰還方法の探索当面の行動方針にするつもりではあります。



 「そっか……残念だね」


 「残念、ですか?」


 「うん、だってせっかくお友達になったのに……」



 ああ、そういう事ですか。

 確かに、もし日本に帰還出来れば、気軽に会いに来るという具合にはいかないでしょう。恐らくは今生の別れになる可能性が高いです。



 「そうですね……私も、もしミアちゃんと会えなくなったら寂しいです」



 今更遅いですが、将来的にそういう心理的なストレスを受ける可能性を考慮するならば、出会うべきではなかった。もしくは、深くは関わらずに表面的な利害関係のみ構築するに留めておくべきだったでしょうか?


 ……いえ、愚問ですね。



 「例え、いつか別れる日が来たとしても、あなたと友達になれて良かった……そう思いますよ」



 不覚にも、いつか来るであろう別れを想像しただけで悲しくなってしまい、瞳の表面に僅かな熱と湿り気を感じました。咄嗟に眼を閉じて誤魔化しましたが、気付かれてしまったでしょうか?


 最初は利用する気で近付いたというのに、わずか一日ちょっとの付き合いですっかり情が移ってしまったようです。なんだか私、自分で思っていたよりずっとチョロいのかもしれませんね。


 

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