そして彼女は魔法使いになってしまった
「なんだか、こそばゆいですねぇ」
ミアちゃんの両手が私の胸部にダイレクトアタックをかましたわけですが、無論、彼女が突然アレな性癖に目覚めたわけではありません。
「えっと、ご、ごめんね、リコちゃん。この方が分かりやすいから……」
なんでも魔力というのは心臓で生成され、心臓を基点として全身を流れる性質があるので、胸部に触れるのが一番流れを把握しやすいのだとかで。
「そういう事なら仕方ありません」
「う、うん、そうだよね、仕方ないよねっ!」
相手が同性とはいえ結構恥ずかしいのですが、魔法の特訓に協力すると約束しましたし、早いところ終わらせるとしますか。
「では、いきますよ。『筋力強化(マスール)』」
呪文を唱えると、例によって私の身体は風船に空気を入れるように膨らみ、筋骨隆々の状態へと変化します。身長も一気に伸びて、同じくらいの背丈だったミアちゃんの頭部をはるか下に見下ろしている状態です。
肉体が変化する最中も、ミアちゃんはずっと私の胸部(現在は胸板と表した方が的確なバキバキの大胸筋です)に触れていたので、現在の彼女は素っ裸のままバンザイをしているようなスゴイ状態です。
せめてタオルを身体に巻いてからやれば良かったのかもしれませんが、なにせ勢いで始めた事なので、この時はそこまで気が回りませんでした。
「それで、魔力の流れとやらは分かりましたか?」
「うん、多分……『筋力強化』!」
相変わらず私は魔力がどうとかは分からないまま魔法を使っているのですが、ミアちゃんは何か掴んだようです。
早速、私の例を参考に呪文を唱えてみて……、
「ほほう!」
「あ……今、ちょっとだけ身体が大きくなったよね?」
残念ながら途中で萎んでしまいましたが、魔法が途中まで発動しかけたようです。華奢な手足が、ほんの一瞬だけですがムキムキの状態に……。
今更ですが、そしてこの世界の価値観には合わない考えだとは思いますが、可憐な美少女を見る影もないマッチョにする手伝いをしているというのは、凄まじい悪行なのではないでしょうか。
なんというか、価値のある美術品にペンキで落書きをするような背徳感が押し寄せてきました。私は勢いで取り返しのつかない事をしてしまったのでは?
しかし、そんな私の悩みを他所に、ミアちゃん本人は魔法が成功しかけた事を無邪気に喜んでいます。
「もう一回! もう一回やろう、ね?」
この調子だと、私がいなくとも彼女はいずれ自力で魔法を習得してしまうでしょう。
私がどう行動しようとも最終的な結果が同じなら、せめて恩を売る方向で行動したほうが得るモノが大きい。
半ばヤケクソ気味な思考ではありますが、私は結局協力を続行する事にしました。
「じゃあ、一度魔法の効果を切りますよ」
以後、魔法の効果を切って、それからまた魔法を使って、また切って……という行動をひたすら無心で繰り返しました。
ミアちゃんは、拡大と縮小を繰り返す私の身体に触れて魔力の流れに集中し、それを自分の身に応用すべく何度も呪文を口にします。
「じゃあ、いくよ……『筋力強化』!」
「おお、上腕がムキムキに!?」
「まだまだ……『筋力強化』!」
「腹筋がバキバキに割れましたね!?」
「もう一回……『筋力強化』!」
「おお、今度は効果が長持ちしてますね……おっと、残念」
二人してお風呂場で素っ裸のまま、膨らんだり萎んだりを延々繰り返すという、客観的に見ればワケの分からない状況。ですが、変な方向にテンションが上がってしまった私達はその奇行をひたすらに続けました。
よく考えると、お風呂を上がってから部屋でやれば良かったんでしょうが、お風呂場にこもった熱気のせいでのぼせて、思考力が鈍っていたようです。
ですが、そんな苦労の甲斐はあったようです。
「出来た……出来たよ、リコちゃん!」
「お美事です、頑張りましたね、ミアちゃん」
特訓を始めてから数十分。
ようやく、ミアちゃんは安定して魔法の発動が出来るようになったようです。
私という手本があったとはいえ、この早さで習得できたという事は、きっと彼女には元々才能があったのでしょう。
まだまだ練習は必要でしょうが、これならば立派に魔法使いと名乗れますね。
「ありがとう、リコちゃん!」
身長約二メートル、全身が凄まじい筋肉に覆われたミアちゃんが感極まって私に抱き付いてきました。素の肉体だったら複雑骨折と内臓破裂で即死していたかもしれませんが、今は私も立派なマッチョ。正面から力強く、その抱擁を受け止めました。
まるでヘビー級の格闘家かボディビルダー同士が、がっぷり四つに組み合っているような暑苦しい状況ですが、そこには確かな友情がありました。
……直後、二人してのぼせてブッ倒れ、メイドさん達に介抱される事がなければ綺麗にオチていた事でしょう。熱気のこもった浴室にずっとこもっていれば、そりゃそうなりますよね。
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