魔法の特訓 in お風呂場


 「ふぅ……いいお湯ですねぇ」


 「そうだねぇ……」


 日本の私の家にももちろんお風呂はありますが、複数人で入って、なおかつノビノビと足を伸ばせるような広いお風呂は格別です。


 準備に結構な手間がかかるので、一度用意したら数日はお湯を注ぎ足したり追い炊きしたりして使い回しているそうですが、不純物は小さな排水溝から自然と流れていくので見た目は綺麗ですし、不満などあろうはずもありません。


 今日は朝から身体を動かしたり、色々歩き回ったりして疲れましたが、その疲れがお湯に溶け出していくかのようです。



 「……あ~~~~……」



 なんだか自然と温泉に浸かったお年寄りのような声が出てしまいました。

 薪で沸かしているせいか、ちょいとばかしお湯の温度が熱めですが、それもまたオツなものですよ。昔気質の江戸っ子は熱い風呂を好むそうですが、その理由もなんとなく分かる気がします。


 ちょっと思い付いて、湯船に浸かっていた腕を持ち上げて見てみました。

 どこからどう見ても、見慣れた自分の腕です。

 曲げてみても力コブなんて出来ない非力そのものの細腕。二の腕に触れてみても筋肉の硬さなど感じられず、ぷよぷよと頼りない柔らかさがあるばかり。私はどちらかというと痩せ型の体型なのですが、それでもなお脂肪の占める割合が多いのでしょう。



 「魔法というのは凄いですねぇ」


 

 こんな腕が丸太みたいな太さになってしまううんですから。

 触った感じだと骨格の形も変形しているみたいでしたし、皮膚の面積や、神経系、血管系なども変化しているのでしょう。考えて分かるとも思えませんが、どういう仕組みになっているのか不思議です。



 「ねぇ、リコちゃん」


 「おや、なんですか?」



 隣でお湯に使っていたミアちゃんが声をかけてきたので、視線をそちらの方を向きました。すると、何故か彼女も同じ方向を向きました。二人とも同じ方向を向いているので、私がミアちゃんの背を見る格好になっています。はて、彼女は何がしたいのでしょう?



 「あ、あのね……見られるのが恥ずかしいから……」


 「おっと、これは失礼」



 同性同士とはいえ、内向的な性格の彼女は裸体をさらす事に抵抗があるようですね。

 私には露出の趣味はありませんが、プールの更衣室や温泉などの裸になる事に必然性がある空間ならば、平気で素っ裸でウロウロ出来るタイプの人間なので、そのあたりのデリカシーが欠けていたようです。仕方がないので、背中を見たまま会話を続けます。



 「それで、なんの話ですか?」


 「う、うん、魔法の事なんだけど……」



 人に物を説明するのに慣れていないせいか、彼女の話は変に回りくどい上に結論が分かり難いものでしたが、要約すると次のような内容でした。





 魔法を覚えるのに協力して欲しい。


 ミアちゃんは魔法使いの家系に生まれて、やがて自分もそうなりたいと望むようになった。


 魔法を使うには体内の魔力の流れを感じ取り、それを操る事が必須。


 普通の人は、魔力の流れを理解していない、もしくは魔力量が足りないので、呪文を口にしても魔法が発動しない。


 ミアちゃんの場合は、血筋のおかげか魔力量そのものは充分にあるけれど、魔力の流し方を上手く理解できていないせいで、呪文を唱えても何も発動しない状態にある。


 魔法を使うには独力で自分なりの『コツ』を見つけないといけない。


 魔力の流れ方は一人一人違うので、体格や年齢が違う家族の魔法はあまり参考にならない。まあ、お父上とお兄さんは性別からして違いますし、お母上も女性にしては高身長なので下手に手本にするとかえって混乱してしまうのかもしれませんね。

 この例えで正しいかどうかは不明ですが、スポーツ選手が体格の大きく違う選手のフォームを参考にしようとしても逆に調子を崩す原因になる、みたいな感じでしょうか。


 そこで、ちょうど彼女と同じくらいの年齢、体格の私が魔法を使う様子を、繰り返し間近で観察すれば、現状の停滞を打開する糸口になるのではないかと思ったのだとか。




 細部は省略しましたが、概ねこんな感じのお願いをされました。

 私には分からない事ですが、魔法使いの名家に生まれた身としては見えないプレッシャーみたいなものもあるのかもしれませんね。


 彼女には色々と良くしてもらっていますし、出来れば協力したいところではあるのですが、魔力とかまるで分からないままに魔法使ってますよ、私。そんなので本当に参考になるのでしょうか?



 「うん、わたし頑張って観察するから……!」



 私に背中を向けながら言っても説得力に欠けますが、彼女なりにやる気はあるようです。ならば、私としては断る理由はありません。



 「分かりました。ならば、私に出来る事であればなんでもしましょう」


 「う、うん、ありがとう、リコちゃん」



 ミアちゃんは意気込みを示す為か、私の方に向き直って正面から視線を合わせて言いました。流石に丸出しは恥ずかしいのか手で胸を隠したままですが、彼女なりに勇気を出しているのでしょう。ならば、その意気込みに応えなければ女がすたるというものです。



 「それで、私は具体的に何をすれば? 難しい事は出来ませんよ」


 「あ、特別な事はしなくても、ただ魔法を使ってくれれば大丈夫だから。魔法を使う時にリコちゃんの身体に触っていれば魔力の流れが分かるから」



 なるほど、それくらいならば大丈夫そうですね。

 湯船に入った状態でマッチョになるとお湯が溢れてしまいますから、お湯から上がって仁王立ちになりました。

 

 「それじゃあ早速やってみましょうか。さあ、胸を借りるつもりで、どーんと来てくださいな」


 「う、うん、じゃあ失礼して……えいっ」


 「…………おや?」



 ……確かに胸を貸すとは言いましたが、何も言葉通りに正面から胸に来る事はないでしょうに。

 いくら私でもちょっと恥ずかしいですよ、コレ?


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