フラグと杞憂


 「明日あたり、なんかイベント発生しそうな気がするんですよね」


 「いべんと?」


 筋肉の発達に良さそうな夕食を終え、ミアちゃんの自室に戻った私は黙考します。


 あの婚約者さん、あれだけフラグを立てておいて何も起きないという事はないでしょう。

 そういうメタ視点からの判断は我ながらどうかと思いますが、一度こうして知り合った以上、みすみす危険にさらすのは気が咎めます。


 これが単なる私の杞憂という可能性も充分以上にありますが、まだ何も起こっていない今のうちに打てる手は無いものでしょうか?



 「小鬼ゴブリンの巣を潰すとか言っていましたね……小鬼とはどういう生物なのですか?」


 「え、え~と、わたしも見た事はないんだけど、成長しても子供くらいの大きさで、あんまり筋肉はないみたいだよ」


 「武器や道具を使うかどうか、それと言語による意思疎通が出来るかは分かりますか?」


 「えっと、ごめんなさい……そこまでは分からないよ」



 まあ、軍属でもない少女が危険生物の生態に詳しいはずもありません。

 ここからは推論が多く混じりますが、現在ある情報を元に考察を進めましょう。



 小鬼の巣を潰す、という事を軍事行動の一環として行うという事は、そうしなければ人間が被害を蒙るような存在であるという事。

 例えば物資やそれを運ぶ人間そのものを標的とした襲撃。

 その生態に関しては不明点が多いので断言できませんが、様々なフィクション作品においては人間を食料や繁殖要員として利用する亜人種というのは珍しくありません。

 他にも危険な病気の媒介になる、農作物や家畜への被害等の可能性が考えられます。



 そして、巣を潰す、という言葉。

 バラバラに生活するのではなく、集団で生活する生態。

 わざわざ時間と手間をかけて巣の位置を捜索したそうですから、個の力は弱くとも集団になると危険度を増すタイプの生物なのでしょう。何かのキッカケで異常繁殖したりするのかもしれません。

 巣の捜索に時間がかかった事を考慮すると、住処は人間の住居のような分かりやすい形状ではなく、地下や洞窟などの人目に付きにくい場所にあるのかもしれません。


 

 自分もしくは周囲の人々に危険が及ぶ可能性を排除出来るか。例えば、私が軍の作戦より早く場所も知らない巣を探し出して始末出来るか?


 ……否、不可能。論外です。


 土地勘も情報も不足し過ぎている上に、私の魔法が実戦でどの程度の効力を発揮するかは未知数。

 降って湧いた魔法の存在を考慮しても、私は自分の絶望的な運動神経の無さをよく知っています。筋力が上がったとはいえ、それを何が起こるか分からない実戦の場で十全に使えるなどと思い上がっては命取りになりかねません。



 ならば、結論としては……ひとまずは傍観。

 実際に事が起こったら基本的には他人に任せる方向で、もしも私の魔法が必要な場面があればなるべく後方支援要員として手助けに回る。

 実際に私が前線で戦うのは本当に最後の手段です。


 普通ならば軍事上のトラブルに際して、私のような子供をアテにするなどありえませんが、この世界においては魔法使いは稀少な戦力。そしてこの家の人々は私が魔法を使える事を知っている。何かしらの要請がある可能性は覚悟しておきましょう。



 ……と、ここまでを二秒ほどで考えました。

 冷静に考えると推論と飛躍とツッコミ所が多すぎますし、所詮は万が一の備え。

 根拠に欠ける、単なる妄想に過ぎません。


 あの婚約者さんがあまりにフラグ全開だったのでつい思考を割いてしまいましたが、実際にそんな風に危険な事態になる確率など一パーセントもないでしょう。







 ◆◆◆






 「あ、リコちゃん、お風呂空いたって」


 「おお、それでは一緒に入りましょうか」


 言い忘れていましたが、この家にはなんとお風呂があるのですよ。一昨日お世話になった村長さんの家にはなかったので、お風呂というのは結構な贅沢品のようです。


 流石に水道の蛇口をひねるだけとはいかず、汲んできた井戸水を浴槽に溜めてから薪で沸かすタイプのクラシックな仕組みです。普通ならば水を汲む人件費と薪代がかかり、気軽に一風呂浴びるというわけにはいかないでしょう。


 しかし、この家には力の有り余っている人が何人もいるので、というか家主自らがそういった肉体労働を率先してやりたがるので、一番大変な水汲みに関しての人件費がかかりません。



 私も女子の端くれとして、お風呂は嫌いではありません。

 朝の筋トレの後に水を浴びましたが、午後には色々と出歩いてまた汗をかきましたし、このままでは身体がベタついて気分良く快眠できそうにありません。


 さて、先程までの無粋な思考など忘れて、一丁汗を流しに行きますか。

 

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